被爆者相談所および法人事務所
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【寄稿】 核兵器禁止条約の発効にあたって(続編)
日本政府を変え、国際世論を高めるため いま意識しておきたいこと
弁護士 内藤雅義

 本紙435号(2021年1月)に掲載した内藤雅義弁護士の寄稿は、長文にも関わらず読者から大きな反響がありました。とりわけ被爆者からは、「私たち被爆者がいまできることは何か、内藤先生の考えを知りたい」といった声が寄せられました。今号では、前回の続編として、新しく内藤先生に書き下ろしていただきました。

1 はじめに

内藤雅義さん
長年、被爆者運動を支えてきた弁護士のひとり。核兵器をめぐる国際情勢や国際法にも詳しい。

 核兵器禁止条約(以下、禁止条約)が2021年1月22日に発効した。禁止条約を採択させ、発効に至らせるにあたっての最大の力が、被爆者の語る体験であったことは、「東友」435号で述べたとおりである。禁止条約前文にも Hibakusha が二度にわたって言及されている。
 原爆は、被爆者にたいし、社会的にも、身体的にも人とのつながりを決定的に破壊するものとして現れた。それは、核兵器が時間的にも、空間的にも制限できない兵器としての性格の反映である。他方、435号で述べたように被爆者をして語らせてきたものは、つながりを取り戻そうとする人間の本質の表れだと思う。亡くなった人への罪意識は、語ることの障害として存在するとともに、失われた人とのつながりを取り戻そうと人間の本質から生まれ、語らせる力ともなった。そして、その葛藤、苦悩こそが人を動かし、未来へつながる人間のつながりを生んだのである。
 被爆者が原爆・核兵器を絶対悪と語るのは、人間のつながりをあらゆる面で破壊した人間社会への使用、つまり「被爆」を体験したからである。
 しかし、被爆者が絶対悪と語る核兵器はいまだ1万3000発以上が使用可能な状態にある。一発でも使われたとき、広島と長崎での惨状が再現される。それが文明、さらには人類の終焉のきっかけとなる可能性もある。また、米中対立の増大やイギリスの核弾頭数の増強決定といった、核兵器廃絶には大きな障害が生まれてもいる。

 以下は、これを乗り越えるために被爆者はどうすべきなのか、そのことについての私の個人的な意見である。

2 核抑止論の非人間性

1.核抑止論は核兵器使用を前提としている

 核抑止論の信奉者には、核兵器があったから大国間の戦争はなかったし、核兵器が使用されたらどうなるかわかっているから今後も使われないだろうという人がいる。確かに被爆の惨状が世界に知られ使用が抑制されてきた面はある。しかし、キューバ危機等、核兵器使用の瀬戸際は何度もあった。のみならず、核抑止論は核兵器を使うことを前提にするものである。いざというときに核兵器を使うことにしておかないと核兵器を持っている意味がないからである。核兵器国も核抑止依存国も核兵器を使わないとは絶対に言わない。

2.核抑止論・核戦略論の問題点―人間の無視

 核抑止論や核戦略論は、人間を抽象的・「合理的」に評価して分析する。これだけの被害は容認できるとか、核戦争のエスカレーションを制御できるなどである。核兵器の被害を受ける側は、自分と無関係な「数」としてしか考えられていない。
 しかし、核兵器を考えるにあたって重要なのは、数としの人間ではなく、人とのつながりの中に生きる人間であり、苦しみ、弱さ、非合理性を秘めた人間である。必要なのはこのような人間にとって核兵器が持つ意味である。

(1)極限情況と人間

 核兵器が使用されたときに出現する極限状況では、人間は合理的に行動できない。まして、相手を思いやるなどという余裕はない。核兵器が使用された側が勝つために最小限の核兵器の使用をしようなどと考えるだろうか。エスカレーションを制御できないと考えるべきである。

