「原爆症認定集団訴訟」終結集会 全力でたたかった10年間
10年も続いた原爆症認定集団訴訟の終結集会が2012年6月23日、一ツ橋の日本教育会館でおこなわれました。集会は、午後2時からのシンポジウム「原爆症認定集団訴訟からフクシマへ手渡せるもの」と、夜6時からのレセプションの2部構成でした。シンポの参加者は250人。レセプションの参加者は200人でした。
専門家によるシンポ
シンポジウムは、大久保賢一弁護士の開会あいさつで開始。宮原哲朗・集団訴訟全国弁護団事務局長がコーディネーターとなり、秋元理匡・日弁連原子力プロジェクト事務局長、安齋育郎・立命大名誉教授、齋藤紀・わたり病院医師、田中煕巳・日本被団協事務局長の4氏をパネリストに2時間おこなわれました。
シンポは、放射線被害の実態を直視すること、運動の観点を貫くこと、原爆と原発についての国の政策の誤り、健康記録などを蓄積していくことの大事さの4本のテーマに沿ってすすめられました。
秋元氏は、集団訴訟で国側の専門家の意見を否定させ29回も勝利判決をかちとったたのは、被爆者が述べた被爆の実態だったと発言。安齋氏は、広島・長崎も福島の被害も国策の結果であって、国策に翻弄される危うさを指摘。齋藤氏は、被害者の生活と人権の回復がたたかいの本流と強調。田中氏は、核と人間は共存できないことが明らかになったと結びました。
会場からは、参加した医学者、物理学者、被爆2世からの発言もあり、内容の濃い討論となりました。
交流深めたレセプション
夜のレセプションは、松平晃氏のトランペット演奏で始まりました。山本英典全国原告団長の開会あいさつ。集団訴訟運動の中で横井久美子さんが歌い何度も合唱された「にんげんをかえせ」。裁判終結を前に亡くなった広島被爆者・中西英治さん作詞・作曲の「8月の花嫁」が披露されました。
集団訴訟をたたかった17都道府県の原告、県被団協代表、支援のネットワークのみなさんが登壇して勝利の報告をし合うという盛り上がりのなかで、広島の佐々木猛也弁護団長が「この裁判に関われたことは私の誇り」とあいさつし、閉会しました。