「被爆者はどこにいても被爆者」 大阪高裁が郭判決で明示
やっと在外被爆者に灯 国が上告断念、活用できる判決内容
大阪高裁は2002年12月5日、韓国人被爆者・郭貴勲さんが訴えていた、健康管理手当の継続支給についての裁判で、「被爆者はどこにいても被爆者」と、日本出国後も、手当は継続して支給すべきだと判決しました。郭さんの裁判は、1審の大阪地裁でも、海外にいる被爆者を差別するのは憲法違反の恐れがあるとして、継続支給を命じています。長崎地裁の李康寧さんの裁判でも、「継続支給」の判決が出ており、被爆者側の3連勝です。
厚生労働省は、「大阪高裁の判決をみたい」といっていたのを受けて、12月16日「最高裁への上告を断念する」と決定しました。判決が確定すれば、現在審理中の裁判は取り下げになります。
また、判決文は「被爆者援護法は社会保障と国家補償双方の性格を併有する」、健康管理手当は「日常的な健康管理に必要な出費に充てる」ために支給されているとのべるなど、被爆者運動にかかわる叙述が多く含まれており、大いに活用できます。
党派こえて上告断念めざす 国会議員懇談会が緊急総会
大阪高裁判決を受けて、国会議員でつくられている「在外被爆者に援護法適用めざす議員懇談会」は10日に総会を開きました。
会には、民主、公明、共産、社民の議員と秘書20 人が出席。「日本の司法は生きていた」という郭さんの喜びの一声、弁護団の判決説明、支援する市民の会、日本被団協の発言をうけた後、上告期限までに、(1)厚生労働大臣、法務大臣に上告断念を要求する、(2)野党4党首がそろって、両大臣に上告断念を要請する、(3)国会議員の署名を集める、ことを確認しました。
「上告するな」寒風ついて要請 厚労省へ交渉、40人で唱和
郭貴勲さん勝利の判決を受けて、日本被団協と東友会は、12月6日午後、寒風をついて「国は最高裁に上告するな」と要求して、厚生労働省交渉と厚労省前で要請行動をしました。
交渉には、厚生労働省健康局総務課の岡山幸平課長補佐ら、日本被団協からは藤平典代表委員、東友会からは田川時彦会長ら10人が参加しました。厚労省側は、「判決はまだみていない」と繰り返すだけで、被爆者側からは「人間の心で行政に当たれ」などきびしい要求が出ました。
省前では、「上告するな」の横幕を掲げ、ビラを配って要請。国会議員5氏から激励を受け、40人で「大阪高裁の判決に従え」「上告するな」と叫びました。
大阪高裁 郭貴勲裁判 判決理由要旨
2002年12月5日
被爆者援護法上の被爆者たる地位確認等請求控訴事件
一 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)一条の被爆者たる地位は、当該被爆者が日本に居住も現在もしなくなることによリ当然に失われるものではない。
1 法文上の「被爆者」たる地位について
被爆者援護法、同施行規則の法文上は、日本に居住又は現在している者のみをその適用対象とするとか、日本に居住又は現在することが被爆者援護法上の被爆者たる地位の効力存続要件であるとか解すべき直接の根拠はない。
2 解釈上の「被爆者」たる地位について
控訴人らは、被爆者援護法は、解釈上、日本に居住又は現在する者のみをその適用対象とし、日本に居住も現在もしなくなった者については法律上当然に「被爆者」たる地位を喪失すると主張するので、このような解釈が同法の法的性格、立法者意思、法律全休の法構造などに照らし、合理的なものとして是認できるかどうか以下検討する。
(一)行政法と属地主義の原則について
被爆者援護法のような給付行政に関する国法については、その性質上、給付を受ける側の人的側面に着目し、属人主義的な立場(人的範囲を限定する反面、場所的範囲を日本国内に限らない立場)を採用する法制にも十分な合理性が認められる。したがって、被爆者援護法が行政法規であるがゆえに、属地主義の原則が当然に妥当するものではない。ましてや、「被爆者」たる地位をいったん適法・有効に取得した者が、日本に居住も現在もしなくなったからといって、属地主義の原則を根拠に、当燃にその地位を失うという解釈を採用することはできない。
(二)被爆者援護法の性格について
