被爆者相談所および法人事務所
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【寄稿】核兵器禁止条約の発効にあたって

発効の意味、発効後の運動、被爆者の役割
弁護士 内藤雅義

 2017年7月に国連で成立した「核兵器禁止条約」の批准国が2020年10月に50カ国に達し、条約の規定に従い2021年1月22日に発効しました。これ自体は喜ばしいことですが、核保有国はもちろん、「核の傘」に依存する国、とりわけ被爆国・日本の政府はこの条約に背を向けたままです。条約発効の意義と今後の運動について、核問題に詳しい内藤雅義弁護士に寄稿していただきました。

はじめに

内藤雅義さん
長年、被爆者運動を支えてきた弁護士のひとり。核兵器をめぐる国際情勢や国際法にも詳しい。

 核兵器禁止条約の批准・加入国が2020年10月22日に50カ国に達し、それから90日後である1月22日に発効した。他面、核保有国と日本を含む「核の傘」のもとにある国(核抑止依存国)は、禁止条約を安全保障の現実を無視し、世界の分断を深めるものだとして反対している。その意味で禁止条約の目指す核兵器のない世界の実現は緒についたばかりである。しかし、アメリカ等の核保有国から圧力を受けながら、発効に至ったことは、驚くべきことであり、被爆者の体験と体験を共有した人々の力が大きく寄与した。
 以下、私が考える禁止条約の発効とその意味、核兵器廃絶の障害として存在する核兵器の力、禁止条約の理想を実現させるものは何かについて述べることとする。ただ、個人的な意見が含まれていることもあり、禁止条約の問題に入る前に私と被爆者問題の関わりから始めることとする。

私と被爆者問題

 私の両親は、被爆者手帳を取らずに亡くなったが、私自身は東友会の被爆二世の会に所属している。
 私が被爆者問題にかかわろうと心に決めたきっかけは、弁護士になって間もなく、1978年に青年法律家協会の開いた京都市民法廷(被団協の国民法廷運動のきっかけとなった)での野中ふみ子さんという被爆者の証言を聞いたことであった。
 河内小町という程の美人であったが、嫁いだ広島で被爆。探しに来た夫も声で漸く分かる程に顔を焼かれた。夫は女を作り、そこで生まれた子供を彼女に押しつけることまでした。結局離婚。彼女は、大阪に戻って日雇い労働者として働いていた。そこへ、別れた夫が広島の原爆病院において癌で亡くなったという知らせが入る。彼女はその知らせを聞き「ああ夫も被爆者だったのだ」と思い、広島で焼け跡の中を探し求めた優しかった夫を思いやったというところで証言は終わる。この話を思い出すたびに、心が動かされる。
 それから被爆者問題にかかわるようになり、1954年のビキニ被災後の原水爆禁止運動が被爆者を励ましたこと、1977年の被爆者国際シンポジウムを中心とする被爆者の聞き取りで、多くの被爆者が生き残ったことへの罪意識や放射線の影響による子や孫を含む将来への不安を抱いていること、それを初めて人に語ったこと等を知った。また、被爆者との交わりを通じて、体験から原爆が絶対悪と感じつつ、それを言葉で表現しきれないと思っていること、生き残ったことや将来への不安を隠さざるを得ないと思いつつ、体験を未来へつなごうとすることとの葛藤の中で生きていることなどを知るに至った。

