被爆者相談所および法人事務所
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あずま数男かずお原爆裁判
最終弁論 高見澤昭治弁護士の意見陳述

(1) 本件で提出された各証拠およびこれまで代理人が述べた理由により、原告あずまに対する被告の認定却下が間違っており、原告に対して直ちに原爆症と認定すべきであることが、完全に論証されたと考えますが、最後に、私から法の趣旨・目的および原爆症の認定をめぐる最高裁判例をはじめとするこれまでの裁判例に照らしても、本件原告の訴えが認められるべきであることを念のために申し上げて、原告側の弁論の締めくくりとさせていただきます。最終準備書面の94ページ以下に該当します。

(2) 申し上げるまでもありませんが、原爆医療法ないしは被爆者援護法で認定を受けるためには「起因性」と「要医療性」が必要とされますが、それをどのように判断するかについては、立法事実および立法者の意思が込められている援護法の前文の中に法の趣旨・目的が端的に示されていることから、その内容を正確に理解することがなによりも重要だということを、先ず最初にご理解いただきたいと考えます。
 前文には次のように記載されています。
 「昭和20年8月、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾という比類のない破壊兵器は、幾多の尊い生命を一瞬にして奪ったのみならず、たとい一命をとりとめた被爆者にも、生涯いやすことのできない傷痕と後遺症を残し、不安の中での生活をもたらした。
 このような原子爆弾の放射線に起因する健康被害に苦しむ被爆者の健康の保持及ぴ増進並びに福祉を図るために、原子爆弾被爆者の医療等に関する法律及び原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律を制定し、医療の給付、医療特別手当等の支給をはじめとする各般の施策を講じてきた。
 また、我らは、再びこのような惨禍が繰り返されることのないようにとの固い決意の下、世界唯一の原子爆弾の被爆国として、核兵器の究極的廃絶と世界の恒久平和の確立を全世界に訴え続けてきた。
 ここに、被爆後50年のときを迎えるに当たり、我らは、核兵器の究極的廃絶に向けての決意を新たにし、原子爆弾の惨禍が繰り返されることのないよう、恒久の平和を祈念するとともに、国の責任において、原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保険、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じ、あわせて、国として原子爆弾による死没者の尊い犠牲を銘記するため、この法律を制定する」

(3) 被爆者援護法の前文でとりわけ重要なのは、第1に「国の責任において、原子爆弾投下の結果として生じた放射能」であること、第2にその「放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であること」、さらに第3に「高齢化の進行している被爆者に対する保険、医療及び福祉にわたる総合的な援護策を講じ」ることを、特に明記している点であります。
 すなわち、援護法に規定する「起因性」や「要医療性」の判断にあたっては、あくまで上記第1国家補償的配慮の基に、第2放射線に起因する健康被害の特殊性を配慮し、第3高齢化が進行する被爆者に医療等の総合的な施策を講ずる観点から、その該当性の有無を決しなければならないということをご理解いただきたいと思います。

(4) 「国家補償」とは、国家の行為によって損害を加えられ、その損害発生につき被害者に責任のない場合に、国家がその損害を填補する制度ないし法理であるといわれていますが、原爆裁判に関心のあるものであれば誰でもが知っているとおり、最高裁はいわゆる孫振斗(そん・しんとう)訴訟において原爆医療法およびその制度の根底に国家補償的配慮があることを認め、「被爆者の救済」と「人道目的」を理由に挙げて孫氏の訴えを認めております。
 法の解釈・運用にあたってはあくまで損害を与えた国の責任を重視し、できるだけ「被害者の救済」を主体に考えなければならないということは、原爆放射線と原爆症の起因性について、被爆者に無理な立証を強い、科学的に未解明な点について被爆者に不利に扱うことは許されないということであります。

(5) これまで他の代理人も述べたように、被爆者には様々な被害が複合して生じており、これらを放射線被爆とそれ以外の原因と厳密に区別することは現在の科学では不可能な状況にあるということを認識することが最も大切であるということです。

