被爆者相談所および法人事務所
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被爆者の実情、願い 「年末見舞金」訪問から見える国の施策の問題点

 2005年12月、東京原水協から贈られた「年末見舞金」は、年末の日程をぬって48区市440人に届けられました。被爆者地区の会の役員が原水協のみなさんらといっしょに地域の被爆者を訪問。寄せられた各地の報告をまとめてみると…。

訪問先の居間で見舞金を手渡す訪問者ら。
2004年の訪問活動(北区)
ベッドに寝る訪問先の方と訪問者が談笑している。
1996年の訪問活動(江戸川区)

被爆者の本当の状況を見つめて

 「C型肝炎、動脈瘤などで治療を受けています。時々倒れることがあるのですが、原因不明です。一人暮らしで不安があります」Aさん(男・75歳・広島被爆)は、このように述べ、被爆体験を語ってくれました。
 Bさん(男・78歳・長崎被爆)は、2004年末に悪性リンパ腫が発見され、2005年は7回も入退院をくり返しました。
 訪問した人たちに火傷のケロイド痕を見せ、おんおん泣きだしたのはCさん(女・75歳・広島被爆)。やはり一人暮らしです。
 Dさん(女・73歳・長崎被爆)は、肝機能障害があり、近々入院が必要とのこと。被爆体験は語りたがらず、「いままで差別を受けてきた」と涙ぐみました。
 年末見舞金を届けた被爆者の多くが、いまも「からだ」と「こころ」にたくさんの傷を抱え、それとたたかいながら暮しています。
 これが被爆者の実情です。
 原爆症認定の対象になる病気にかかっても、自分で書類をそろえて申請し、その病気の原因が原爆放射線のせいであると証明することを求める国のやり方が、被爆者の実情とあまりにもかけ離れているのは明らかです。

被爆者が求めつづけているものは

 訪問する被爆者の側も、高齢化しています。原水協の方々といっしょとはいえ、冬の寒さは身にこたえます。交通の不便な地域では、年末見舞金を届けるために1日3万歩以上を歩いたという被爆者がいました。
 それでも、肺ガンと脳への転移で1月に入院すると語っていたEさん(女・69歳・長崎被爆)のように、お見舞いの訪問と贈られたひざ掛けをたいへん喜んでくれる被爆者のいることが、この活動を支えているといえます。
 訪問活動に参加した世田谷の金子朋美さん(33歳/東都生協)は、「『みなさんと話すのが楽しみ』とおっしゃる方がいるのを見ると、年末にお見舞いすることの意味・大切さがわかるような気がした」「私のような年下の者も、もっと何かお手伝いできればと思う」と語っていました。
 大腸ガンにかかっているFさん(男・78歳・長崎被爆)は、「原爆症認定の集団訴訟で原告になってもいい。とにかく認定してほしい。お金はいらないから、この病気が原爆のせいだと認めてほしいのです」と訴え、訪問した被爆者と支援者を逆に励ましました。
 被爆61年目。「核兵器なくせ」「原爆被害への国家補償を」――被爆者の願いを実現するため、若い世代の力も借りながら、新たな気持ちで2006年も東友会の運動はすすみます。