禁止条約発効の意味 条約の発効と国際法の現実

 冒頭で述べた通り、本年1月22日に禁止条約は発効した。発効した場合の直接的な効力は、批准国が禁止条約に規定されている核兵器を使うことだけではなく、「つくり」「もつ」ことに加えて、これらを支援することも禁止されることである。そして、国内法も禁止条約の規定に反する内容は効力を持たなくなる。
 しかし、条約は二国間条約だけではなく禁止条約のような多国間条約の場合も、署名・批准しない国については、その国の政府のみならず国際法学者の多くも、非署名、非批准国を拘束しないと考えている。日本政府が言うように、署名・批准しない核保有国や核抑止依存国は禁止条約に拘束されないということは、的外れではない。更に忘れてならないのは、条約が発効しても、国際世論で守らせる力がないと、条約は発効しても実効性を持たないし、市民のものとならないということである。「集団殺害罪の防止及び処罰の関する条約」(ジェノサイド条約)では、「国民的、人種的、民族的または宗教的な集団の全部または一部を破壊する目的をもって行われた」、集団構成員の殺害、肉体的、精神的危害、上記の目的で行われた生活条件の変更、出生防止措置、移住等の実行、共謀等を処罰することになっており、1951年に発効し、現在締約国は140カ国近くに及ぶが、日本が批准していないために、日本ではジェノサイドが重大な犯罪であるという意識は乏しいように思われる。

国際法を守らせる力――社会の意識

 加えて日本では、法律家を含め、条約などの国際法は政府のみを縛るものだと考える人が多く、個人が守るべき法ではないと考えられている。私もそう思ってきた。ところが、私は、1982年に国連軍縮特別総会(SSD II )に参加した際、アメリカの国際法学者であるエリオット・メイロウィッツ氏(下田訴訟の意義を強調した論文のある国際法学者)から昼食時に「日本では国際法をどの程度、個人が守るべき法律と受け止められているのか」と質問されて衝撃を受けた。当日おこなわれたシンポジウムでは、ニュルンベルグ裁判のことが議論されていた。その議論とメイロウィッツ氏との話を合わせると次のようになる。
 1948年のジェノサイド条約で集団虐殺は条約上禁じられたが、ニュルンベルグや東京裁判に適用された憲章では、国内法における被告人の地位や上司の命令だという理由では裁判上責任が免除されないと規定されている。そして、人間が本来守るべき規範(法律や道徳)が人間が守る法の核心になっており、それに反した行為をすれば、国際法上処罰の対象となるのだというのである。これがニュルンベルグ原則といわれるものであり、この原則を根拠に、国際法上違法な戦争に協力することは人道法上の責任を問われることにつながるとして拒否がおこなわれた。これが、「ニュルンベルグ抗弁」といわれるものである。
 このような形で欧米では、国際法と個人の行動が結びつけられたのである。

核兵器の意味とその力を抑制するもの 核兵器の政治的意味

 アインシュタインは原爆を「宇宙的エネルギーの解放」と述べたが、原爆は、広島と長崎で火薬の爆発力を用いた兵器とはまったく次元の異なる力を見せつけた。
 その政治的意味は、核兵器の威力を背景に核保有国が非保有国に対して、「領土をよこせ」といった政治的要求をしたときに、核兵器を持たない国はその言うことを聞かなければならなくなると思い至ることであろうと思う。保有国との間に信頼がある場合はともかく、信頼がない場合、信頼のない保有国だけが核兵器を持つことには大きな不安を抱く。弁護士の体験から言えば、警察が存在しない社会で暴力団の事務所に交渉に行くのと似ている気がする。核に依存できないと相手の言うとおりにせざるを得ないという気持ちになり、これに従うと要求はさらにエスカレートするのではないかという不安を覚える。人道性を理由に、地雷やクラスター、更には化学・生物兵器は禁止され、これらに依存する国はほとんどないとしても、核兵器の場合には異なるとするのは、そのためであろう。

署名国数、批准国数の持つ意味

 核保有国からの圧力にもかかわらず、現在、署名国数は86カ国、批准国数は51カ国に及んでいる。これだけの国が、核兵器の力に依存しないと約束したのである。その中にはアジア、アフリカ、中南米の非核兵器地帯条約参加国だけではなく、アイルランド、オーストリアのような中立国、ニュージーランドのような軍事同盟加盟国も含まれる。