(6) 「被爆者の高齢化と証明の軽減の必要性」については、申し上げるまでもないと思いますが、原爆による放射線の人体への影響が科学的に未解明なまま高齢化を迎える被爆者を、実質的に救済するためには、因果関係についての証明の程度を軽減することが、法の趣旨・目的からも「人道的配慮の必要性」からも要請されるところでありますが、これまでの認定行政はそのことに全く配慮しなかったために、「被爆者切り捨て行政」「厚生労働省は被爆者が死に絶えるのを待っているのか」といった非難を招いております。

(7) そのように申し上げたからといって、私たちは起因性の立証について「高度の蓋然性」を要しないと主張しているわけではありません。
 最高裁は訴訟上の因果関係の立証について「高度の蓋然性」を要するとし、その判定は「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである」という判断を示しました。
 「高度の蓋然性」という用語だけを見ると、立証にいかにも高い証明度を要求しているように思われますが、内容を仔細に検討するとその言葉から受ける印象とは全く異なり、まさに「被爆者の救済」のために、「人道上の目的」を達するために、格段の配慮をしていることをご理解いただきたいと思います。
 すなわち、最高裁は爆心地から約2.45キロメートル離れた地点で被爆した被上告人松谷英子(まつや・ひでこ)について、被爆当時の状況や被爆による負傷の程度・被爆後の行動、さらにはその後の身体状況をふまえた上で、「被上告人の脳損傷は・直接的には原子爆弾の爆風によって飛来したかわらの打撃により生じたものではあるが、原子爆弾の放射線を相当程度浴びたために重篤化し、又は同放射線により治ゆ能力が低下した結果、現に医療を要する状態にある、すなわち放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって、それが経験則上許されないものとまで断ずることはできない」との判断を示しました。

(8) つまり、「高度の蓋然性」の内容というのは、最高裁が明示しているように「訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を承認し得る」ということであり、その判定に必要とされる「通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るもの」というのは、まさに最高裁が上記文言で示した程度のもので足りるということであります。

(9) 最後に、結論を要約して申し上げますと、
i. 1.3キロという近距離で窓近くに上半身裸で被爆し重傷を負っていることや被爆後被爆地周辺をさまよい歩き放射線に汚染された粉塵・川の水なとを大量に摂取しているなどの原告の被爆状況
ii. 被爆直後に発熱、脱毛、血性の下痢や嘔吐、白血球や好中球の減少などの血液異常が発生し、それらの症状も重症で、被爆直後に放射線症との診断を受けるほどの急性疾状があったこと
iii. C型肝炎ウイルスが同定される以前からの研究によると、非被爆者に比べ、明らかに被爆者に肝障害の頻度が高く、原爆放射線被爆量と相関関係が認められること
iv. C型肝炎と被爆の関係に関する疫学的研究成果によると、慢性肝機能障害には、原爆放射線との間に相関関係があること、他方、原爆放射線被曝量と被爆者のHCV感染には相関関係がないのに、原爆放射線量と被爆者のHCV肝障害とは相関関係があること、その原因として放射線がC型肝炎ウイルス感染後の発症や進行の促進に関与した可能性が指摘されていること
 以上のことから、松谷訴訟最高裁判決の言葉をそのまま利用するならば、「原告の肝機能障害は、放射線被曝とC型肝炎ウィルスが共同成因となり、原子爆弾の放射線を教死量浴びたために発症もしくは進行し、又は放射線により治癒能力が低下したために発症もしくは進行したために現に医療を要する状態にある、即ち「放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であつて、それが経験則上許されないと断することはできない」ものであることは明らかです。

(10) 16歳で被爆した本件原告もすでに74歳の老齢を迎え、この問、多くの被爆者と同じように過酷な人生を生きることを余儀なくされ、今また重い病状に苦しむ毎日を送っており、今朝もはたして出廷できるかどうか心配されていましたが、本日も病躯を鞭打って、必死の思いでこの法廷に臨んでおります。
 裁判所には「公正な裁判を求める署名8万8856人分を提出させていただいておりますが、この大きな法廷を毎回一杯にした被爆者をはじめ、全国の被爆者、そして被爆問題に関心をもっ全ての人が、この訴訟のゆくえを、裁判所が自分達の苦しみや思いを理解してくれることを、大きな期待をもって見守っております。
 これまでのすべての原爆訴訟と同じように、原爆被害の特殊性を理解し、人道に配慮した、歴史に残る判決を1日も早く賜りますようお願い甲し上げて、弁論を終ります。