慰霊祭と追悼のつどい 「原爆症」テーマに集団被爆証言
第39回原爆被害者慰霊祭と「2003年度追悼のつどい」は、2003年7月27日午後1時半から、品川・東海寺でしめやかにかつ厳粛に執りおこなわれました。
庭園正面には、伊東壮前会長、田川時彦会長ら東友会の歴史をつくった先駆者たちの遺影が展示してありました。
あきる野市の塚原貢常任理事と葛飾の富田芳子常任理事が打ちならす打鍾五声で始まった慰霊祭は、橋浦宗徹東海寺住職と品川仏教会のみなさんの読経と、物故者名の読み上げのなかで全員が焼香、横川嘉範東友会副会長の「追悼のことば」で閉式しました。
「追悼のつどい」では、藤平典副会長が主催者あいさつ。東京都知事、広島、長崎両市長からのメッセージ、自民、民主、公明、共産、市民ネットの各党代表のあいさつ。各界からのメッセージを米田チヨノ副会長が紹介。来賓紹介、遺族代表あいさつなどが続きました。
東京地婦連からは、会員が平和への思いを込めて折った千羽鶴2000羽、2002年の倍の献呈を受けました。
2003年の追悼のつどいで力を入れたのは原爆症認定を求める集団訴訟です。慰霊刊行物「生命もて ここに証す」は、表紙写真が、東京地裁へ集団申請に出向く原告団の行進。本記が提訴したあと裁判開始を待つことができないまま亡くなった右近行洋さんと黒住秀夫さんの陳述書。集団証言が「原子野から未来に向けて」と題する集団訴訟を扱った被爆証言でした。集団証言には東都生協の組合員たちが協力しました。
広島、長崎での慰霊式に参加する代表の紹介、閉式のことばを飯田マリ子副会長がのべて閉会しました。
つどいのあと、初めての企画として「遺族懇談会」が、東海寺書院でおこなわれました。遺族や2世など13人が集まって、近況などを語りあいました。