被爆者援護法が、社会保障と国家補償双方の性格を併有する特殊な立法であるということ、とりわけ、同法が被爆者が被った特殊の被害にかんがみ、一定の要件を満たせば、「被爆者」の国籍も資力も問うことなく一律に援護を講じるという人道的目的の立法であることにも照ら すならば、その社会保障的性質のゆえをもって、日本に居住も現在もしていない者への適用を当然に排除するという解釈を導くことは困難である。
(三)立法者意思について
被爆者援護法の立法過程においては、政府委員から同法が非拠出の壮会保障法的性格を有するがゆえに、日本の主権の及ばない外国では国内法の適用がないという一般論が開陳されてはいるものの、少なくとも、本件で争点とされているように、いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を取得した者が、その後、日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」たる地位を失うかどうかという点においては、およそ議論の外にあったというべきである。
そして立法者意思も、第一次的には当該法文に表わされた(明文が置かれなかったことも含めて)ところによって探求されなければならない。この点、人の権利義務に直接関わる法律は、本来、疑義の残ることがないように明確に規定されるべきことが要請される。これを本件について見ると、被爆者援護法の審議の過程においては、海外に居住する被爆者に対する援護の内容についても質疑・答弁がなされていた。少なくとも、立法技術上は、日本に居住又は現在する者のみを適用対象としたり、これを「被爆者」たる地位の効力存続要件とする旨の明文規定を置いたりすることに格別の困難はなかったはずである。法律の適用やいったん発生した効力の存続要件といった当該立法の目的に関わる基本的な事柄について、専門的・技術的分野の事項でもないのに、これを行政庁の裁量行為に委ねるべき合理的理由も見い出すことはできない。それにもかかわらず、このような点に関する明文規定を置かず、解釈に委ねたというのであるならば、それは立法過程における不備ともいうべきものであり、そこに立法者意思としてとらえるべき積極的意味あいをもたせるのは相当ではない。
(四)被爆者援護法の法構造について
被爆者援護法上、被爆者健康手帳の交付を申請したリ、各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定を申請したりする時点では、日本に居住又は現在することが当然の前提となっている。しかし、これらの規定は、「被爆者」たる地位及び各種手当の受給権を取得する際の問題であり、いったん取得した「被爆者」たる地位を失わせる根拠となり得るものではない。被爆者援護法上の援護の実施主体が都道府県知事とされていること、「被爆者」が他の都道府県に居住地を移したときの届出義務があること等も技術的規定であり、これをもって、いったん適法・有効に取得した「被爆者」たる地位を当然に失権させる根拠とはなり得ない。
被爆者援護法上の医療結付については、日本に居住も現在もしない者に対する給付は予定されていないが、「被爆者」たる地位に基づく権利は医療給付の受給に尽きるものではないから、これも失権の根拠とはならない。被爆者援護法上、日本に居住又は現在することを前提とする規定により、国外の「被爆者」が各援護の実施を受けることができない事態が発生することがあり得るとしても、そのこと自体は、専ら「被爆者」側の事情や都合によるものであって、逆に、その者が「被爆者」として同法上の権利主体たり得ないと解するのは本末転倒との誹りを免れない。
また、被爆者援護法の各種の援護のうち治療期間中に支給されると明記されている手当は医療特別手当だけであり、他の諸手当は治療中であることが要件とはなっていない。健康管理手当についても医療給付を前提とするものではなく、その趣旨は、放射能との関連性を明確に否定できない疾病にかかっている者について、日常十分に健康上の注意を払う必要があるため、このような健康管理に必要な出費に充てることを給付の本旨とするものである。そうであるならば、当該要件を満たす「被爆者」にとってはまずは医療給付を受けることが望ましいけれども、日本に居住も現在もしないためにそれが叶わなくとも、少なくとも健康管理手当を受給し、日常の健康管理に努める意義を否定することはできない。
