ふたたび被爆者をつくるな 東京の被爆者は生命もてここに証す
日本被団協はいま、「国の償い実現運動」に取り組んでいます。これは、現行の「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」を改正し、「被爆者をつくらない」国の決意と、原爆被害者に国として償いをすることを、はっきりと書き込むよう求めるものです。原爆放射線がどんなに長く、深く人間を苦しめ、「からだ、こころ、くらし」を全面的に破壊するか、原爆症認定集団訴訟は事実で明らかにしました。
いま、福島の原発事故で残留放射線による内部被曝が深刻な不安を引き起こし、国と東京電力に対する補償要求の声が高まっています。「核の恐ろしさ」と「損害への補償」が、国民みんなの実感になっているいまこそ、私たちは、「核兵器なくせ」「核の被害者には国の償いを」の声を、高く上げようではありませんか。
日本被団協が2011年6月に発表した「現行法改正要求」の全文を掲載します。挿入した写真は、国家補償を求める運動の記録写真の一部です。
現行法改正要求 原爆被害者は国に償いを求めます
2011年6月 日本原水爆被害者団体協議会
はじめに
1945年8月6日広島、9日長崎に米軍が投下した原爆は、熱線、衝撃波・爆風、放射線によって、人類史上未曽有の被害を、人間にもたらしました。一瞬の閃光とともに二つの街を壊滅させ、多くの人を殺し、傷つけました。また、今日にいたるまで、被爆者に、いのち、からだ、こころ、くらしにわたる限りない惨苦を与えつづけています。原爆は、人間として死ぬことも、人間らしく生きることも許しません。
被爆者が求めているのは、この原爆被害に対する「国としての償い」です。原爆被害は「遡れば戦争という国の行為によってもたらされたもの」(最高裁判決1978年3月31日)である以上、その被害に対して国が償うことは当然のことです。
被爆者は、原爆死没者への償いを求めます。原爆の最大の被害者は原爆死没者です。しかし、原爆死没者は今日まで、無視され、見捨てられてきました。原爆死没者への償いは、原爆被害に対する償いの土台です。
被爆者は、すべての原爆被害者への償いを求めます。被爆者の苦しみは「被爆者であること」それ自体です。今日だけでなく未来にわたる被害、不安から逃れることができません。医学的影響、こころの傷をはじめ、原爆が人間にもたらす被害は未解明です。被爆者を苦しめている原爆被害は、被爆者に現れる被害を通してしか明らかにできません。国は、被爆者の健康・生活に対して全面的に責任を持つべきです。原爆被害者は、被爆者だけではありません。家族を失った原爆孤児、遺族、仕事と財産をなくした人も原爆犠牲者です。
現行法(原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律)は、われわれが悲願としてきた「原爆被害への国の償いとしての被爆者援護法」ではありません。原爆死没者を無視し、原爆被害を放射線による健康被害に限定することで矮小化し、空襲被害者など一般戦災者と分断しています。基本懇(原爆被爆者対策基本問題懇談会)答申に従い、すべての戦争被害についての「受忍」を国民に強いる立場に立っているからです。
被爆者の願いは、「ふたたび被爆者をつくらない」ことです。そのために、被爆者は、日本政府に、戦争によって原爆被害をもたらしたこと及び放置によって被害を拡大したことについて謝罪すること、原爆被害に対して国としての償いをおこなうこと、戦争を起こさないこと、そして核兵器廃絶の先頭に立つことを求めます。すべての人が核兵器も戦争もない世界で、平和に生きる礎となる法律を求めます。
現行法の改正要求
1 ふたたび被爆者をつくらないとの決意をこめ、原爆被害に対する国の償いと核兵器の廃絶を趣旨とする法の目的を明記すること。
原爆被害は、もとはといえば国が開始、遂行した戦争によって生じたものです。そうであれば、その被害に対して国が責任をとり、被害に対して償うことは民主国家においては当たり前のことです。
原爆被害に対する国の償いは、戦争被害を国民に「受忍」させないこと、核兵器を廃絶することを国が誓うことであり、「ふたたび被爆者をつくらない」ための大前提です。
2 原爆死没者に償いをすること。
(1)原爆死没者に対して謝罪し、弔意を表すこと。
(2)原爆死没者の遺族に対して弔慰金あるいは特別給付金を支給すること。
(3)原爆死没者が生きていた証として原爆死没者名を碑に刻むこと。
(4)8月6日、9日を原爆死没者追悼の日とし、慰霊・追悼事業を実施すること。