(2)憎悪感情の怖さ

 憎しみが強くなると相手に対する人間的感情が失われる。イラクの内戦でイスラム教スンニ派の過激派が支配していたファルージャをイラク政府軍とシーア派の民兵が侵攻して支配権を奪った際、スンニ派の兵の遺体を犬が食い散らし、その眼窩を鶏がつつくのを見て、シーア派の民兵が快感を覚えたという報道に接したとき、私はそのことを痛感した。
 核兵器使用を決定する人間が憎悪感情から無縁であるとはいえない。とりわけ、極限状況が重なるとなおさらである。

(3)権威への盲従と無責任

 人間らしさから、極限状況に置ける人間の弱さ、そして、憎悪感情の暴走を止めるのは、一人ひとりの人間であり、人間のつながりの力である。しかし、人間は、権威、集団に動かされてしまう。
 人間の心の怖さの心理実験として有名なものにミルグラムの実験がある。権威者が大丈夫だというと、目の前の人がどんなに苦しんでいても、権威者に従うということを明らかにした実験である。権威や社会が正しいというと、個人は責任を回避してそこに判断をゆだねてしまう。『ファシズムの教室』という本には、責任を他人に委ね集団で動くことに高揚感を感ずる人間のことが書かれている。

(4)敵対感情による自殺と殺人の当然視

 人間は自集団の価値を高め、維持すると見られる人を高く評価する。そのような傾向を歴史的文化的にさらには遺伝的にも(そのような人がより多くの子孫を残す)強めてきたと思う。
 周囲から閉鎖されるなどして、自集団中心の価値が著しく強められた社会では、自集団の価値を低め、敵対する個人や集団を排除、抹殺することが善であると評価される。社会経済的な状況が悪いとより敵のせいだと思いやすくなる。そして、ついには自集団の価値を守り高めるためには違う集団を自己を犠牲にしてでも抹殺してもよいとすら考えるようになり、自殺と殺人の組み合わせである戦争が合理化される。
 自集団が生き延び、価値を守るためには、価値の違う集団を核兵器で抹殺してもよいと考えるのは、その延長だ。核兵器が使用されたとき、苦しむ人間は見えず、あくまで数でしかない。

3 被爆体験、被団協運動と危機克服の道

 私は、その危機を乗り越える力、ともに生きる方が望ましいとする力を人間は持っていると思う。それが被爆者の体験を通じて生まれた運動だと思う。核兵器禁止条約の発効は、その成果といえる。その先に、核兵器と戦争のない世界があるのだと信じる。

(1)罪の意識と人間性

 被爆者は、極限状況を生き延びたことに罪意識をもって生きてきた。罪意識の対象となった人間は、必ずしも身内だけではない。冒頭にも述べたとおり、罪意識は壊された人間のつながりをとり戻そうとする人間の本質の表れである。ここに、未来へつながる大きな鍵があると信じている。

(2)体験を語る勇気と人間としての在り方

 「東友」435号でも述べたとおり、1977年のNGO被爆問題シンポジウム以後、自分と同じく他人を見捨てて生き延びた人の存在、みな辛い思いを抱いたことを知って自らの被爆体験を語り始めた多くの被爆者が生まれた。それは人間の弱さの自覚とともに、葛藤を乗り越えて人間のつながり、とりわけ亡くなった人とのつながりを取り戻そうとする人間の本質を示すものである。
 罪意識と、放射線影響による自分、さらには家族に対する偏見・差別の恐れがありながら、それを乗り越えて被害を語り、国家補償(自集団のためという理由による受忍の拒否)と核兵器廃絶を求める被爆者がいることに、私は光を見る。自らを救いながら、自分、自集団を越えて、人類を救うとして結成された被団協に人間の力を見る。「われら生命もて ここに証す 原爆許すまじ」という東友会の碑文も同じ思いの表れである。

