被爆者相談所および法人事務所
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【連載】東友会の歴史を学ぶ 先人たちと目指す未来

『首都の被爆者運動史 東友会25年のあゆみ』(伊東壯執筆)から

第13回 日本被団協の中核として2――東友会が問責状

 1966(昭和41)年3月、日本被団協は、長らく開かなかった代表理事会を開催することとなり、和田日本被団協事務局員から、(東友会の)行宗一氏に対して「元老として出席してくれ」と要請がなされた。行宗氏は1964(昭和39)年日本被団協総会で、関東ブロック選出の代表理事を栃木の細谷氏と交代し、当時は直接日本被団協と関係をもっていなかった。こうした個人的な要請や1年余にわたる日本被団協執行部の活動停止に対し、東友会常任理事会は憤激し、森滝市郎理事長宛に執行部への問責状を提出した。
 問責は、第一に1964(昭和39)年12月3日の第9回総会において、国会請願大会に切り替えて議題を凍結し、被団協の統一を守れという東友会提案に一顧も与えず、総会を強行し、分裂と相互不信の種をまき、運動を低迷させた執行部の不見識、第2に原爆裁判の東京地裁判決、衆参両院の被爆者援護決議、被爆20周年という大切な時期に、1カ年の運動の空白をひきおこした重大な責任、第3に広範な被爆者の声を吸い上げ、運動化させるための民主的ルールを放棄し、個人的に「元老」には呼びかけるが、東友会には呼びかけようともしないような非民主的・非組織的な被団協の運営の責任、第4には事務局員の機関私物化と東友会の偏向・中傷の責任について問うものであった。文中にいう。
 「東友会は全く中立の団体です。中立の本当のいみは、下部の声が機関に正当に反映するから中立になるのです。被爆者にはいろいろな人がおり、その意見が一致したところで会議を進めています。東友会は中立であるが故に一層憤激を覚えます。1年有余の空白をつくり下部で苦しんでいる被爆者の被害を長びかせる手伝いをし、片方では民主主義のミの字も知らず幹部の交渉だけですべてをすませようとするそんな態度はマスコミに公表すればどちらが正しいか自らわかってくれるでしょう。今日を病床で苦しんでいる、生活に苦しんでいる被爆者の顔を思いうかべてください。その人たちの声をどうするかを考えてください」
 そして、森滝理事長をはじめとする人々の辞任を要求し、「そのあと下部の声を徹底的に反映しうる民主的かつ中立的であり、被爆者の要求のために統一した運動をすすめる日本被団協の中で、東友会は喜んで参加して参りましょう」と結んでいる。
 小郡で開かれた第20回代表理事会は、この問責文を審議し、「東友会の申し入れについては、代表理事全員の問題としてうけとり、過去の問題点や批判については素直に反省し、今後の努力のなかで反省の実をあげる」(被団協連絡74号)ことを確認したのであった。