原爆は、無差別殺戮兵器です。原爆は、一瞬にして世の姿を変え、阿鼻叫喚の地獄を現出させました。人びとは、燃えさかる火の中で助けを求める人びとを見捨てて逃げざるを得ず、おびただしい死を前に、人が死んでも何も感じなくなっていきました。人間が人間でなくなったのです。原爆は、子ども、女性、年寄りの命をも奪いました。人の死とは思えない酷い最期を強い、その遺骨さえも家族の元に戻ることができませんでした。
原爆はかろうじて生き残った人の命をも奪っていきました。「あの日」とその後に体験させられたできごとは、被爆者、原爆孤児、遺族など生き残った人びとの心に深い傷となって残りました。原爆が人間にもたらした死と心の傷は、あの日から今日まで無視され、償われることがありませんでした。無念の思いで死んでいった原爆死没者に対して償いがなされ、死者たちの死に意味が与えられ、核兵器廃絶の悲願が実現してはじめて、生き残った人びとに残る心の傷も癒されていくことができるのです。
3 すべての被爆者に償いをすること。
(1)戦争によって原爆被害をもたらしたこと、原爆被害を放置し、過小に評価してきたことについて謝罪すること。
(2)すべての被爆者に被爆者手当を支給し、障害を持つ者には加算すること。
(3)被爆者の健康管理と治療・療養及び介護の全てを国の責任でおこなうこと。
被爆者の苦しみは「被爆者であること」それ自体です。被爆者は、心と身体に深い傷を負って生き抜いてきました。被爆者の戦後は、病気とのたたかいでした。現在まで長期にわたり数多くの様々な傷病にいためつけられ、「ぶらぶら病」をはじめ体の不調に悩まされ、いつ原爆症が発現するかもしれない不安におびえてきました。子どもを産み育てるという人として自然なことにさえ、恐れおののいてきました。就職、結婚など人生の節目での差別に苦しめられました。広島、長崎に住んでいたことを隠した人も少なくありませんでした。
被爆者は命ある限り、このような苦しみと不安から、解放されることがありません。被爆者は自らの体験を証言し、核兵器の廃絶、戦争のない世界の実現と国の償いを求めて運動をつづけてきました。国は、被爆者のくらしと健康管理、治療・療養及び介護の全てを国の責任でおこない、被爆者の「むごい生」を償って、人間の尊厳を回復すべきです。
援護施策の改善要求
4 被爆二世・三世に対して、被爆者に準じた援護施策を実施すること。
(1)被爆二世・三世に関する実態調査をすみやかに実施すること。
(2)希望する二世に対して、被爆二世手帳を発行すること。
(3)(2)の手帳所持者の健康管理と治療・療養を国の責任でおこなうこと。
原爆放射線が被爆者の遺伝子に影響を与えることが明らかになってきています。被爆者は、被爆二世・三世の疾病、特にがんの罹患が急増していることに恐怖しています。被爆二世・三世の不安も増しています。被爆二世・三世に対する援護は緊急の課題です。被爆者に準じた援護施策を求めます。
5 被爆者健康手帳の交付要件を見直すこと。
原爆症認定集団訴訟運動をとおして、放射性物質が広範囲に降下し、それを体内に吸引、摂取した多くの住民にも残留放射線による傷害を与えたことが明らかにされました。被爆66年、原爆医療法制定から55年たった今日の時点に立って、被爆者健康手帳の交付要件を見直すことを求めます。
6 在外被爆者に対し、その国情にかかわらず法の完全適用をおこなうこと。
国の内外、国籍の如何にかかわらず、どこに居ても被爆者は被爆者です。国交のない朝鮮民主主義人民共和国を含む在外被爆者に対する援護は日本国内の援護と同等に行われなければなりません。
むすび
戦争の反省から生まれた日本国憲法はその前文で、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」しています。この憲法の下において、戦争被害を「受忍」させる政策があっていいものでしょうか。
被害に対する補償は、同じ被害を起こさせないための第一歩です。国が原爆被害への償いをおこなうことは、ふたたび被爆者をつくらない証です。あわせて、核兵器を廃絶する国の誓いを宣言するものです。
オバマ米大統領のプラハ演説は、核兵器廃絶への世界の流れを大きく加速させました。しかし、アメリカはまだ核抑止力、拡大抑止(核の傘)政策を変えていません。アメリカを「核のない世界」へ確実に向かわせるためには、被爆国である日本が原爆被害への償いとともに、核密約を破棄、核の傘を拒否して、非核三原則を法制化し、非核国としての立場を鮮明にすることです。それが、日本が被爆国として果たすべき国際的責務です。