被爆者相談所および法人事務所
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あたたかい交流つづけて20年 東都生協と東友会

 恒例となった東都生協と東友会の交流会が、2007年12月4日から14日にかけて都内4カ所で開かれ、のべ143人が参加。262枚の手編みの膝掛けなどが被爆者に届けられました。
 1988年から毎年つづいているこの交流会は2007年で20回目。きっかけは、1988年3月に東都生協が企画した「ピーストレイン」。このとき、子どもたちとともに訪ねた広島で初めて被爆者の証言を聞いた東都生協の組合員たちが、「私たちにできることで被爆者を励ましたい」と、編み物を届ける活動と被爆者との交流会をはじめました。
 2007年の交流会は、すべての会場で東都生協の池田京子理事が「一針一針、平和への思いをこめて、被爆者のみなさんを励ましたいとの思いで、編んでいます」と開会あいさつ。東友会の村田未知子事務局主任が、スライドを使って原爆症認定問題と集団訴訟の現状を紹介し、支援を訴えました。
 卵と牛乳と砂糖だけでつくられた東都生協自慢のプリンや無農薬のみかんを食べながら、東都生協の松林潤子さんの手遊びとゲームで、会場がひとつの輪になりました。

心の被害に注目 調布の会場

 7日、調布市にある「たづくり」で開かれた交流会には、37人が参加。武蔵野市の柴田フミノさんが、広島での被爆体験を証言。被爆直後から母の安否だけを考え、死体をかき分けるようにして捜し歩いた自分を「鬼でした」と語った心の被害の深さが参加者にしみわたっていました。
 11日は午前中に渋谷区商工会館で、午後は国分寺Lホールで交流会が開かれました。

12月7日、調布文化会館「たづくり」にて
報告に耳を傾けて(調布会場)

戦争は最大のムダ 渋谷の会場

 渋谷の交流会には37人が参加。集団訴訟東京原告団の副団長でもある中野区の渡部昭彦さんが、半裸体で救援をしながら避難した被爆体験とともに、半身大火傷をした弟のヤケドにウジがわいたことなどを語りました。
 東都生協の松代大本営地下壕の見学会に参加した加藤洋子さんが、地下深く掘られた壕に入って「戦争は最大のムダということをほんとうに実感できた」と報告。会場から大きな拍手がわきました。

12月11日、渋谷区商工会館にて
みんなでゲーム(渋谷会場)

核兵器廃絶の願い 国分寺の会場

 国分寺の交流会には34人が参加。小平市の久慈敏子さんが広島での悲惨な体験とともに戦後の病状について証言。ガンの手術、その後の闘病生活とともに、核兵器廃絶へのつよいを願いを語り感動を呼びました。
 東都生協の活動報告は、長崎平和代表団に参加した早川正子さん。かわいい手書きのイラストと文字で、長崎訪問の感動が直接伝わる、手書き報告書の「過去を知り未来を知る。平和活動に終わりはない」の文字が輝くようでした。

12月11日、国分寺Lホールにて
被爆体験に聞き入る(国分寺会場)

ほんとうに感謝 文京の会場

 2007年最後の交流会は、14日に文京シビックセンターで開かれ、35人が参加しました。
 ここでは、江東区の馬場邦子さんが戦後の暮らしを中心に証言。白血病で長男を失ったこと、娘が被爆者の子と話したことで差別され、うつ病になったことなどを生々しく語りました。
 編み物の贈呈の後、突然に被爆者の一人がマイクをにぎり、「東都生協のみなさんに、ほんとうに感謝しています。みなさんの編み物は暖かくて、とてもよろこばれています。これだけはどうしても言いたかったのです」と深々と頭を下げると、会場内に拍手がわき上がりました。

12月14日、文京シビックセンターにて
あたたかい編み物の贈呈(文京会場)

 4カ所の会場のすべてに東都生協の人びとが開会の1時間以上も前から集まって、机の配置、お茶の用意などをテキパキとこなしていました。わかりにくい会場では東都生協の旗を持って会場の外に立って道案内をするなど、暖かい気配りにあふれた集いでした。