東京被爆二世・三世の会(おりづるの子) 10年間の活動を経て会則を改正
東京の被爆二世の会「おりづるの子」は、結成10年を記念して『おりづるの子10年の歩み ~核兵器廃絶の願いを束ねて~』(以下、「記念誌」と略)を発刊しました。また2024年5月25日には定期総会を開き、会則改正を含む今後の活動について意見を交わしました。
記念誌で歩みを共有
結成10年にあたって、記念誌に被爆者団体と各地の被爆二世の会からお祝いの言葉をいただきました。家島昌志東友会代表理事は、「被爆者を救うと共に人類を救う」という被爆者の願いを共有して、東京の被爆二世の活動を大きく広げてほしいと激励してくださいました。
おりづるの子は28人から始まりましたから、現在の会員全員が10年間の活動を体験しているわけではありません。記念誌の「おりづるの子の10年」のコーナーでは、結成につながった交流会から1年ごとに、学習会やフィールドワークなどのようすを、写真とともに紹介していますので、歩みを知らない新しい会員や読者もこの10年を共有できます。
また、「おりづるの子とわたし」のコーナーでは、会員一人ひとりが、被爆者である親への思い、地域の被爆者の会との出会い、平和への願いなどを綴っています。こうした内容によって、会員自身が会の広がりを確かめると同時に、互いの思いを交流することになりました。今後のおりづるの子の力になるものだと思います。
もう一つ、この機会に東京都の被爆二世援護政策の歴史と現状を整理し、まとめたことは、会員はもちろん、全国の被爆二世にとっても注目するところとなるのではないかと思います。現在の東京都の被爆二世援護策は、1971年、東友会が「被爆者の子どもの健康を守り、その援助と組織化につとめます」と活動方針に掲げたことが出発点です。その後、東友会の運動で、被爆二世の健康診断・医療費助成が充実してきたことを学ぶことができます。
今後を語りあった総会
2024年度総会では、10年の節目にあたり、会則を改めました。改正提案にあたって青木克明会長は、日本被団協二世委員会をはじめ、各地の被爆二世の会と交流する機会が増え、多くが被爆三世を意識して取り組みを広げていることや、これからの被爆体験の継承や核兵器廃絶を求める運動を発展させる観点から議論したことなど、経過を報告しました。
改正点はふたつです。一つは、名称を「東京被爆二世・三世の会」としました(通称の「おりづるの子」は引きつづき使用)。会結成当初から、目的には「被爆二世・三世どうしの交流・情報交換をすすめ、相互に支え合う」と掲げており、被爆三世を念頭においてはいましたが、具体的な活動にはなっていませんでした。総会参加者からは、「名称に三世を加えることで、自分の子どもにも積極的に話していける」といった賛同の意見がありました。
二つめの改正は、会員の対象の変更です。これまで東京在住者に限定していましたが、これを「東京に在住もしくは勤務している被爆二世・三世ならびに支援者」に改めました。おりづるの子の活動を知りたい、核兵器廃絶の運動に参加したいという広範な人びとの声を受け、改正にふさわしい活動を提起していきたいと思います。
ビキニ事件とその後を学ぶ
総会につづき、「第五福竜丸は航海中」と題した、市田真理さん(第五福竜丸平和協会学芸員)による講演がありました。ビキニ環礁水爆実験による漁船被害補償への「政治決着」、いま取り組まれている高知のビキニ被ばく船員訴訟、マーシャル諸島の人びとの被ばくなど、現在に続く多くの課題を学ぶことができました。