被爆者相談所および法人事務所
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札幌地裁判決骨子および要旨1(原告3名について)

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 札幌地裁判決は、計7名の原告について、3名・3名・1名にわけて判決文が出されました。

判決骨子(2008年9月22日 札幌地方裁判所)

第1 主文

  1. 原告らの訴えのうち、被告厚生労働大臣が、原告安井晃一及び同舘村民に対してした各原爆症認定申請却下処分の取消しを求める訴えを却下する。
  2. 被告厚生労働大臣が、原告柳谷貞一に対してした原爆症認定申請却下処分を取り消す。
  3. 原告らのその余の請求を棄却する。

第2 争点に対する判断

1 原告安井及び同舘村の各原爆症認定申請却下処分の取消訴訟の訴えの利益について

 原告安井及び同舘村の各原爆症認定申請却下処分の取消しを求める訴えについては、両原告の申請疾病すべてについて、その却下処分が取り消され、原爆症認定がなされたことにより、訴えの利益が失われたものと認められ、却下を免れない。

2 原告柳谷の原爆症認定申請却下処分の違法性について

(1) 申請疾病(肝硬変)の放射線起因性について
 原告柳谷は、爆心地から約2キロメートルの地点で被爆しているところ、その後の救護活動や遺体の焼却作業等に従事したことにより、誘導放射化した瓦礫や遺体等によって被曝した可能性、放射性降下物を浴びた可能性や内部被曝の影響を受けている可能性も否定できず、また、被爆後から、急性放射線症と考えられる症状が複数現れており、放射線被曝の影響の可能性が認められる疾患等も発症していることなどを総合的に考慮すれば、原告柳谷は、相当量の放射線に被曝したものと推認される。
 そして、被爆者のHBV感染の持続及び肝炎の発症、肝硬変への進展については、原爆の放射線被曝が寄与している可能性が否定できないところ、相当量の放射線に被曝したと考えられる原告柳谷の申請疾病である肝硬変についても、原爆の放射線に起因するものと認めるのが相当である。

(2) 申請疾病の要医療性について
 原告柳谷の肝硬変は、薬物治療及び栄養管理等を要し、要医療性が認められる。

(3) 以上のとおり、原告柳谷の申請疾病は、原爆症認定の要件を満たすというべきであるから、原告柳谷の原爆症認定申請を却下した処分は違法であるから取り消されるべきである。

3 原告らの国家賠償法に基づく損害賠償請求についての判断

 被告厚生労働大臣が、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各却下処分をしたと認め得るような事情があるとまではいえず、また、国家賠償法上違法となるような手続的違法があったともいえない。
 したがって、国家賠償法1条1項の違法性は認められず、原告らの損害賠償請求は理由がない。

判決要旨(2008年9月22日 札幌地方裁判所)

第1 主文

  1. 被告厚生労働大臣が、原告に対し、平成15年3月26日付けでした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく原爆症認定申請却下処分のうち、高血圧症、慢性C型肝炎に係る申請を却下した部分を取り消す。
  2. 原告のその余の請求を棄却する。
  3. 訴訟費用は、これを2分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

第2 事案の概要

 本件は、原爆に被爆した原告が、高血圧症、慢性C型肝炎及び慢性甲状腺炎.に罹患したため、被爆者援護法11条1項に基づき原爆症認定申請をしたところ、被告厚生労働大臣は、同疾病の原爆による起因性及び原爆の治癒能力への影響を否定し、これを申請を却下する処分をしたため、原告が、同処分には事実誤認・法令適用の誤りがあり違法であるとして、同処分の取消しを求めるとともに、被告厚生労働大臣には、同処分に当たって故意又は重過失があり、原告は精神的苦痛を被ったとして、被告国に対して、国家賠償法1条1項に基づき損害の賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。

第3 放射線起因性及び要医療性についての判断

1 放射線起因性の判断基準

(1) 放射線起因性の判断基準として用いられていた審査の方針には一定の合理性が認められ、特に初期放射線量についての算定値は相応の合理性が認められるものの、放射性降下物や誘導放射能による被曝線量が過小評価されている可能性があること、内部被曝の影響についての検討が十分とはいえないこと、審査の方針における判断基準では説明できない遠距離被爆者等の急性放射線症の発症があること、原因確率自体も絶対的な基準とはいい難いことなどの限界があることは否定できない。
 そうすると、放射線起因性の判断に際しては、審査の方針を唯一絶対的な判断基準とすることはできず、主として初期放射線量の算定のための1つの指標として考慮するにとどめるべきである。

