被爆者相談所および法人事務所
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あずま数男かずお原爆裁判
最終弁論 竹内英一郎弁護士の意見陳述

 原告代理人の竹内です。私は、原告最終準備書面31頁からの「放射線の人体影響」のうち、「1 被曝線量評価の問題性と放射線の人体影響の深刻性」及び42頁からの「2 原爆放射線後障害の特殊性」についての要旨を陳述いたします。 

(1) まず、被曝線量評価の問題について申し上げます。
 原爆の炸裂によって、莫大な数の中性子・ガンマ線その他の放射線と、莫大なエネルギーが放出され、また放射線によって誘導放射化された残留放射線や放射性降下物などにより、「キノコ雲」の下は放射性物質が充満していたのでありますが、原告を含む被爆者たちは、そのキノコ雲の下で全身を放射性物質に晒し続け、また呼吸や飲食を通して体内に放射性物質を摂り続けていたのであります。
 ところで、厚生省(現厚生労働省)は、原爆症認定審査の際の被曝線量基準としていわゆるDS86に専ら依拠しておりますが、DS86による線量推定は、DS86自身も認めるとおり多々の問題が存しているのであります。
 具体的には、DS86の推定線量が、広島・長崎での実測値と明らかに異なること、特に遠距離において極めて過小な評価になっているという事実があります。これは、DS86が主に初期放射線のみを評価し残留放射線や放射性降下物の存在をほとんど無視していること、また、DS86が実験に基づくものではなくコンピュータ計算によって算出されたものであるところ、例えば原爆から放出されたエネルギーの値や湿度などの入力情報が不正確であろということなどが原因であります。またDS86に与えられた多くの情報が軍事機密とされているため、その算出過程は明らかにされておらず、DS86の線量推定の基礎となるべき重要な数値の検証ができない状況にあり、DS86は科学的合理性に問題があると言わざるを得ないのであります。
 なお、被告は、今回提出された準備書面(6)において、DS02なる線量評価基準の策定過程において再測定を行った結果バックグランドの補正を行えば、計算値と測定値が一致することが判明したとし、それを踏まえDS02が策定された旨の主張しております。しかし、当該再測定の科学的合理性については今後の議論の対象となるものであることは明らかでありますし、DS02の確定文書さえ提出されていない状況において、原告としてはこれを十分に批判することはできないのであります。そもそも、いままで全く主張がなされていないにもかかわらず、最終準備書面において突然DS02の主張を行う被告の訴訟態度は不誠実であると言わざるを得ません。
 次に、原爆放射線の人体影響の機序とその深刻さについて申し上げます。
 まず、被爆による人体影響を考えるには、初期放射線の線量評価だけでは全く不十分であり、残留放射線や放射性降下物が極めて深刻な人体影響を与えていることを重視しなければなりません。そして、特に体内被曝が深刻かつ重大な人体影響を及ぼしていることに注意しなければなりません。一旦体内に蓄積された放射性物質は、容易に体外に排出されることなく、永続的に放射線を放出し続けるのでありますから、被爆者は、体内に入った放射性物質によって常に被曝し続けている状態に置かれているのであります。残留放射線あるいは放射性降下物の人体影響は、初期放射線を浴びていない入市被爆者や、DS86ではほとんど被曝線量評価の対象とならない遠距離被爆者の多くに急性症状など放射線被曝による症状が出現していることからも明らかであります。
 次に、人体に対する放射線の影響において、中性子線とガンマ線とを同列に考えることはできないことにも注意すべきであります。中性子線とガンマ線が有している電離作用の違いは、放射線の生体に対する影響の違いをもたらすものであり、同じ吸収線量であっても、ガンマ線と中性子線では生体に対する影響が異なるのであります。従って、放射線の生体に対する影響を論じるには、中性子線の吸収線量に5倍から20倍の生物学的効果比(線質係数)を乗じた線量当量によって表現されなければならないのであります。しかし、厚生省の原爆医療審議会の認定基準は、かかる生物学的効果比を全く無視して、単純に中性子線とガンマ線との吸収線量を足した線量で判断するものであって、非科学的であるとの誹りは免れないのであります。
 以上のとおり、DS86および厚生省の認定基準は、科学的合理性が認められません。松谷訴訟最高裁判決辛、DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり、現在も、見直しが続けられていることも、原審の適法に確定するところであり、DS86としきい値理論とを機械的に適用することによっては前記事実を必ずしも十分に説明することができないものと思われる。」と述べ、DS86の適用について大いなる疑問を示しているのであります。

