被爆者相談所および法人事務所
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原爆症認定集団訴訟 東京訴訟 原爆被害の残酷さ証言

岩佐幹三陳述に拍手

 原爆症認定集団訴訟で、日本被団協の岩佐幹三事務局次長を証人に招いて証言を聞く口頭弁論が、2005年4月21日、東京地裁103号法廷で開かれました。傍聴者は95人でした。このなかには、金沢から駆けつけた被爆者や、歌手の横井久美子さんの姿もありました。
 岩佐さんは、弁護団の質問に答えて、16歳の時、爆心地から1.2キロの自宅で被爆したもようを証言しました。吹き飛ばされて畑にたたきつけられたが、幸いたいしたケガはなかったこと、しかし母親は壊れた家の下敷きになり、助けることができないまま、般若心経を唱える声を聞きながら猛火に追われて母を見捨てて逃げたこと、母は、マネキン人形にコールタールを塗って焼いたような姿で亡くなっていたこと、その母を1人で荼毘に付したことなどを語りました。
 岩佐さんはその後、金沢大学で教鞭を執るかたわら、日本被団協の調査特別委員長として1985年に原爆被害者調査を実施しました。回答者は1万3168人。その結果は、原爆被害は人間としてとうてい「受忍」できない、地獄のような被害であることをはっきりと裏付けるものだと証言しました。人間として死ぬことも生きることも許さない反人間的な被害だと言い切りました。また、近距離被爆者だけではなく、入市、遠距離被爆者のなかに、原爆放射線による急性症状などが多発していたことも明らかになったとのべました。
 岩佐さんはいま、ぜんそく、皮膚ガン、前立腺ガン、白内障に苦しめられています。皮膚ガンで原爆症の認定を受けています。白内障で原爆症認定申請を考えています。却下されたら、集団訴訟に参加することを決意しています。
 最後に、岩佐さんは、峠三吉の詩「にんげんをかえせ」を暗唱して、原爆被害をくりかえすなと、力を込めて訴えました。
 陳述には大きな拍手がわきました。

証言に立った岩佐幹三さん