(3)平和の礎論の拒否

 私は、被団協による「平和の礎論」の拒否に核兵器絶対否定の強さを見た。
 原爆被害の基本理念を議論する原爆被爆者問題基本問題懇談会で、一部委員から原爆投下によって日本の終戦と平和がもたらされた、だからそれを踏まえて死没者に補償する理念(「平和の礎論」)を設けようという意見が出された。
 そのとき日本被団協は、お国のため、あるいは平和のためなら核兵器使用を容認するものだとして、これを拒否した。国家という自集団のために核兵器の使用を認める考え方の明確な拒否である。

(4)抹殺の否定と人間としての理解

 数ではなく、人間としての喜び、悲しみ、生活に追われ、病気になれば、まして極限状況になれば、他人を考えられなくなることは皆同じである。しかし、抹殺してよい人間はいない。つながりを作ることが何よりも重要である。
 被爆者、被団協は、まさにそのように、活動してきたのである。

「核のない世界を ― ヒロシマとナガサキからの叫び(原文:Nuclear-Free World ― Cries from Hiroshima and Nagasaki)」と大書きされた、高さ3メートル、幅4メートルほどあるパネルが立てられており、その前に壇がしつらえられた会場。パネルには大きく引き伸ばされたキノコ雲の写真があり、解説と思われる英文が書かれている。テープカットを待つリボンも見える。
海外でも被爆体験を訴える。写真は国連本部での原爆展の開会式(2015年4月)
地面を這う人、子を背負って歩く人、亡くなった人を抱えて嘆く人が描かれている。背景ではがれきと化した家屋が炎に包まれている。「火焔から逃れる被爆者 証言」の文字が書き込まれている。
被爆当時の様子を描いた絵(竹内勇・画)
東友会の碑文の拓本
「われら生命もてここに証す 原爆許すまじ」の碑文。体育館の床に座る子どもたちを前に、舞台上ではなく同じ床に立って、身振り手振りを交えて証言する被爆者。
小学校での被爆証言(葛飾 奥田萩子さん)

4 核兵器禁止条約による核兵器廃絶の実現と日本の核の傘からの離脱

1.核抑止の否定が大前提

 禁止条約をめぐっては、NPTと禁止条約との関係等、多くの問題がある。ただ、ここでは、被爆者の強い要求である日本が禁止条約に入ることに絞って述べる。
 日本が禁止条約に署名・批准するにあたっての障害は、日本が核の傘に入っていることである。前述したとおり、核の傘、つまり核抑止への依存は、核兵器の使用を前提とするものである。これは核兵器の使用等の援助、奨励を禁止する禁止条約に違反する。ただし、核保有国との軍事同盟そのものは違反ではないとされる。敵国の武力攻撃があっても、核使用はしないことにすればよいだけである。欧州でもNATOを維持しながら、禁止条約に加入するか否かの議論が進められている。

2.北東アジア非核兵器地帯条約

(1)非核兵器地帯条約

 日本が単独で禁止条約に加入する方法はある。しかし、私は、周辺国との関係、すなわち、核兵器に頼らないつながりを作ることが大切だと思う。
 禁止条約の署名・批准国の多くが非核兵器地帯条約の締約国である。非核兵器地帯条約締約国は、禁止条約とほぼ同様の禁止事項を定めたうえで、核兵器国から非核兵器地帯条約加盟国に核兵器を使わないという約束(消極的安全保障)を追加議定書で得ている。これができれば、禁止条約に入る条件を満たすと考える。

(2)バイデン政権の核兵器先制不使用政策と北東アジア非核兵器地帯の可能性

 非核兵器地帯条約における消極的安全保障は、相手国が核兵器を使わない限り核兵器を用いないという点で、核保有国間の先制不使用と同じ考えに立つ。先制不使用については、オバマ政権が採用しようとしたが、日本政府が強く反対したたため採用されなかったといわれる。
 日本、韓国、北朝鮮(DPRK)を締約国とする北東アジア非核兵器地帯条約を締結して、そこに米露中という周辺核兵器国が消極的安全保障を取ることは可能ではなかろうか。
 ただ残された障害は、朝鮮戦争が終了していないことである。(正確には「休戦中」であることに留意。)

