被爆者相談所および法人事務所
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追悼のつどい後に初の交流会
原爆死めぐる講話・討論 初の試みにマスコミも注目

 東友会は2019年から「原爆犠牲者追悼のつどい」の後に、「原爆被害について学び、語り合う交流会」を開くことにし、2019年7月28日テクノプラザかつしかの会議室で開催。70人が参加しました。
 「交流会」の目的は原爆被害の実相をより深く広く知らせることと、被爆体験の継承です。企画と運営は「追悼のつどい」企画委員会と実行委員会がすすめました。

「原爆死」の問題提起

 「交流会」は最初に、「追悼のつどい」で「原爆死をどうとらえるか」について講演した内藤雅義弁護士に「原爆(死)のイメージとそこからの再生」のテーマで問題提起を受けました。内藤さんは、「当日、母に言われたとおり、残っていれば死んでいた」「交代でいった人が死んだ」など、「生死の偶然による不条理な死」、「助けを求める人を見捨てて逃げた」ことなどで生き残った被爆者が受けた心の傷について、被爆者の証言から具体例をあげて紹介。他に苦しむ被爆者の存在を知り、核兵器を否定し励まし合って被爆証言をすることが「不条理」とたたかうことになったと分析しました。

被爆者と二世が証言

 つづいて被爆当時2歳だった練馬区の綿平敬三さんが、原爆による「直爆死」の様相と遺族の苦しみについて、母が遺した手紙から知ったことをもとに証言。広島で料亭を開いていた父の遺体も確認できなかった死、母の胎内で被爆した弟が3歳で亡くなった後、「被爆者だから」と墓にいれてもらえなかったこと、その後女手一つで子どもたちを育て上げた母の苦労についての証言は、初めてとは思えない内容の深いものでした。
 つぎに、被爆二世の山田みどりさんが2019年亡くなった被爆者の兄について証言しました。山田さんは、家族の被爆状況から話しをはじめ、13歳で被爆した兄が、「生き残ってしまった」との苦痛から、当時の様子を語れなかったこと、福島原発事故の後、核による被害を知らせなければと「生き残った者の使命」としてつらい被爆体験を語り始めたことを証言しました。

参加者が向き合って座れるよう四角形に並べられた机に着席する参加者たち。
「追悼のつどい」に引き続き「原爆死」について考えた交流会

参加者が次々に発言

 3人からの提起を受けた参加者の交流では、これまで証言活動をしていない被爆者や被爆二世から、子どものけがから被爆当時にフラッシュバックした被爆者の姿、放射線の後障害への不安にさいなまれた生活、被爆証言をするときの辛さ、とりわけ子どもへの影響について語ることの難しさなどにいて、次々に発言があり、あらためて、被爆体験継承の重要性とともに難しさも明らかになりました。
 今回の交流会はマスコミも注目。交流会の様子はNHKのニュースでも紹介されました。

寄せられた感想から

  • 「私と同じ感覚だった人がいることを知り、身近に感じられた。結婚はできたが30回以上、被爆者だとわかって断られた。娘が子宮がんにかかり、申し訳ない思いでたまらない」被爆者・70歳代・男性
  • 「さまざまなお話しが聞け、自分の知らないことが多いこと、無知を痛感します。みなさんの熱い思いに胸がつまりますが、それに呆然として立ち尽くしてしまいます。東友会のことも知りませんでした」非被爆者・60歳代・男性
  • 「交流の時間が1時間ありましたが、短く感じました。テーマ毎に発言を求めたこともよかったと思います。来年も期待しています」被爆者・70歳代・男性
  • 「原水禁世界大会やビキニデー集会で被爆者の実相普及の分科会に必ず参加して多くの話しをうかがいましたが、今回の催しではとくに生々しい体験、身に迫る話し聞けました」非被爆者・70歳代・男性
  • 「たいへんに良い企画であり、第三者の方にも理解していただけるのではないかと思いました」被爆者・80歳代・男性