被爆者相談所および法人事務所
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NPT(核不拡散条約)再検討会議への要請団が訪米
被爆の実相を語り、核廃絶を訴え

東友会からは9人が参加
世界の若い世代と交流し、被爆者の願い伝える

 2015年4月27日から5月22日まで、米・ニューヨークの国連本部で「核兵器の不拡散に関する条約(NPT)」の再検討会議が開催されました。この会議は5年ごとに開かれ、「核兵器の不拡散」「核軍縮」「原子力の平和利用」をめぐる諸問題を協議します。
 これに合わせて、被爆の実相や、核兵器廃絶に向けた願いを世界に発信するため、日本被団協と日本生協連は合同代表団を4月24日から5月1日まで、ニューヨークに派遣しました。日本被団協48人、生協連91人の合計139人。東友会からは被爆者と被爆二世、相談員の9人が参加しました。(参加した9人の感想は6月号に掲載。
 現地では、NPT再検討会議の傍聴、国連原爆展での証言活動、各国政府への要請行動、NGOとの共同行動(デモ行進)、学校などでの証言や交流など、班ごとに多彩な活動がおこなわれました。
 要請団は4月24日、成田空港から出発し、約12時間のフライトを経てニューヨークに到着しました。

「非核特使」の委嘱状

 25日午後1時から、日本被団協と日本生協連の全員が顔合わせ。被団協の谷口稜曄団長と生協連の本田英一団長のあいさつのあと、みんな元気に各班に分かれて交流し、これからの活動の打ち合わせをしました。通訳などの現地協力者の紹介もありました。
 この中で、日本被団協代表団のメンバーに外務省から「非核特使」の委嘱状が手渡されました。
 これは、ニューヨーク滞在期間中、日本を代表し、核兵器使用の惨禍の実相を広く国際社会に伝えるとともに、将来の世代に継承していくことを内容とする「被爆証言活動をおこなう業務」が委嘱されたということです。
 被爆者一同、これからの証言活動に向けて決意を新たにしました。

集会とパレード

 26日はNGO共同行動集会とデモに参加するため、ユニオンスクエア・ノースパークに向かいました。公園にはステージが設けられ、各国のNGOの代表がスピーチ。日本被団協からは中村雄子さん(被団協事務局次長)が被爆証言をおこない「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ」「ノーモア・ウォー」を訴え、松井一實広島市長もスピーチをおこないました。
 その後デモ行進に移り、3番街から47ストリートを通り国連に近いハマーショルド広場までの約3キロを7000人を超える人たちが行進。被爆者たちは主催者の次に立ち、東友会代表は4月に東友会の会議で寄せ書きされた「核兵器のない世界を」の横断幕を持って行進しました。

ニューヨーク市街を横に8人並ぶ列を作って行進する、日本被団協と生協連の代表団。先頭には「No more HIROSIMAS No more NAGASAKIS」と書かれた、縦1メートル、横5メートルほどの横断幕を掲げている。
核廃絶を訴えニューヨーク市街をパレード
立ち並ぶビルを背景に、奥行きも幅もビル4棟の間口ほどもある公園を、用意された椅子に座って埋める参加者たち。舞台から一番離れた奥には、旗やのぼりなどが立てられている。
パレード前の集会
「核兵器のない世界を!」と中央に書かれた、縦1メートル横3メートルほどの横断幕を前に、東友会代表9人全員の写真。横断幕にはたくさんの願いや思いが寄せ書きされている。
寄せ書きしてくれた人びとの分までがんばろうと大奮闘(国連前の広場)

国連での原爆展

 27日からのNPT再検討会議の開始に合わせ、国連本部ロビーで原爆展が開幕。展示されたパネルを前に、班ごとに被爆者が証言し、日本被団協が作成した「被爆者からのメッセージ」の英語版が配布されました。
 展示は、「核兵器は人間に何をしたか、人間は核兵器に何をなすべきか」という視点で構成され、原爆投下直後の広島・長崎の壊滅的な被害の実相だけでなく、核兵器に抗い続けてきた被爆者の生きざま、世界の核実験被害の実情、チエルノブイリやフクシマの原発事故の様子などが多彩に展示されました。
 午後6時からは、日本政府国連代表部、国連軍縮部、被団協などの主催でレセプションがおこなわれました。
 冒頭、佐野利男軍縮会議日本政府代表部全権大使は、「核の惨禍をくり返してはならないとの強い願いを世界に伝え、実相を将来の世代に語り継いでいくことは、我が国が負うべき大きな責任」と述べ、アンゲラ・ケイン国連軍縮問題担当上級代表は、「文明をつなぎ、人間らしさを保つことを教えてくれる存在こそが、被爆者だと思う」とあいさつしました。
 日本被団協の田中煕巳事務局長とカナダ在住サーロー節子さんが被爆体験を語り、核廃絶を口にしながら「核の傘」を重視する日本政府の姿勢を批判し、核兵器全面禁止を強く訴えました。
 フロアーからは東友会の山田玲子さんが、プーチン露大統領が核の使用を想定していたということにふれ、一日も早い核廃絶を訴えました。

「Nuclear-Free World― Cries from Hirosima and Nagasaki(核のない世界を― 広島・長崎からの叫び)」と書かれた、縦横3メートルほどの看板の前で行われたテープカット。大きいはさみを、被爆者代表などが持ち、赤いテープを切る場面。大看板には、キノコ雲の写真がいっぱいに使われている。
原爆展開幕のテープカット
通訳とともに、展示された原爆パネルの前で語る被爆者。背の高い欧米系の男性二人が熱心に聞いている
原爆展の参観者に被爆証言

各国政府代表部への要請とNPT会議の傍聴

 要請団全体では14班に分かれて要請行動などを分担。東友会のメンバーは3つの班に分かれてニューヨーク近郊の学校などで証言し、28日、29日にはオーストリア、フランス、日本などの政府代表と面談。平和市長会議を傍聴するなどして、2010年に再確認した「核兵器の完全破棄を達成するとの明確な約束」の速やかな履行を要請。核抑止力ではなく相互信頼に基づく安全保障政策に転換するよう訴えました。こうした要請の合間に、NPT再検討会議を傍聴できた班もありました。
 29日夜は、日本被団協と日本生協連の代表団全員で懇談会。5日間を振り返り、生協の青年たちとも交流でき、帰国後も連帯してがんばろうと誓い合いました。
 30日に米国を発ち14時間のフライトを経て5月1日に全員無事に帰国しました。
 ご支援・激励くださったみなさんにお礼申し上げます。

ホテルのロビーのような場所(国連本部内?)でソファに腰掛け、フランス政府代表に要請する被爆者たち。
フランス政府代表に要請(3班)
講堂のアメリカ国旗と日の丸が掲げられた舞台上から、日本人学校の生徒たちに語る東友会メンバー。
日本人学校で証言(4班)
通訳とともに、国連国際学校の生徒たちに語る被爆者たち。ホワイトボードには、原爆投下後の長崎で撮影された、死んだ幼い弟を背負い気をつけの姿勢で立つ「焼き場に立つ少年」のパネルが掲示されている。
国連国際学校で証言(10班)