(2) 続きまして、「原爆放射線後障害の特殊性」について申し上げます。
 原爆放射線の影響については、医療放射線等とは異なった特殊性があり、未だ未解明な問題があることに注意しなければなりません。
 具体的には、
 1.原爆による放射線被爆の場合、医療放射線等の部分被曝とは全く異なり、全身被曝であるということが挙げられます。人体は放射線を受けると、放射線による直接作用より直接細胞、特に遺伝子が損傷を受けるだけではなく、放射線により生み出されたフリーラジカルにより遺伝子が損傷を受けますが、医療放射線により傷害を受けるのは、放射線の照射を受ける部分にとどまるのに対し、原爆放射線の場合には、全身を一度に照射されるのであり、全身を放射線により照射された場合に、相互にどのような相関関係を示すのか、現在のところ全くわかっていないのであります。この点、被告は肝機能障害を生ずる放射線量を10グレイと主張しておりますが、人間が10グレイの全身照射を受けた場合には100%が1-2週間で死亡するとされています。従って医療用放射線のように部分照射では、10グレイで肝機能障害にとどまるものが全身照射ではそもそも生きてはいられないのであり、全身照射では全く異なった影響を人体にもたらすということを忘れてはならないのであります。
 2.次に問題となるのが、先程も述べましたが、放射線の体内被曝の影響であります。体内被曝が、体外被曝と異なり、極めて低線量でも人体に重大な影響を及ぼすことは、チェルノブイリ原発事故以後、世界から注目を集めていることでもあり、単純に低線量であるからといって、これを無視することはできないのであります。
 3.更に考えるべきことは、原爆は爆心地付近で数千度の熱線や爆風を生み出し、これに放射線が付加されるということであります。原爆による熱線や爆風は、被爆者に熱傷や外傷もたらし、更に感染症をもたらしました。これらも、体内にフリーラジカルを生みだし、それによって、被爆者の細胞を傷つけたのであります。これに加えて、原爆が生み出した貧困、心理的抑圧は、被爆者に免疫の低下ももたらしたのであります。これらの被害と放射線の影響とが人体に対して相互作用を及ぼしたことは明らかであり、これらの諸要因を放射線の影響と切り離して考えることはできないのであります。
 更に、原爆症の認定に当たっては、原爆放射線による被曝の形態が通常の医療用放射線等と異なる特殊性を持つだけではなく、原爆被爆による後影響そのものがまだ解明されていないことから、放射線の後影響を把握することが困難であることを忘れてはならないのであります。
 放影研も認めるように、多くの場合「出現してきた人体影響は、個々の症例を観察するかぎり、放射線に特異的な症状をもっているわけではなく、一般にみられる疾病と全く同様の症状をもっており、放射線に起因するか否かの見極めは不可能」な疾患であろということであります。
 そして、原爆放射線に起因する疾患には、長期の潜伏期間を経てあるいは累積を経て有意差があるものとして出現してくるものがあることに注意すべきであります。数多くの癌が、長い時問経過の中で統計上有意と認められるようになってきたことは原告提出書証からも明らかであります。また、放影研の疫学調査でも、癌に限らず、心疾患、肝臓疾患、子宮筋腫に関し、疫学的な有意差が認められております。
 また、病理学的に、放射線がどのようにして人体に後障害を起こすかについては、放射線の傷害作用に起因すると一般に考えられている悪性腫瘍の発生すら十分に機序が明らかになっているわけではなく、癌発生の場合にも、放射線による免疫の低下が関与していることを否定できないことを十分に理解しておかなければならないのであります。そして、このことは非癌疾患についても何ら異ならないのであります。
 以上のとおり、原爆被爆が、人類が初めて体験した被害であり、現在に至るも多くの未解明の事実が残されていることを踏まえて、放射線の人体影響について判断していかなけれぱならないものであります。