さらに、被爆者援護法においては、原子爆弾被爆者に対する医療等に関する法律(以下「原爆医療法」という。)と原子爆弾被爆者に対する特別措置法(以下併せて「原爆二法」という。)との国家補償的性格と人道的目的をより強化する方向で一本化されたものと見るのが相当である。そうであるならば、被爆者援護法に原爆二法を継受した経緯があるからといって、いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を取得した者について、日本に居住も現在もしなくなることにより当然にその地位を失うと解すべき合理的理由となるものとはいえない。
(五)最高裁昭和五三年三月三〇日第一小法廷判決(孫振斗判決)について
孫振斗判決は、日本に不法入国した在韓被爆者について、現在する理由のいかんを問わず、原爆医療法の適用があると判断した事案であり、わが国に現在しない被爆者には同法の適用がないと判断したということはできない。また、これを、被爆者援護法上、いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を取得した者について、日本に居住も現在もしなくなることによって当然にその地位を失うという解釈の根拠とすることはできない。
(六)本訴第一審判決後の施策について
厚生労働省は、平成一三年一二月、「在外被爆者に対する検討会」の報告を踏まえ、概ね三年以内にすべての在外被爆者が渡日して被爆者健康手帳の発行を受けることができることとし、渡日できない者に対しても申請に基づき被爆の事実確認を行うことのほか、在外被爆者に対する各種の支援事業の措置を講ずるとともに、法令上の規定の整備を行った。しかし、これらの措置には、厚生労働省が「在外被爆者に対する検討会」の検討結果に基づき、従前の行政実務を前提として、新たな施策を打ち出したものという以上の意味あいはない。これらの事情をもって、被爆者援護法上、日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」たる地位を失うという解駅の根拠とすることはできない。
(七)以上(一)ないし(六)で検討したところを総合勘案するならば、被爆者援護法の法的性格、立法者意思、法律全体の法構造のいずれをみても、その旨の明文規定がないにもかかわらず、いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を得た者が、日本に居住も現在もしなくなることによリ、その適用対象から外れ、当然に「被爆者」たる地位を喪失するという解釈を合理的なものとして是認することはできない。同法に国籍条項を置かなかつた以上、適用対象となり得る外国人が日常の生活関係において日本に居住も現在もしないことは通常予想される事態である。したがって、その合理的解釈に当たっても、「被爆者はどこにいても被爆者」という事実を直視せざるを得ないところである。
二
1 「被爆者」たる地位の確認について
前記で検討したところによれば、被控訴人が日本に居住も現在もしなくなったとしても、当然には「被爆者」たる地位を喪失しないことになる。被控訴人と控訴人国との間で、被控訴人が被爆者援護法一条一号に定める被爆者たる地位にあることの確認を求める請求は理由がある。
2 健康管理手当の支給について
健康管理手当の支給の開始に当たっては、わが国に居住又は現在することが必要であると解されるが、認定後になされる援護の内容は金銭の給付であるから、性質上当然にわが国に居住又は現在することが要求されるものではない。控訴人大阪府が、被控訴人の「被爆者」たる地位について失権の取扱いとし、平成一〇年八月分以降の健康管理手当の支給を停止したことには法律上の根拠がなく、被控訴人には、平成一〇年八月分以降の健康管理手当を受給する権利がある。
三 国家賠償請求について
1 国家賠償法一条一項は、公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違反して、故意又は過失によりその国民に損害を加えたときに、国等が賠償責任を負うことを規定したものである。通達は、全国的に解釈運用を統一する必要等に応じてなされているものであリ、行政実務上、通達に反する行為を実施者に期待することは事実上不可能である。したがって、通達に基づく取扱いについては、当該通達が違法であったとしても、直ちに実施行為者に故意又は過失があると認めるのは相当でない。これが公務員の故意又は過失に基づく違法行為と評価されるためには、当該通達の内容が上位規範に明白に反するとか、行政実務上一般的に異なる取扱いがなされていたとかいう特別の事情を要すると解するのが相当である。