(2) 以上によれば、放射線起因性の判断に当たっては、被爆距離、場所、遮蔽の有無、服装、原爆投下後の行動、滞在場所及び時間、放射性降下物を浴びたか否か、急性放射線症の有無、内容及び程度、申請に係る疾患、その発症時期、症状等並びに既往歴等を総合的に考慮して、被爆者の申請疾患が原爆放射線に起因するものであるかを判断するのが相当である。

2 原告の申請疾病(高血圧症、慢性C型肝炎、慢性甲状腺炎)の放射線起因性及び要医療性

(1) 原告の申請疾病と放射線被曝との関係について
 ア 高血圧症と放射線被曝との関係について
 高血圧症については、統計学的に有意な線量反応関係があることは明らかであるから、その発症について、原爆放射線が影響し得るものと解するのが相当である。
 イ 慢性C型肝炎と放射線被曝との関係について
 放射線被曝による免疫力の低下の可能性や放射線被曝がC型肝炎感染に関連した慢性肝疾患の進行を促進する可能性が指摘されていること、統計学的には必ずしも有意とはいい難いものであっても、高線量被曝者の生存者が少なくなっている現状においては、測定値にある程度の幅が生じうることはやむを得ないことなどに照らすならば、慢性C型肝炎の進行に対する原爆放射線の影響の可能性を否定すべきではないというべきである。
 ウ 慢性甲状腺炎と放射線被曝との関係について
 慢性甲状腺炎については、放射線被曝との関連を指摘する報告があり、甲状腺機能低下症の発生頻度の調査でも、その原因別では、慢性甲状腺炎によるものについて、有意差が認められている。自己免疫性甲状腺疾患と放射線被曝の有意な関連が認められなかったとする調査結果もあるが、高線量被曝者の生存者が少なくなっていることが少なからず影響していることは否定できず、慢性甲状腺炎の発症に対する放射線被曝の影響の可能性は、否定できないというべきである。

(2) 放射線起因性について
 ア 原告は、爆心地から約1.85キロメートルの地点で被爆しているところ、その翌日には、爆心地から約1.5キロメートルの段原方面を歩き回っており、誘導放射化した遺体や瓦礫等によって被曝した可能性が否定できない。
 実際に、原告は、被爆後から、強い体の倦怠感を感じ、長期にわたる皮膚のかゆみや、突然の出血、下痢といった症状が現れている。また、原告の白血球数の検査結果は、ほとんどが正常値を下回っていた。これらの症状については、複数の症状が現れ、症状が長期間にわたっており、出血の症状は入院を要するほどの重篤な場合もあることなどからすると、そのすべてが、単に栄養不良、不衛生及び細菌等を原因とするものであるとするのはやや不自然であるし、原告の症状が被爆を境に生じており、他にその原因となるに足りる明確な事情がうかがわれないことも併せ考慮すると、上記症状は、放射線被曝の影響によるものと解するのが相当である。
 イ 以上の事情を総合考慮すれば、原告は、初期放射線のみならず、誘導放射能や放射性降下物による相当量の政射線に被曝したものと推認される。
 ウ そして、高血圧症の発症については、原爆放射線が影響し得るものと解され、また、慢性C型肝炎の進行及び慢性甲状腺炎の発症についても、原爆放射線の影響の可能性が否定できないのであるから、上記のとおり相当量の放射線に被曝したと考えられる原告の申請疾病については、原爆の放射線に起因するものと認めるのが相当である。

(3) 要医療性について
 ア 原告の高血圧症については、動脈硬化等の促進を予防するために内服薬投与による治療を継続しており、その必要性もあるから、要医療性が認められる。
 イ 原告の慢性C型肝炎については、肝障害の進展を防止するために投薬治療及び定期的な検査による経過観察が必要であり、要医療性が認められる。
 ウ 原告の慢性甲状腺炎については、現在は内分泌機能は正常であり、補充療法としての甲状腺ホルモン剤の内服等の治療は必要でないことが認められ、また、甲状腺腫による前頸部圧迫症状等を認めるに足りる証拠もない。
 そして、甲状腺機能低下症等を定期検査によって早期に発見することが、治療行為と同程度の重要性を有するものとまで認めるには足りず、また、原告の慢性甲状腺炎については、これまで何ら治療を必要とする症状は発症.していないし、今後、甲状腺の機能が低下して、治療を要する状態となる可能性が高いともいい難い。
 そうすると、原告の慢性甲状腺炎について、要医療性は認められないというべきである。