核兵器禁止条約 ―― 署名・加入した国および地域と批准状況
(2021年01月07日現在)
国・地域名 署名日 批准日
(空白は未批准)
アルジェリア 2017年09月20日
オーストリア 2017年09月20日 2018年05月08日
バングラデシュ 2017年09月20日 2019年09月26日
ブラジル 2017年09月20日
カーボベルデ 2017年09月20日
中央アフリカ共和国 2017年09月20日
チリ 2017年09月20日
コモロ 2017年09月20日
コンゴ民主共和国 2017年09月20日
コンゴ共和国 2017年09月20日
コスタリカ 2017年09月20日 2018年07月05日
コートジボワール 2017年09月20日
キューバ 2017年09月20日 2018年01月30日
エクアドル 2017年09月20日 2019年09月25日
エルサルバドル 2017年09月20日 2019年01月30日
フィジー 2017年09月20日 2020年07月07日
ガンビア 2017年09月20日 2018年09月26日
ガーナ 2017年09月20日
グアテマラ 2017年09月20日
ガイアナ 2017年09月20日 2017年09月20日
バチカン 2017年09月20日 2017年09月20日
ホンジュラス 2017年09月20日 2020年10月24日
インドネシア 2017年09月20日
アイルランド 2017年09月20日 2020年08月06日
キリバス 2017年09月20日 2019年09月26日
リビア 2017年09月20日
リヒテンシュタイン 2017年09月20日
マダガスカル 2017年09月20日
マラウイ 2017年09月20日
マレーシア 2017年09月20日 2020年09月30日
メキシコ 2017年09月20日 2018年01月16日
ネパール 2017年09月20日
ニュージーランド 2017年09月20日 2018年07月31日
ナイジェリア 2017年09月20日 2020年08月06日
パラオ 2017年09月20日 2018年05月03日
パレスチナ 2017年09月20日 2018年03月22日
パナマ 2017年09月20日 2019年04月11日
パラグアイ 2017年09月20日 2020年01月23日
ペルー 2017年09月20日
フィリピン 2017年09月20日
サモア 2017年09月20日 2018年09月26日
サンマリノ 2017年09月20日 2018年09月26日
サントメ・プリンシペ 2017年09月20日
南アフリカ 2017年09月20日 2019年02月25日
タイ 2017年09月20日 2017年09月20日
トーゴ 2017年09月20日
ツバル 2017年09月20日 2020年10月12日
ウルグアイ 2017年09月20日 2018年07月25日
バヌアツ 2017年09月20日 2018年09月26日
ベネズエラ 2017年09月20日 2018年03月27日
ラオス 2017年09月21日 2019年09月26日
ニカラグア 2017年09月22日 2018年07月19日
ベトナム 2017年09月22日 2018年05月17日
ジャマイカ 2017年12月08日 2020年10月23日
ナミビア 2017年12月08日 2020年03月20日
セントビンセント・グレナディーン 2017年12月08日 2019年07月31日
カザフスタン 2018年03月02日 2019年08月29日
ボリビア 2018年04月16日 2019年08月06日
ドミニカ共和国 2018年06月07日
コロンビア 2018年08月03日
アンティグア・バーブーダ 2018年09月26日 2019年11月25日
ベナン 2018年09月26日 2020年12月11日
ブルネイ 2018年09月26日
ギニアビサウ 2018年09月26日
ミャンマー 2018年09月26日
セーシェル 2018年09月26日
東ティモール 2018年09月26日
アンゴラ 2018年09月27日
セントルシア 2018年09月27日 2019年01月23日
カンボジア 2019年01月09日
ボツワナ 2019年09月26日 2020年07月16日
ドミニカ国 2019年09月26日 2019年10月18日
グレナダ 2019年09月26日
レソト 2019年09月26日 2020年06月06日
モルディブ 2019年09月26日 2019年09月26日
セントクリストファー・ネイビス 2019年09月26日 2020年08月09日
トリニダード・トバゴ 2019年09月26日 2019年09月26日
タンザニア 2019年09月26日
ザンビア 2019年09月26日
ナウル 2019年11月22日 2020年10月23日
ベリーズ 2020年02月06日 2020年05月19日
スーダン 2020年07月22日
モザンビーク 2020年08月18日
マルタ 2020年08月25日 2020年09月21日
ジンバブエ 2020年12月04日
ニジェール 2020年12月09日
クック諸島 (加入) 2018年09月04日
ニウエ (加入) 2020年08月06日
86 51
国際連合のウェブページより「東友」編集部作成。署名日の日付を基準に並べています。

