被爆者相談所および法人事務所
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【特集】国の償い実現運動 過ちをくり返さないよう責任を果たしてほしい

 1945年8月6日広島、9日長崎に米軍が投下した原爆は、熱線、衝撃波・爆風、放射線によって、人類史上未曽有の被害を、人間にもたらしました。一瞬の閃光とともに二つの街を壊滅させ、多くの人を殺し、傷つけました。また、今日にいたるまで、被爆者に、いのち、からだ、こころ、くらしにわたる限りない惨苦を与えつづけています。原爆は、人間として死ぬことも、人間らしく生きることも許しません。
 被爆者が求めているのは、この原爆被害に対する「国としての償い」です。原爆被害は「遡れば戦争という国の行為によってもたらされたもの」(最高裁判決1978・3・31)である以上、その被害に対して国が償うことは当然のことです。

 これは、日本被団協が発行した「ふたたび被爆者をつくらない決意を世界に!」のパンフレットの冒頭に記された一節です。

被爆者の願い

 1956年8月に全国の被爆者組織である日本被団協が結成されたときから、被爆者は、ふたたび被爆者をつくらないことを訴え、「核兵器廃絶」と「原爆被害への国の償い」を求めてきました。それは東友会も同じです。
 被爆者への各種援護施策も、国の償い:国家補償の精神にたって実施するよう、そのような法律の制定を求めて運動してきました。

国会議事堂を背景に五列で並び道を進む、長く続く請願行進
1990年10月におこなわれた国会請願の全国行動。東友会は先頭に立って奮闘。

国の基本姿勢は「受忍」

 しかし日本政府は、厚生大臣(当時)の私的諮問機関である「原爆被爆者対策基本問題懇談会」(基本懇)が1980年に出した意見(答申)を盾に、国家補償の立場を拒否し続けています。
 基本懇の意見で一番の核心はつぎの点にありました。
 「およそ戦争という国の存亡をかけての非常事態のもとにおいては」「戦争によって何らかの犠牲を余儀なくされたとしても」「すべての国民がひとしく受忍しなければならない」という点です。
 原爆被害も「受忍せよ」(がまんせよ)という考え方を、国が基本姿勢とすることを被爆者はとうてい受け入れることはできません。

旧厚生省前にあつまった被爆者たち。「ふたたび被爆者をつくらないために国家補償の援護法を即時制定せよ」の横断幕を掲げる。
旧厚生省の庁舎前で「援護法制定を」とシュプレヒコール(1980年10月)

「国の償い」を土台に

 日本被団協は全国の被爆者の意見を集約し、1984年に「原爆被害者の基本要求」を発表。基本懇の「受忍」論を真っ向から批判して、国家補償にもとづく被爆者援護法の制定を求めて運動をすすめました。
 被爆50周年を目前に控えた1994年、被爆者の努力と圧倒的な国民世論の支持を背景に「原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律」が制定され、一定の前進を勝ちとりましたが、残念ながら国家補償の精神は盛り込まれませんでした。
 反省がなければ、被害者の援護も、再発防止も、本気であたることはできません。日本政府が、原爆症認定や核兵器廃絶の取り組みに消極的なのは、自身の責任を棚上げにしているからです。
 原爆被害をもたらした責任を国に認めさせることは、原爆被害に対し誠実な償いをする、ふたたび同じ過ちを起こさないよう核兵器廃絶に尽くす、戦争につながる動きを拒否するといった行動につながっていきます。

いま日本被団協は、原点ともいえる「国の償い」を前面に立て、現行法(被爆者援護法)の改正要求を打ち出しています。
 東友会も、全国の被爆者、支援者とともに、そして首都・東京の被爆者組織としてその先頭に立つ決意で、被爆70年をめざして「国の償い実現運動」に取り組んでいます。

被爆者だけでなく国民の支持を受けて(1992年11月)

現行法改正の骨子

日本被団協は、国の償いを具体化する上で現行の「被爆者援護法」の改正を提起しています。その骨子はつぎのとおりです。

1 ふたたび被爆者をつくらないとの決意をこめ、原爆被害に対する国の償いと核兵器の廃絶を趣旨とする法の目的を明記すること。
 原爆被害は、国が開始、遂行した戦争によって生じたものですから、国がその責任を取って被害を償うことは民主国家においては当たり前のことです。

2 原爆死没者に償いをすること。
 原爆死没者に謝罪し、弔意を表すこと。原爆死没者の遺族に対して弔慰金あるいは特別給付金を支給すること。原爆死没者が生きていた証として、原爆死没者名を碑に刻むこと。8月6日、9日を原爆死没者追悼の日とし、慰霊・追悼事業を実施すること。
 原爆は無差別殺戮兵器であり、年寄りや子ども、女性を含む夥しい犠牲者を出しました。
 無念の思いで亡くなった原爆死没者に償いがなされ、その死に意味が与えられ、核兵器廃絶の悲願が実現されてこそ生き残った人々の心の傷も癒されるのです。

3 すべての被爆者に償いをすること。
 戦争によって原爆被害をもたらしたこと、原爆被害を放置し、過小に評価してきたことについて謝罪すること。
 すべての被爆者に被爆者手当てを支給し、障害を持つ者には加算すること。被爆者の健康管理と治療・療養および介護の全てを国の責任でおこなうこと。
 被爆者は心身に深い傷を負って生き抜いてきました。被爆者の戦後は、病気との闘いでした。色々な差別にも苦しめられました。この苦しみから生涯逃れることはできません。国は被爆者のむごい人生を償うべきです。

4 被爆二世・三世に対して、被爆者に準じた援護施策を実施すること。
 被爆二世・三世に関する実態調査をすみやかに実施すること。希望する二世に対して「被爆二世手帳」を発行すること。「被爆二世手帳」所持者の健康管理と治療・療養を国の責任で行うこと。
 原爆放射線が、被爆者の遺伝子に影響を与えることから、二世・三世の疾病、特にがんの罹患率が増加していることは恐怖であり、被爆者に準ずる施策を求めるものです。

5 被爆者健康手帳の交付要件を見直すこと。
 放射性物質は広範囲に降下し、それを体内に吸引、摂取した人にも残留放射線による被害を与えたことが明らかになり、今日の時点に立った見直しを要求するものです。

6 在外被爆者に対し、その国情にかかわらず法の完全適用をおこなうこと。
 国の内外を問わず、どこにいても被爆者は被爆者ですから、在外被爆者は、日本国内と同様に援護されるべきという要求です。


 日本国憲法はその前文で、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」しています。この憲法の下において、戦争被害を「受忍」させる政策など許されません。
 国が原爆被害への償いをおこなうことは、ふたたび被爆者をつくらないという証しでもあります。あわせて、核兵器を廃絶するという国の誓いを宣言するものです。
 核兵器廃絶に向けた世界の潮流は変化してきました。日本政府も、非人道な核兵器の使用禁止を求める国連加盟国の宣言に賛同することに、ようやく踏み切りました。
 しかし、世界最大の核保有刻であるアメリカは依然として臨界前核実験を続けており、新たに核兵器保有を目指す国もあります。被爆者はその数を減じ、残された時間も少なくなりました。
 被爆70年の実現をめざし、原爆犠牲者の命を背負った被爆者の大運動を、総力を挙げて成功させましょう。