(4) 以上のとおり、原告の申請疾病のうち、高血圧症及び慢性C型肝炎については、原爆症認定の要件を満たすというべきであるから、当該疾病につき原爆症認定申請を却下した部分は違法であり、取り消されるべきであるが、慢性甲状腺炎については、放射線起因性は認められるものの、要医療性はなおこれを認めるに足りないから.同疾病に係る原爆症認定申請を却下した部分は適法であり、その取消請求は棄却すべきである。

第4 原告の国家賠償法に基づく損害賠償請求についての判断

1 審査の方針を原告に当てはめて、原爆症認定申請を却下したことについて

(1) 本件却下処分が違法とされる場合であっても、直ちに国家賠償法1条1項における違法性が認められるものではなく、被告厚生労働大臣が、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認め得るような 事情がある場合に限り、同項の違法性が認められると解するべきである。

(2)
 ア 審査の方針における放射線量算定の基礎となっているDS86及びDS02については、一定の科学的根拠に基づくものであり、原因確率の基礎となっている放影研による疫学調査についても、調査規模及び調査期間は決して不十分なものとはいえず、解析手法も十分合理的なものである。
 審査の方針に限界があることは否定できないが、当時の疫学的、統計学的、医学的知見に基づいて策定されたものであって、これが全く非科学的で不合理なものなどということはできない。
 イ また、多数の原爆症認定申請について判断をしなければならない状況において、審査の方針という一定の基準を用いることは、必ずしも不適切なものとはいい難く、厚生労働大臣は、なものとはいい難い。(ウェブページ更新者による注:直前の一文にある「厚生労働大臣は、なものとはいい難い。」は意味が通りませんが、原文を確認できていません。このページに限らず判決要旨などの文書は、FAXで送られてきたものを当時のスキャナと文字認識アプリケーションを用いて目視で原文と確認・手作業で修正したものです。その際のミスと思われます。)

(3) 以上によれば、被告厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と処分をしたと認め得るような事情があるとまではいえない。

2 行政手続法5条1項の「審査基準」について

 原爆症認定に当たっては、何らの基準もなく、個別的に判断が行われていたわけではなく、医療分科会の意見形成に当たって原爆症認定についての一定の具体的な基準を示した審査の方針が用いられており、これに基づいてその認定が行われている。そして、原爆症認定に当たって、当該申請者の被爆状況、急性症状の有無・程度、申請疾患の発症状況、既往症等の個別具体的な認定事実を考慮しつつ、被曝線量等を推定した上で、個別具体的事情を総合的に考慮するという判断手法自体は、やむを得ないものであるし、これをもって、行政庁の恣意的な判断がされていたということもできない。また、原告が、審査に当たっての一定の基準を知り得なかったため、原爆症認定についての予測可能性が侵害されたというような事情もうかがわれない。
 したがって、国家賠償法上違法となるような手続的違法があったとはいえない。

3 審査の遅れについて

 原爆症認定は、高度な科学的、医学的知見に基づく判断を要する複雑な作業であり、また、被告厚生労働大臣が、原告の原爆症認定申請を失念し、又は意図的に放置したと認められるような事情はうかがわれないことなどに照らすならば、原告の原爆症認定の審査に時間を要したことをもって、直ちに行政手続法7条に違反するとまではいい難い。

4 処分理由の不明示について

 原爆症の認定に当たっては、原則として医療分科会の意見を聴くこととされ、判断は審査の方針に従ってなされるなど、厚生労働大臣の恣意的運用は防止されているものといえ、他方、原爆症の認定は、高度な科学的、医学的、疫学的知見に基づく判断を要する複雑なものであり、処分理由について、具体的、詳細に明示することは困難であるといえる。また、本件却下処分の通知の記載から、いかなる要件で申請が却下されたかは、原告も理解することが可能であり、争訟提起等に支障を生じるとまではいい難い。
 したがって、被告厚生労働大臣の本件却下処分について、行政手続法8条の違反は認められない。

5

 以上によれば、本件却下処分について、国家賠償法1条1項の違法性は認められないから、その余の点について判断するまでもなく、原告の損害賠償請求は理由がない。