禁止条約を発効させた力 被爆体験と人類の生存の結びつき

 禁止条約が発効すれば直ちに核兵器が廃絶されるわけではない。しかし、他方で核兵器の威力にもかかわらず、少なくない国が禁止条約に署名批准して発効したのである。禁止条約を成立させ、署名・批准させたことの意味は極めて大きい。
 私はその最大の力は、被爆者の語る体験の力だと考えている。
 核兵器の応酬があれば人類に壊滅的な被害が生ずることを示す科学的データも重要である。しかし、核兵器の使用が人間に到底受け入れられない被害をもたらすことを人の心に届くように示せるのは、被爆者という生身の人間を通した体験しかない。核攻撃を生き延びた人が語ることにこそ、大きな力がある。核兵器禁止条約交渉会議の前、3回の「核兵器の非人道性に関する国際会議」が開催され、大きな役割を果たした。その中で、2014年2月に開催されたメキシコのナジャリットでの第2回会議の冒頭に被爆者が自らの体験を参加した外交官の前で語ったことの意味がとても大きかったではないかと思っている。

被爆者が語る力の強さ

 被爆者が自らの体験を語ることには、人を見捨てて生き残ってしまった罪意識、子や孫を含む次世代が受けるかもしれない差別への不安ゆえに隠したいという気持ちと、だれにも同じ体験を味合わせたくないという気持ちとの間で葛藤しながら、自らの体験を人間として語ってきた。私は、社会を変える力はその葛藤を乗り越える人間としてのやさしさと強さにこそあるのではないかと思っている。前述したニュルンベルグ原則やニュルンベルク抗弁を根拠に非人道的行為を拒否するのと人間としてありたいという同様の勇気を感ずる。その人間らしさこそが、人を励ましたのではなかろうか。
 もちろん、一人の被爆者ではできない。ビキニ被災後の全国的な原水禁運動に励まされてともに立ち上がり、更に1977年の「被爆の実相と被爆者の実情」に関するNGO被爆問題シンポジウムにおける調査により、苦しみは自分だけではないことに気づき、それが被爆者に自らのつらい体験を語らせ、その語りが人々を励まし、被爆者とともに歩む人々の存在が更に被爆者を励ましてきたのである。
 しかし、被爆者に残された時間は少ない。でも、被爆者が持つ原爆・核兵器が絶対悪であることの確信の力は極めて大きい。

禁止条約発効の巨大な意味 被爆国としての恥ずかしさ

 核兵器の力、核保有国の圧力にもかかわらず、核兵器禁止条約は発効した。多くの国が署名批准し、核兵器禁止に向かって動いた。そのことの意味を改めて心に留めたい。
 ところが、多く被爆者が生きてきた唯一の戦争被爆国である日本は、政府が署名・批准に動かないばかりか、明確に反対の意思を表明している。残念ながら日本は、まわりの、特に力のあるものに合わせて生きることが賢いとされる文化のままになっている。被爆者の体験と生き様を聞き、核戦争の危険を考えれば、アメリカとの間に軋轢があろうと率先して核兵器禁止条約の先頭に立つべきなのである。政府を動かしえない国民の一人としてとても残念に思う。

人間であるからこその苦しみとそこからの力

 被爆者が苦しんできたのは、自分のためではなかった。人との関係が切断されて自分が生き延びたこと、人との関係が将来まで傷つけられるのではないかという不安であった。野中ふみ子さんは、見捨てた夫さえも、原爆の非人道性を見据えて自分とのつながりを見た。過去と未来に向けて、多くの人々とともに核兵器のない社会を実現すること、その出発点として日本政府に核兵器禁止条約の署名と批准をせまることが、被爆者の話を聞いてしまった私たちの使命である。

「核兵器廃絶国際署名にご協力を」など書かれた横断幕を数人で持つなどするたすきを掛けた被爆者らと、マイクを使って訴える内藤弁護士。
2018年1月に浅草でおこなわれた核兵器禁止条約の発効に向けた署名行動