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【連載】東友会の歴史を学ぶ 先人たちと目指す未来2

『沈黙から行動へ 東京のヒバクシャ30年のあゆみ』から
「東友会25周年から30周年へ」(伊東壯執筆)

東友会25周年から30周年へ9(最終回)

 東友会から第3回国連軍縮特別総会(SSD III)日本被団協代表団に参加した3人だが、横川氏はニューヨークに着いた翌日からボストンに飛んでホームステイに入り、山下さんはニューヨーク滞在の途中ワシントンへ飛んでホームステイをし、いずれもアメリカ市民と膚で接しつつ広島・長崎の被害の実情と核兵器廃絶を訴えて大活躍した。伊東は6月8日、日本被団協を代表して国連演説をおこなった。

 今年(1988年)の東友会の最大の課題の一つは、慰霊碑の移転であった。これには、長尾當代副会長、安藤賢治監事が東京都、東海寺、さらには石材店と話し合いを積み重ね、6月から移転工事に入り、7月31日には300人もの参加者とともに無事、慰霊碑の開眼供養と慰霊祭をすますことができた。
 そして、広島での日本被団協主催の「被爆者・遺族と国民のつどい」をはじめ、原水爆禁止世界大会などの諸集会で、多くの会員が日本被団協調査を通じて広島・長崎の被害の実情と核兵器廃絶を訴えた。7月25日の市民団体に東友会も加わって開いた「'88平和のつどい」では、東友会は構成劇をもって日本被団協調査について訴え、1000人をこえる参会者に深い感銘を与えた。また88年夏の広島行きには、東都生協のピーストレインに東友会代表が同乗して、被爆体験を訴え、みんなに喜ばれた。

 今、天候不順の夏も終わり、東友会は30周年の記念行事へかかろうとしている。事務局には6月から新しく鏡政子さんを迎えた。今年の日本被団協総会で、東友会の藤平典副会長が日本被団協事務局長に、同次長には吉田一人氏が辞任して小西悟氏が就任した。東京都からの委託事業費は、藤原肇さんをはじめとする請願部が中心になった長年の努力が実って、1988年は900万円に達した。

 厚生省の死没者調査の発表が予想される1988年度は、援護法制定の上で政府との争点になってきた死没者・遺族への補償問題の山場を迎えることになろう。同時に11月行動でかちとった「がん検診」の受診率を絶対に高めなくてはならない。
 INF(中距離核戦力)全廃条約でようやく曙光が見えはじめた核兵器廃絶への道を、核固執勢力によって閉ざさせてはならない。課題は山積してる。
 しかし、われわれのこころには、ここで書かれているように、世界で唯一の被爆者運動を30年もやりつづけ、道なき道を切り開いてきた確信が、どんな苦しい時でも明日への灯をともしつづけている。(終)

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