被爆者相談所および法人事務所
〒113-0034 文京区湯島2-4-4平和と労働センター6階
電話 03-5842-5655 ファックス 03-5842-5653
相談電話受付時間
平日 午前10時から午後5時、土曜 午前10時から午後3時

あずま数男かずお原爆裁判
最終弁論 内藤雅義弁護士の意見陳述

 代理人の内藤です。私は、「4 被告の主張(処分理由)とその不合理性」について陳述します。 

(1) 以上宮原代理人が述べたとおり、放射線と肝炎については、起因性は研究上以前から認められ、他方、疫学的研究上も以前より蓋然性は高度になっています。
 ところが、被告はこのような経緯を無視し、悪性腫瘍以外には確定的影響しかないとし、医療用放射線で認められたしきい値線量(10グレイ=1000ラド)を超えない限り放射線障害は発生しないとします。そして、他方で、癌以外の疾患については放射線障害による免疫機能低下をごく短期間に限り、かつ、C型肝炎ウィルスがある以上、慢性肝炎はウィルスによるものに過ぎず、原爆放射線の影響はないという立場に立つものです。被告側証人である戸田証人もこのような立場に立っています。

(2) しかし、まず、放射線量が10グレイを超えなければ健康影響が生じないという点については原爆放射線被害は、先に述べたように、複合的であり、全身被爆であり、かつ、体内被曝がある点で、医療用放射線被曝とは全く異なっています。現に原爆被爆者の解剖例によれば、10グレイをはるかに下回る線量の場合にも放射線による肝機能障害が生じており、このことは、戸田証人も事実上証言の中で認めており、この点からも被告の10グレイ基準そのものの問題点が明らかになっています。
 しかも、被爆者の慢性肝炎ないし慢性肝機能障害の原爆症認定はその制度ができたときから広く認められきています。更に、健康管理手当制度ができた後も認められてきました。そして、既に認められてきた被爆者の慢性肝機能障害は、既に宮原弁護士が指摘したようにそもそも認定制度発足当時から確定的影響の定義に合致していないのです。

(3) そこで、次に免疫回復論について述べます。被告は、先に述べたとおり、極めて大量に被曝した者(数百ラド)を除けば、ほとんどの者は被曝後数ヶ月を経過すると血液細胞を作る能力が回復し、被曝前の状況に戻る、従って、原告の被曝線量では免疫力の永続的低下をもたらすという知見は得られていないと主張します。
 しかし、この点についても、既に指摘したように、原爆放射線の影響は、複合的に全身的に生ずるものであり、肝臓に対する放射線の影響と、免疫に対する影響を区別することができるものではなく、総合的に考えるべきものです。
 また、免疫機能の持続的低下に限っても被告の主張するほどの高線量が必要とされているわけではありません。この点は準備書面で指摘したとおりです。
 以上の点からいうと、被告が主張するように放射線による免疫低下がC型肝炎による慢性肝機能障害と無関係とは言えないのです。

(4) ウィルス感染による細胞障害と免疫
 被告及び戸田証人は、C型肝炎ウィルスが感染していれば、C型肝炎のみが慢性肝炎の原因であるとの主張をしています。
 しかし、C型を含むウィルス性肝炎の場合にもウィルスそのものが肝臓の細胞を傷害するのではなく、免疫機能つまりからだがC型肝炎ウィルスを排除する過程の中で細胞障害(炎症)が生ずるものと考えられているのです。従って、免疫機能が傷つけられれば、それによってC型肝炎に影響を及ぼすものであり、C型肝炎ウィルスがあるからC型肝炎ウィルスと被爆の影響は関係がないとは言えないのです。

(5) 戸田意見書・戸田証言について述べます。
 宮原代理人が述べたとおり、原爆放射線と肝機能障害との関係は古くは1950年代にすでに指摘あり、その後研究が進むにつれて次第にその関係が明確となり、1993年公表のワン論文で明確な形で肝機能障害に統計的に有意な過剰リスク(原爆放射線被曝線量と慢性肝炎・肝硬変の発生率に有意な正の関係」が認められるに至ったものです。そして、それを受け継いだ藤原証人を中心するC型肝炎ウィルスと肝機能障害との関係に関する論考においてもその可能性はさらに前進方向で発展させられ、同論文は「放射線被曝がHCV感染後の肝炎の進行を促進した可能性」を認めているわけです。
 これに反し、戸田証人の意見書・証言は、当初上記のこれまでの研究成果に全く触れることなく、あるいはこれらの成果を無視して展開されたものであり、誠意の欠如したものといわざるを得なません。そればかりではなく、「遺伝子損傷があれば、細胞は死ぬというアポトーシス論」「肝細胞の2年間全て置き換わり論」という、その後自らその考え方を否定せざるをえない論理を作り出し自説の弁解に終始したといわざるを得ません。同証人は、その後も、さまざまな弁解を試みていますが、放射線と肝機能障害との関係を確定的影響にのみ限定して捉えるという考え方を固守し続けています。
 そのことは、これまでの放射線と肝機能障害に関する研究成果を一切無視した誤った考え方によるものといわざるを得ません。