被爆者相談所および法人事務所
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身寄りのない被爆者の「死後の相談」 20年越しでかなえた願いも

 身寄りがなく東友会を寄る辺にして生きてきた2人の被爆者の遺志に、東友会相談員が対応しました。

「原爆被害者の墓」に入れてほしい

 納骨を援助したのは、田平澄人さん。1980年代から毎月のように近況を東友会に連絡してきた被爆者でした。「妻や娘がいるんだけど、いろいろ問題を起こして家族に迷惑をかけ絶縁された。反省しているが家族に合わせる顔がない。それで長崎から東京に出てきた。長崎には帰れない」と話し、一人暮らしを続けていました。死後も家族に迷惑をかけられないと、「原爆被害者の墓」に申し込み、認知症の症状が出てくると区役所に連絡して、司法書士の成年後見人を立てていました。
 自力での生活が難しくなった田平さんは、施設で生活していましたが、2022年1月19日に老衰のため89歳で亡くなりました。後見人の連絡を受けて、生前本人が希望していた「原爆被害者の墓」への納骨が、2月13日、原爆被害者の墓保存会によって執り行われました。

「原爆被害者の墓」の前にしつらえられた祭壇に、遺骨の入った白木の箱が置かれている。
田平さんの納骨

自分が生きた証しを残したい

 追悼祈念館への登録は、織田アヤさん。織田さんは、東友会顧問医の園田久子医師や代々木病院の支援を受け、一人暮らしを続けてきた人でした。1999年11月に老年期精神障害による脱水症のため特別養護老人ホームで亡くなっています。
 生前、東友会相談員から、被爆者援護法によって広島に祈念館ができることを聞き、若い頃からの写真を30枚以上も東友会に送ってきました。相談員には常々、「自分が生きた記録を残したい。私の遺骨をひとりぼっちにしないで」と話していました。織田さんの遺骨は、当時東友会の慰霊碑があった寺院の無縁塚に葬られましたが、2007年11月に「原爆被害者の墓」に移葬しました。この費用は東友会相談員がよびかけ、朝日新聞と中国新聞で紹介され、全国から募金が寄せられました。しかし追悼祈念館への登録は、当初は遺族の依頼に限られていました。近年、遺族以外も登録できることになり、東友会相談員が申請。広島追悼祈念館からは、遺族以外の登録についての丁寧な説明があり、織田さんの被爆体験記録を登録するとの連絡がありました。

病院のベッドに腰かけている織田さん
入院したときの織田さん