被爆者相談所および法人事務所
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東友会被爆70年事業「福島連帯ツアー」
「東京で聞くのと大違い」現地の深刻さ他人事ではない

 東友会の被爆70年事業のひとつ「福島原発被害視察・被害者との交流ツアー」が、2015年10月21日と22日におこなわれました。2日とも好天に恵まれ、無事に視察・交流ができました。
 参加者は、被爆者と被爆二世など28人。貸切バスには同行取材を申し込んできた3社の新聞記者も同乗して出発。福島原発被害を紹介したDVDを観ながら、常磐自動車道を通って福島県の小名浜に到着しました。

被害者はみな切実

 小名浜には、原発事故の避難者・楢葉町町民の仮設住宅があります。一行は、仮設住宅の集会所で現地の被災者4人の女性と交流しました。話の最中に震度4の地震が発生。被災者は悲鳴を上げ、おびえて抱き合い、今でも不安のなかで生きている姿が鮮明になりました。
 トイレの音から缶ビールの栓を開ける音まで筒抜けの仮設住宅で、ストレスのために全身に蕁麻疹が出たり乳房が女性のように膨らんだ息子の話、乳がんの手術をした胸をかばうように、ずっと腕組みをしている女性、被災当時里帰りしていた孫への影響の不安などなど。被災者の話に被爆者から「私たちも同じでした」との声が出され、共感の輪が広がりました。
 「楢葉町は9月から自宅に帰れるようになったが、夜は周囲が真っ暗。お店も開いていない。若夫婦や孫は帰れない」という話も。東電と政府が被災者の不安を無視して帰宅させようとする狙いは、原発の再稼働、原発の海外への売り込みにあるのではないかという声もあがりました。

プレハブの壁が寒さを想像させるが広く清潔な集会室に並べられた坐卓に着く参加者たち。
仮設集会所で被災者と交流

誰のための復興か

 翌日は、小名浜生協病院で理事長の伊東達也さんから被害の実態と裁判についての講演を聞き、バスに同乗した同生協の工藤史雄さんの案内で被災地の視察に向いました。
 福島第一原発から10キロメートルくらいの富岡町は、JRの駅舎も取り壊され、周囲は津波の被害のまま放置され、20キロメートル地点を超えるあたりまで、田畑には除染で取り除かれた放射性物質が詰め込まれた一つ1トンあるという黒いビニール袋が累々と積まれていました。
 参加者は「話で聞くのと実際に見るのは大違い」と、核による被害の深刻さと原発被害者の運動の難しさを痛感していました。

窓のガラスが割れた美容室が大きく写っている。その前の道を、案内を危機ながら歩く参加者たち。
壊れたままの無人の街を視察
慰霊碑のひとつの前にかがみ手を合わせる人。別の慰霊碑の前には20人ほどの人が立っている。
震災死没者の慰霊碑に献花