被爆者相談所および法人事務所
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核兵器禁止条約が発効へ
背を向ける日本政府に批判も

 核兵器禁止条約が2021年1月22日に発効することが決まりました。2020年10月24日、批准国が50カ国に達したためです。この日は75年前に国連が設立された日でもあり、日本時間10月25日日曜日の早朝のニュース速報を受けて、東友会はただちに「声明」を発表しました。
 翌日から、東友会には多くの被爆者から、「嬉しくて、嬉しくて。家族の位牌に知らせました」、「孫に言われました。『日本政府が参加していない』というのは本当ですか。どうしてなんでしょう」、 「この条約で本当に核兵器がなくせるのですか。私は難しいと思います」など、東友会にたくさんの喜びと感動の声が寄せられました。

「日本政府核は、兵器禁止条約に参加を」など書かれた横断幕を広げ歩道にに座る被爆者ら。千羽鶴や、人の肩幅よりも大きい折り鶴なども掲げられている。
被爆国の政府としての責任を求め首相官邸前で座り込む被爆者(2017年9月20日)

ヒバクシャ国際署名の集約は12月末まで

 「ヒロシマ・ナガサキの被爆者が訴える核兵器廃絶国際署名」(ヒバクシャ国際署名)は、1261万2798人分が国連に提出されました。東友会も参加する東京連絡会では、11月10日現在で76万6227人分の署名を集めました。
 この署名は、2020年12月末まで続けます。引き続いてのご協力とともに、お手元にある署名は、早めに東友会にお送りください。

【声明】
核兵器禁止条約の批准、50カ国達成と「核兵器禁止条約」の発効に向けて

 本日、私たち原爆被爆者の悲願であった「核兵器禁止条約」を50カ国が批准し、90日後に発効することが決まりました。
 人類最初の核戦争であった広島・長崎への原爆投下から75年を超える歳月を経て、ようやくこの条約の発効が決まったことを、私たちは、まず、亡くなられた犠牲者の方々に報告いたします。

 「あの日」広島・長崎で、一瞬の激しい閃光と熱線、直後に襲ってきた爆風によって、灼かれ、潰され、多くの方々が、名前すら告げることもできず殺されていきました。そして、深い火傷や深刻な外傷によって、あるいは無傷であっても脱毛、紫斑などが現れた多くの方々が、「人間の死」とはいえない、無惨な死を遂げられました。
 その後75年。身体に巣くった放射線とたたかいながら、差別や偏見にも苛まれ、多くの方々が無念の思いで斃れ、今も多くの被爆者が放射線の影響で苦しみ続けています。
 いま私たちは、その方々のお名前、お顔やお姿を思い起こしながら、喜びあいたいと思います。

 「核兵器禁止条約」はその前文で、「ヒバクシャ及び核兵器の実験の容認し難い苦しみと被害に留意し」「核兵器の全面的な廃絶のためにヒバクシャが行っている努力を認識し」この条約を協定したとし、これまでの被爆者の努力を高く評価し、第6条では、締結国に対して国際人道法、国際人権法に基づく被害者の援助にもふれています。
 条約が発効しただけで核兵器が廃絶されるわけではありません。今後の世界の人々の声と運動にかかっていることは言うまでもありませんが、私たちの長年の運動が実を結び、悲願実現にむけた確かな足がかりができたことは間違いありません。

 しかし、日本国政府がこうした世界の流れに逆らって、アメリカの「核の傘」にしがみつき、被爆国としての役割を果たそうとしないことは残念でなりません。

 私たちは高齢者になりました。私たちに残された時間は残り少なくなっています。今後とも、「あの日」から続く被害の実態を伝えながら、日本国政府に核兵器禁止条約の批准と参加を求め、核兵器廃絶と平和を願う都民のみなさまと国内外の人々と手を取り合って、残された時を共に歩みつづけることを誓います。
 「われら生命もて ここに証す 原爆許すまじ」。私たちの原爆犠牲者慰霊碑に刻まれたこの言葉を抱いて。

2020年10月25日
一般社団法人 東友会
東京都原爆被害者協議会