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【連載】東友会の歴史を学ぶ 先人たちと目指す未来2

『沈黙から行動へ 東京のヒバクシャ30年のあゆみ』から
「東友会25周年から30周年へ」(伊東壯執筆)

東友会25周年から30周年へ7

歴史的な1987年の行動

 1987(昭和62)年度、日本被団協は「被爆者調査をふまえ、核兵器廃絶と原爆被害者援護法の即時制定をせまる大運動」をおしすすめ、1987年11月の大行動では、被爆者のべ3000人、国民の参加者数千人という日本被団協始まって以来の行動を成功させた。すなわち、87年11月に、日本被団協の「死没者調査」の概要を発表(第二次報告書は1988年3月に発表)するとともに、援護法制定と「がん検診」をはじめとする緊急要求をもって厚生省と交渉し、「がん検診」などの実施を実現させた。このほか、従来からの国内外での原爆被害の実相を訴える行動、国民法廷運動もすすめた。
 こうした中で東友会は、海外へは5月市民団体とともに中国へ伊東壯、6月モスクワの婦人会議へ山田玲子、さらに1988年(昭和63)年4月にジュネーブのNGO国際フォーラムに小西悟の各氏を派遣した。
 7月には市民団体とともに「87年平和のつどい」を開いて、100人をこえる東友会会員が参加し、構成劇で広島・長崎の原爆被害の実情を訴えた。

首都の会として奮闘

 1987(昭和62)年の11月大行動については、日本被団協は4月に要綱を発表し、5日間3000人規模の行動を計画した。7月になって日程は11月9日から14日まで、11日を最大の山場としてこの日「おりづる人間の輪」で厚生省を取り囲むこととなった。
 東友会についていえば、11日の動員目標は500人、その他の日は100人ということになったが、従来の動員数を考えればそれは大変なことであった。東友会は11月行動の実行委員会を組織し、委員長に田川時彦事務局長、そのもとに広報情宣班(責任者: 山本英典)、支援要請班(責任者: 山田玲子)、財政会計班(責任者: 飯田マリ子)、地域対策・署名推進班(責任者: 安藤賢治)、学習集会班(責任者: 永坂昭)、動員班(責任者: 田川、安藤)の6班をつくって対処した。
 すでに「被爆者調査」についての学習会は、理事会、合宿学習会、地区の会ですすめられており、その中で行動への理解は次第に高まっていった。行動の前には、支援を訴えるために42団体を訪問し、700をこえる個人・団体への支援要請の文書を送付した。そして、11日の動員は被爆者277人、支援者298人、計575人を記録するに至った。5日間の動員総数は30地区、被爆者のべ574人、支援者323人に達した。

たすきを掛け、旗を持つなどして歩く被爆者たち。背景に国会議事堂が写っている。
1987年の11月大行動は多彩に取り組まれたが、その中の国会要請行進には東京の各地区の会および全国各地から大勢の被爆者が参加。写真は東京の隊列の一部。
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