(3)北東アジア非核兵器地帯条約の障害

 中国と日本との間には、尖閣列島問題があり、中国が核兵器国であることから日本だけが禁止条約に加盟すると、政府や日本国内にはアメリカの核抑止がなくなることについて不安があるように思う。しかし、ベトナムは中国との間で南沙諸島問題を抱えているが、東南アジア非核兵器地帯条約の締約国であり、かつ、禁止条約の批准国である。
 加えて、中国は先制不使用政策を採用しており、北東アジア非核兵器地帯条約を締結して消極的安全保障を求めれば、断らないと思う。日本の対応の問題は、台湾問題を含め、核を中心とする軍事力で中国の行動を押さえ込もうとしていることである。非核兵器地帯条約と消極的安全保障とが、中国との関係を作る最善の策だと考える。
 DPRKの核兵器問題もあるが、バイデン政権はオバマ政権とは異なり、段階的に相互に信頼関係を得る方法を模索するといっており、DPRKの非核化を前提に北東アジアの非核兵器地帯をつくるのに、今が絶好機だといえよう。

3.北東アジアの被爆者の連帯

 北東アジア非核兵器地帯条約では、日韓関係が重要である。ところが、日韓関係がよくない。しかし、日韓の被爆者がともに核兵器禁止条約を目指し、その前提として北東アジア非核兵器地帯条約を締結に向けて動けば、大きく変わるのではなかろうか。
 日韓の被爆者の間では、在韓被爆者を支援する運動(援護法適用訴訟等)があったことから信頼関係が作られ、共同して禁止条約の締約を政府に求める声明も発表された。
 さらに、日韓の被爆者が、ともに原爆投下は誤っていたとアメリカ市民に訴えることができれば、"植民地の解放のための原爆投下だ"という、少なくないアメリカ市民の考え方を変えることもできる。原爆被害から北東アジア地帯を考える大きなきっかけになるのではなかろうか。今、そのような動きも生まれている。

5 核兵器禁止条約と核兵器廃絶は可能である

 「東友」435号で私は、原爆を生き延びた被爆者の体験に基づき、葛藤を乗り越え人間のつながりを取り戻し、作りたいという被爆者の声が禁止条約を発効させたと述べた。
 今、若い人たちが、葛藤を乗り越えて立ち上がった被爆者の声を受け止めて、聞き取りや禁止条約の批准に向けて立ち上がっている。
 戦争は人間らしさを捨て、責任を支配者、社会にゆだねてしまうことから起こる。それを止めるのは、葛藤の末に語り、行動する勇気である。
 皆さんの葛藤、その葛藤を乗り越えて少しずつ体験を語る勇気、つながりを求める人間の声が、若い人とのつながりも作っているのである。(了)

