東数男原爆裁判
最終弁論 宮原哲朗弁護士の意見陳述
準備書面の第3の3、8頁以下「肝機能障害と放射線」について、代理人の宮原から要旨の陳述をいたします。
まず、被告の本件主張・立証に関する根本的間題点を端的に指摘いたします。
その第1は、放射線被爆と慢性肝炎、肝硬変、肝臓がんに関する長年にわたる研究成果を一切無視していることです。
第2は、肝機能障害を「確定的影響の範疇に属するもの」と狭く限定し、その誤った考え方に固執する点です。
(1) 今回の準備書面では、放射線被爆と慢性肝炎、肝硬変、肝臓がんに関し、長期間にわたって行われてきたこれまでの研究成果について述べています。それは、それが、本件を適切に判断する上で重要であると考えているからです。
ここでは、放射線被爆と慢性肝炎、肝硬変に限定的して述べることとします。
ア まずワン論文以前の状況について述べます。
甲第71号証(原告はこれを「ワン論文」と表現していますが)、その公表以前の状況について述べます。
a 1950~60年代
この時代においても、すでに、広島の原爆病院の入院患者調査に基づいて「肝疾患は第2位の頻度を占め、被爆者における大きな医学的間題であることが明らかである」、という報告がなされています。また、広島市における原爆認定申請を用いた統計的調査でも「被爆者の肝疾患の頻度は国民健康調査と比べて3倍近く高率であり、近距離被爆者に特に高い傾向を認めた」との報告がなされていました。
b 1970年代以降
この時代にも、広島の原爆病院の患者の臨床検討が行われていますが、それによりますと、「外来患者の肝疾患有病率は2キロ未満の近距離被爆者で高率に見られた」との報告がありました。
c 1990年代
1990年代に入ると、寿命調査集団つまり死亡調査で「消化器疾患、なかでも肝硬変による死亡は放射線量により明らかな増加を認め、この傾向はとくに比較的若年被爆者に最近みられるようである」との記載がでてきました。
成人健康調査集団における発生率の分析でも「慢性肝炎または肝硬変の発生と放射線被爆の関連を示唆する結果が得られつつある」との研究成果が公表されるようになっています。
イ ワン論文について述べます。
原爆放射線と肝機能障害との関係がより明確になったのは、1993年に公表された「ワン論文」でした。
ワン論文は、1958年から86年という28年間にわたる長期間の成人健康調査に基づくものです。
この論文には「慢性肝炎および肝硬変に統計的に有意な過剰リスクを認めた」と記載されています。
ここで一つ重要な点を付言します。つまり、今申し上げたワン論文の表現からも明らかなように、被爆者慢性肝炎は一定の「しきい値」をもって初めて発生しているわけではない事です。
また、高線量被爆者の慢性肝炎が特別に重症というわけでもありません。従って、被爆者慢性肝炎には「しきい値」もなく、「線量増加と重度化との関係」もありません。
つまり、被爆者の晩発性の慢性肝炎は、そもそも確定的影響の定義に合致していないと言えるのです。
(2) 過去の認定事例との関係について述べます。
旧厚生省は、肝機能障害を原因として数多くの原爆症認定を行ってきています。つまり、旧厚生省は、放射線と肝機能障害に関する医学的知見が限定的であった1968から82年の時点においてでさえ、合計で45名もの被爆者について「肝機能障害」を「認定傷病名」として認定を行っていることです。(この数字は、目本被団協の把握している限度の数字であり、全ての認定事例を含むものではありません。)
また、最近においても、厚生省は、「肝機能障害」を「認定傷病名」として認定を行っており、その中にはC型ウイルスを原因とする肝機能障害も含まれているのです。
時代と共に放射線被爆と慢性肝炎、肝硬変との関係が明らかになってきています。さらに、近時は、放射線被爆とC型肝炎ウイルスを原因とする肝機能障害との関係も深く研究されようになりました。
従って、この時代になって、突然C型肝炎ウイルスを原因とする肝機能障害の認定を著しく厳しくしようとする厚労省の認定態度は、明らかに時代の流れや科学の進歩に逆行するものと言わざるを得ません。
(3)次に藤原論文について述べます。
まず乙第12号証について述べます。
ア 乙第12号証の前提
乙第12号証は冒頭で、「成人健康調査(AHS)においても原爆放射線被曝線量と肝硬変、慢性肝疾患の発生率に有意な正の関係が認められている」と述べています。
そして、同論文は、ワン論文を引用しつつ、乙第12号証がワン論文等を前提とする研究であることを明示しています。
そして研究の目的は、「原爆被爆者に慢性肝疾患、肝癌の発生が高いことに、C型肝炎ウイルス感染が寄与しているか」について検討することでした。
つまり、原爆被爆者に慢性肝疾患の発生が高いことを白明の大前提としたうえで、そこにC型肝炎ウイルスがどのように関与するかを研究目的としているのです。
イ 乙12号証の結論と残された課題
同論文の結論は、原爆放射線被爆と感染率には関係がなく、C型肝炎ウイルス感染では原爆被爆者に肝癌、肝硬変、慢性肝炎が多いことは説明がつかなかったというものです。
従って、それに引く続く研究の課題は、放線被爆がウイルス感染率ではなく、肝硬変、慢性肝炎の発症率・有病率を促進するか否かに移っていくことになりました。
それが次に述べる藤原論文の研究テーマとなっています。
ウ 藤原論文について
藤原論文は、数カ所でその結論を述べておりますが、それを端的示す部分を1つだけ紹介します。
「放射線量に伴う『慢性肝機能障害』の有病率の増加は、抗HCV抗体陽性の対象者においてきわめて顕著であり、放射線被曝がC型肝炎ウイルス感染後の慢性肝炎の進行を促進した可能性を示した」と明言しています。
(4) まとめ
放射線と肝臓がんとの関係でいえば、当初「増加確認群」にも「増加示唆群」のも含まれていなかったものが、今では放射線との有意な関係が示されています。
同様に、放射線と肝機能障害に関する研究はも1950年代から積み重ねられてきており、今や被爆者は非被爆者と比較して肝機能障害の頻度が高いことは疑いのない事実となっています。
そして、死亡調査ではなく成人健康調査を基にした1993年のワン論文を契機として、原爆放射線被爆と肝機能障害との間に「有意な過剰リスク・線量反応関係」が認められるようになったのです。
その成果を前提として藤原氏を中心としてさらに研究が進められ、藤原論文では、「放射線被爆がC型肝炎感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進する可能性」が示されたのです。
そして、藤原証人は、放影研ではその延長線上でさらに研究が進められているとも証言していました。
原告も被爆者のC型肝炎について、C型肝炎ウイルスの関与を否定するものでは決してありません。原告は、これまでの原爆放射線と肝機能障害に関する長年にわたる研究成果を正確に跡付け・分析し、被爆による放射線とC型肝炎ウイルスの共同成因によるC型肝炎の発症・促進・高度化について主張・論証しているのです。
そして、それが現在のこの分野の到達点であるといえるのです。