2 本件では、大阪府知事による失権の取扱いの根拠となった当時の厚生省公衆衛生局長通達(以下「四〇二号通達」という。)は、被爆者援護法においても有効なものであって、大阪府知事はそれに従ったものである。確かに、四〇二号通達が同法の合理的な解釈として是認できない部分があることは否めないが、控訴人らの主張する原爆二法及び被爆者援護法の法的性格、立法者意思、法律全体の法構造などを総合的に検討すれぽ、その解釈にも一応の論拠がないわけではなく、行政実務上は、全国的に「日本に居住又は現在しない被爆者は失権の取扱いとする」旨の統一的な対応がとられていた。
3 そこでさらに、控訴人らにおける違法牲の認識について検討する。
(一)当時の厚生省が四〇二号通達を立案したのは、原爆二法の法文にだけ依拠したものではなく、その法的性格、立法者意思、法律全体の法構造などを総合的に検討した結果である。そして、前記のとおリ、そのような解釈にも一応の論拠がないとはいえない。したがって、当時の厚生省が在外被爆者について権利喪失の明文規定がないことを認識していたからといって、直ちに四〇ニ号通達の立案について違法性の認識があったとすることはできない。
(二)被控訴人は、当時の厚生省は、孫振斗判決が原爆医療法について国家補償的配慮が制度の根底にあり、被爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえにその救済について内外人を区別すべきではないと判示したことを認識し、その趣旨を容易に理解し得たから、四〇二号通達の違法性はますます明らかなものとなったと主張する。確かに、同法の制度の根底には国家補償的配慮が存するけれども、その趣旨をいかなる範囲・程度・方法で実現するかは、個別的・具体的な立法政策に属する事柄である。したがって、当時の厚生省が、被爆者の救済について四〇二号通達のような考え方を採ったからといって、前記のとおリ、そのような解釈にも一応の 論拠がないではない以上、違法性の認識が明らかになったということはできない。
(三)被控訴人は、原爆二法が一本化されて被爆者援護法が制定された段階に至っても、いったん被爆者健康手帳を取得した被爆者が日本国外に出る場合の取扱いが恣意的に運用されてきたのは、当時の厚生省が、法令と四〇二号通達との間に齟齬があることを認識していたからであると主張する。確かに、在外被爆者のわが国における滞在期間の確認業務の取扱いには変遷が認められる。しかし、この取扱いは滞在期間を把握するための技術的なものであるから、その変遷をもって、被爆者が日本国外に出る場合の権利の得喪それ自体について恣意的に運用したものとはいえない。
また、被控訴人が指摘するように(日本に居住も現在もしない被爆者について被爆者援護法上の各種手当を受けることができた例があったとしても、それは本来支給できない手当が過誤払いされたものともみることができるから、これを直ちに恣意的取扱いの証左とすることは相当でない。
結局、行政実務の取扱いは、その当否はともかくとして、日本に居住も現在もしない者には原爆二法をはじめ被爆者援護法の適用はないということで一貫しており、四〇二号通達もこのことを確認的に示達しているのであるから、そこに恣意的な運用を認めることはできない。
(四)被控訴人は、大阪府知事が本件で失権の取扱いをした当時、四〇二号通達が被爆者援護法の人道的目的と真っ向から反するものであることは容易に認識できたはずであると主張する。確かに、同法は人道的見地から被爆者の救済を図るという側面を有するけれども、いかなる範囲・程度・方法によりその目的を達するかは、個別的、具体的な立法政策に属する事柄である。当時の厚生省が、被爆者の救済について四〇二号通達のような考え方を採ったからといって、前記のとおリ、そのような解釈にも一応の諭拠がないではない以上、違怯性の認識が容易であったということにはならない。
(五)以上によれば、控訴人らに国家賠償法一条一項の故意又は過失を認めることはできない。よって、その余の点(損害)について判断するまでもなく、被控訴人の国家賠償請求は理由がない。
(以上)