核兵器禁止条約 ―― 署名・加入した国および地域と批准状況
(2021年01月07日現在)
国・地域名 署名日 批准日
(空白は未批准)
アルジェリア 2017年09月20日
オーストリア 2017年09月20日 2018年05月08日
バングラデシュ 2017年09月20日 2019年09月26日
ブラジル 2017年09月20日
カーボベルデ 2017年09月20日
中央アフリカ共和国 2017年09月20日
チリ 2017年09月20日
コモロ 2017年09月20日 2021年02月18日
コンゴ民主共和国 2017年09月20日
コンゴ共和国 2017年09月20日
コスタリカ 2017年09月20日 2018年07月05日
コートジボワール 2017年09月20日
キューバ 2017年09月20日 2018年01月30日
エクアドル 2017年09月20日 2019年09月25日
エルサルバドル 2017年09月20日 2019年01月30日
フィジー 2017年09月20日 2020年07月07日
ガンビア 2017年09月20日 2018年09月26日
ガーナ 2017年09月20日
グアテマラ 2017年09月20日
ガイアナ 2017年09月20日 2017年09月20日
バチカン 2017年09月20日 2017年09月20日
ホンジュラス 2017年09月20日 2020年10月24日
インドネシア 2017年09月20日
アイルランド 2017年09月20日 2020年08月06日
キリバス 2017年09月20日 2019年09月26日
リビア 2017年09月20日
リヒテンシュタイン 2017年09月20日
マダガスカル 2017年09月20日
マラウイ 2017年09月20日
マレーシア 2017年09月20日 2020年09月30日
メキシコ 2017年09月20日 2018年01月16日
ネパール 2017年09月20日
ニュージーランド 2017年09月20日 2018年07月31日
ナイジェリア 2017年09月20日 2020年08月06日
パラオ 2017年09月20日 2018年05月03日
パレスチナ 2017年09月20日 2018年03月22日
パナマ 2017年09月20日 2019年04月11日
パラグアイ 2017年09月20日 2020年01月23日
ペルー 2017年09月20日
フィリピン 2017年09月20日 2021年02月18日
サモア 2017年09月20日 2018年09月26日
サンマリノ 2017年09月20日 2018年09月26日
サントメ・プリンシペ 2017年09月20日
南アフリカ 2017年09月20日 2019年02月25日
タイ 2017年09月20日 2017年09月20日
トーゴ 2017年09月20日
ツバル 2017年09月20日 2020年10月12日
ウルグアイ 2017年09月20日 2018年07月25日
バヌアツ 2017年09月20日 2018年09月26日
ベネズエラ 2017年09月20日 2018年03月27日
ラオス 2017年09月21日 2019年09月26日
ニカラグア 2017年09月22日 2018年07月19日
ベトナム 2017年09月22日 2018年05月17日
ジャマイカ 2017年12月08日 2020年10月23日
ナミビア 2017年12月08日 2020年03月20日
セントビンセント・グレナディーン 2017年12月08日 2019年07月31日
カザフスタン 2018年03月02日 2019年08月29日
ボリビア 2018年04月16日 2019年08月06日
ドミニカ共和国 2018年06月07日
コロンビア 2018年08月03日
アンティグア・バーブーダ 2018年09月26日 2019年11月25日
ベナン 2018年09月26日 2020年12月11日
ブルネイ 2018年09月26日
ギニアビサウ 2018年09月26日
ミャンマー 2018年09月26日
セーシェル 2018年09月26日
東ティモール 2018年09月26日
アンゴラ 2018年09月27日
セントルシア 2018年09月27日 2019年01月23日
カンボジア 2019年01月09日 2021年01月22日
ボツワナ 2019年09月26日 2020年07月16日
ドミニカ国 2019年09月26日 2019年10月18日
グレナダ 2019年09月26日
レソト 2019年09月26日 2020年06月06日
モルディブ 2019年09月26日 2019年09月26日
セントクリストファー・ネイビス 2019年09月26日 2020年08月09日
トリニダード・トバゴ 2019年09月26日 2019年09月26日
タンザニア 2019年09月26日
ザンビア 2019年09月26日
ナウル 2019年11月22日 2020年10月23日
ベリーズ 2020年02月06日 2020年05月19日
スーダン 2020年07月22日
モザンビーク 2020年08月18日
マルタ 2020年08月25日 2020年09月21日
ジンバブエ 2020年12月04日
ニジェール 2020年12月09日
クック諸島 (加入) 2018年09月04日
ニウエ (加入) 2020年08月06日
86 54
国際連合のウェブページより「東友」編集部作成。署名日の日付を基準に並べています。
2021年1月号掲載以降、批准国はカンボジア、コモロ、フィリピンの3カ国が加わり、現時点での批准国の合計は54になっています。