被爆者相談所および法人事務所
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2021 ピースアクション in TOKYO 知恵を出し合い初のオンライン開催

 東友会、東京都生協連、東京地婦連の共催で毎年開催してきた「ピースアクション in TOKYO」。2020年は新型コロナ感染症拡大のため中止になりましたが、2021年はインターネットのオンライン配信を利用して5月23日午後1時から3時まで開かれました。会場に集っておこなってきた従来の形式とは違いますが、緊急事態宣言のもとで、できる精一杯の取り組みとして、工夫を凝らした内容となりました。

縦4列、横4列に16分割された画面のそれぞれに参加者の顔が一人ずつ映っている。ほとんどの人が、顔の左右で両手で「ピースサイン」をしている。

わかりやすい講演

 東京都生協連の太田敬子さんの司会で始まった「2021 ピースアクション in TOKYO」は、主催者を代表してパルシステム東京の戸谷彩さんが開会挨拶。広島市の松井一實市長と長崎市の田上富久市長からのビデオメッセージが上映されました。講演は長崎大学核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授が、「核兵器禁止条約について知ろう」と題して、核兵器をめぐる現状と条約発効の意義、今後の課題などについて、分かりやすく話しました。

「核兵器禁止条約 第1回締約国会議」の概要を示すスライド。2022年1月12日から14日にウィーンで開催、議長候補はアレクサンダー・クメント氏(元オーストリア大使、オーストリア外務省軍縮・軍備管理・不拡散部長)、条約締約国以外にも非締約国、国際機関、市民社会の諸団体がオブザーバー参加可能である、の3点が書かれている。また、会場となるらしい建物の正面からの写真も載せられている。
分かれ道に立ち、腕を組み、片手を顎に当てて考えている人のイラスト。一方には「核兵器のない世界を実現する」、もう一方には「(核兵器の)数を減らしながらも半永久的に持ち続ける」の文字。
「日本はどっちを向いている?」と題され、左側に「『核の傘』の下の国」としての顔、右側に「唯一の戦争被爆国」としての顔、の文がある。中央に配されたイラストは、右と左にそれぞれ逃げようとする2匹のウサギと、どちらを追うか迷うように左右を見るオオカミと思われる動物。
講師の中村桂子先生
講演に使われたスライドと講師の中村桂子先生

各団体の報告も多彩

 各団体が出題者になった「平和クイズ」をみんなで考えたあとは各団体の1年間の活動報告。コープみらい、パルシステム東京、東都生協、日本生協連、大学生協連、東京地婦連に並んで東友会も「コロナ禍のなかでの2020年の東友会の動き」を湊武執行理事が紹介しました。
 最後に、「日本政府が核兵器禁止条約に署名・批准することを強く求める」という集会アピールを東京地婦連の山下陽枝さんが読み上げました。
 事前に寄せられた「虹のメッセージ」の紹介や「平和クイズ」の解答と解説なども放映され、オンライン集会ならではの可能性を感じさせるものとなりました。
 集会後、「今はその実感がなくても漢方薬のようにゆっくりとその効果を表すのが核のない世界のための行動なのだという先生のお話に、諦めないで続けていくことの大切さを改めて感じました」「当事者としての意識を持ち、核の廃絶と平和を願い活動していく気持ちを新たにしました」などの感想がたくさん寄せられました。

「コロナ禍の中での2020年の東友会動き(原文ママ)」の文の下に、「われら生命もてここに証す 原爆許すまじ」の文と折り鶴のイラストが配されたスライド。
東友会の活動報告も

「虹のメッセージ」から(一部抜粋)

  • 「核兵器はいらない」を合言葉に!(70代・地婦連)
  • 戦争を知らない世代の生まれですが、何度か原爆ドームを訪れ、歴史を学び、戦争の悲惨さを知りました。大人の喧嘩で生まれたばかりの小さな赤ちゃんも無差別に殺されてしまう。そんな悲しいことはありません。これからの子どもたちのためにも、切に世界の平和を願うばかりです。(40代・コープみらい)
  • 日本国憲法が改悪されることのないよう、広島・長崎を決して忘れることのないよう、毎日考え続けていきたい。(60代・パルシステム東京)
  • 今はコロナ禍で大変ではありますが、普段の生活は何不自由しません。やはりそれは日本が今、平和だからだと思います。この平和を絶えず続けていくために、私たちが平和を意識し続けることが大事だと思います。(20代・大学生協)
  • 広島爆心地から1.7キロ直爆の当時2歳の被爆者です。記憶は皆無ですが、母が私に覆い被さって私を守ってくれた時のうなじのケロイド、そして時折ポツリと語るあの日を思いながら今私は生かされております。とっさの機転で守ってくれた天国の母に応えたくて、無力な小さき者ですので偉大なことはひとつもできないけれど、小さなことでも真心込めてやることはまだできると、草の根の活動にひとつひとつ愛を込めほんとうの平和を子どもたちに遺したくて、残りの生を日々重ねております。(70代・被爆者)