被爆の記憶を明日へつなぐ パルシステム東京、東友会と初の企画
生活協同組合パルシステム東京は、2025年に東京の生協と東友会が共催した被爆80年事業を引き継ぐ「ピースアクション in ヒロシマ・ナガサキ 事前学習会」を2026年7月11日、パルシステムの東新宿本部と武蔵野プレイスの2会場で同時に開きました。パルシステム東京がこのような企画を持ったのは初めて。テーマは「被爆の記憶を明日へつなぐ 証言から学び、願いを込めてつくる『せんそうほうき』」でした。
東友会からは、新宿に家島昌志代表理事など5人が、武蔵野会場には木村一茂執行理事など3人が参加。組合員と家族、小中学生を含む約80人とともに平和への願いを分かち合いました。
パルシステム東京の西村陽子理事長の挨拶に続いて、東友会から家島代表理事が自身の被爆体験を交えて挨拶。東友会の村田未知子事務局長が、東友会の活動と相談事業についてスライドを使って子どもたちにも分かるように講演。東友会の相談所は1年間に約1万1000件の相談に応じ、これまでの相談記録は約8000人分にのぼることなどを紹介。「核兵器で苦しむ人をもう出さないという約束を、皆さんと一緒に果たしていきたい」と呼びかけました。
胸に迫る被爆証言
新宿会場では東友会広報委員長の綿平敬三さんが証言。1歳8カ月のときに広島駅で被爆し、父を亡くしたこと、5歳のときに目の前で弟が亡くなり、その後は働きに出た母と別れて親戚に預けられ孤児同然の生活をして戦後を生きたことなど話しました。
武蔵野会場では、木村執行理事が1歳9カ月のとき、爆心地から2.5キロメートルの広島市己斐中で被爆したこと。生後間もない弟が、被爆の影響とみられる体調不良で生後10カ月で亡くなったことを証言しました。
「せんそうほうき」づくり
後半は、会場ごとに分かれて「せんそうほうき」づくりのワークショップ。「せんそうほうき」は、1990年に東京都小平市の生協組合員が作り始めたのがきっかけで、日本国憲法の「戦争放棄」と身の回りを掃除する「ほうき」をかけた名前。争いごとを掃き去り、やさしい気持ちをかき集めるという願いが込められています。
参加者は小枝や毛糸を材料に、好きな形の「ほうき」を作りながら、各テーブルごとに東友会の会員と語り合い、子どもたちからも、ほうきの作り方や被爆当時の様子を尋ねる声が飛び交い、被爆者との距離が縮まるひとときとなりました。
組合員からは、「被爆時のことだけでなく、その後の人生にある悲しみを知り、胸が締めつけられた」、「東友会の歴史や活動が様々な困難の中でも続けてこられたことを知ることができた」といった感想が寄せられました。
最後に、パルシステム東京の山口仁郎理事が「本日の証言から私たちが学んだことを、これからも次世代へつないでいきたい」と挨拶し、学習会は幕を閉じました。