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核兵器のない世界へ、いま何が大切か 内藤雅義弁護士に聞く

 核兵器廃絶は被爆者の悲願です。2009年4月、アメリカのオバマ大統領が訪問先のプラハで核兵器廃絶の実現に向けた演説をおこなったのをきっかけに、核兵器廃絶をめぐる国際情勢に大きな変化があらわれました。核兵器をめぐる新たな動きについて、被爆者運動への理解が深く核兵器問題に詳しい内藤雅義弁護士にお話をうかがいました。(要約・文責:編集部)

内藤雅義(弁護士)
日本反核法律家協会理事、ICNND日本NGO連絡会共同代表、原爆症認定集団訴訟弁護団などを兼務。

―― オバマ米大統領は4月5日、チェコの首都プラハで「核兵器のない世界」の実現へ向けた構想について演説しました。この演説をどう見ますか?

内藤 被爆者にとって一番悔しかったことは、「原爆の投下は戦争を終わらせるために必要だった。正しかった」といわれ、核兵器の保有が権力の象徴のようにされてきたことではないでしょうか。耐えられない暴力や殺人を受けながら、加害者が謝らないばかりか、「それは正しかった」と言い続けてきたわけです。
 このような中で、アメリカのオバマ大統領が、核兵器を使用した核保有国の道義的責任に触れながら、核兵器のない世界を明確にめざす演説をしたことは、被爆者にとって大きな励みになったと思います。

―― オバマ米大統領が、このような演説をおこなった要因は何だと考えられますか?

内藤 大きな流れとしては、二つあると思います。
 一つは、被爆者の訴えてきた核兵器の非人間性が理解されるようになり、戦争世代ではない人びとが核兵器被害を素直に見る視点が拡がってきたこと。これが道義的責任という言葉に結びついていると思います。
 もう一つは、9・11のようなテロが核兵器で起こったらという恐怖があり、キッシンジャー氏やシュルツ氏など米政府高官だった人びとが核兵器のない社会を主張し始めたこと。オバマ演説もその流れの延長上にあるといえるでしょう。
 オバマ演説だけで核兵器廃絶が実現するわけではありませんが、何か政治的思惑があるのではと醒めた目で見るのではなく、この前向きな動きを加速するために何ができるかを私たちは考え、核兵器廃絶の運動を強める必要があると思います。

―― 被爆国である日本の政府は、オバマ演説についてどのような反応を示していますか?「核の傘」からの脱出を積極的に目指しているのでしょうか?

内藤 日本政府は、オバマ演説を受けて、中曽根弘文外務大臣が11項目の提案をしました。このようにすぐ反応したことや2010年2月に日本で国際会議(核不拡散中心)を開こうとしていることなどは評価できます。
 しかし、11項目には「被爆者」という言葉は出てきません。前面に出ているのは中国、北朝鮮に対する不信であり、核抑止(「核の傘」)の役割を縮小する視点はどこにもありません。
 じつは、私や日本被団協の田中煕巳事務局長が共同代表を務めているICNND日本NGO連絡会が、ICNNDのエバンス共同議長(元オーストラリア外相)を招いて意見交換会を開いたのですが、その席上で彼が強調していたのは「日本が『核の傘』に強く依存している姿勢が核兵器廃絶の大きな障害になっている」という事実でした。
 核抑止には、核攻撃に対してだけでなく通常兵器の攻撃に対しても核兵器の使用を辞さない、という態様がありえます。
 日本政府が「核の傘」に求めているのは、まさにこれなのです。

―― 5月25日、北朝鮮が核実験を強行しました。どのように対処していくべきでしょうか?

内藤 北朝鮮の問題は、アメリカとの関係で見ておく面がいくつかあります。
 一つは、ブッシュ政権の戦争政策を見た北朝鮮は、“核兵器がないとイラクのようにされる”との意識を持ったであろうこと(そのように報道されています)。もう一つは「米印原子力協定」。インドの核兵器をアメリカが事実上認めたものですが、これで北朝鮮は、“核兵器を持ってしまえばなんとかなる”と計算したかもしれません。
 その上で、核兵器を交渉材料にしたら有利という意識を北朝鮮に持たせるような譲歩をしてはならないこと。同時に、国際社会からの「孤立」ではなく「協調」の方が得だと北朝鮮に理解させる方向にもっていくこと。そして、アメリカ(中国、ロシアを含め)が、本気で核兵器廃絶の決意を示すことが重要です。
 当面は6カ国協議への復帰を説得する努力、北東アジア非核地帯へ向けての議論を積み重ねる必要があるのではないかと思います。

―― 2008年12月に公開された外交文書で、1965年当時、佐藤栄作首相がマクナマラ米国防長官に「(日中間で戦争になれば)核による報復を期待する」と要請していたことが明らかになりました。北朝鮮をめぐって日本政府が同じ姿勢を取るのではという懸念もありますが?

内藤 「唯一の被爆国の政府」の顔をする一方で、核兵器の使用を期待する。核抑止(「核の傘」)政策の本音を見た思いです。「世界のどこにも再び被爆者をつくるな」と身を削って運動してきた被爆者が、懸念をいだくのは当たり前です。
 ただ、この外交文書の内容に対し批判的な世論があるのは当然ですが、これに同調する世論も一方では存在し、その反映としての佐藤発言だったともいえます。
 いまこの時期に佐藤発言を日本国民に突きつけることで、北朝鮮や中国に対する過剰反応を利用して、核抑止を維持・強化しようとしていることにも注意を払うべきです。

―― いま「核兵器のない世界」を実現していく上で、被爆者が果たすべき役割は何でしょうか?

内藤 少なくともオバマ大統領は、核兵器のない世界の方がより安全だと考えていると思います。しかし、政治指導者だけで政治が動くわけではありません。世界ではまだ「核兵器保有が国力の象徴」という考え方が根強くあり、それは政治指導者だけでなく国民の意識のなかにもあります。
 これを変えられるのは被爆者しかいません。あの瞬間の地獄と心の苦しみ、原爆症認定訴訟で明らかにしてきた放射線の持続的影響が複合して被爆者に苦しみを与えていることなどを伝えていく必要があります。
 「核兵器は誰が持ってもいけない」「核兵器を持つ(頼る)ことは国の恥」という認識に日本と世界を変えていく。体験を持つ被爆者が語ることこそが、そうした方向へと人びとを動かせる最も確かな力なのです。

(補註)

ICNND:「核不拡散・核軍縮に関する国際委員会」のこと。2008年6月に訪日したオーストラリアのラッド首相が提案し、福田康夫首相(当時)が合意。日豪両政府の主導で設立された。川口順子元外務大臣とギャレス・エバンス元豪外相が共同議長。

ICNND日本NGO連絡会:ICNNDが核兵器廃絶への道筋を着実に歩んでゆくよう、市民社会からの参画と協力を拡大することを目的に、2009年1月に結成された。