東数男原爆裁判
控訴審第2回口頭弁論 横山聡弁護士の意見陳述
被控訴人準備書面(1)の控訴理由第2「放射性起因性の判断方法に関する誤り」に対してについて反論します。
1 控訴人は2点で原審判決を批判しています。
一つは、原審の判断は、放射線起因性について「高度の蓋然性」を要求せず、立証の程度を軽減したと批判します。
もう一つは放射性起因性の判断は科学的・医学的知見に基づいて行われなければならず、その判断に素人的、あるいは被爆者を保護すべきであるといった価値判断を入れたものであってはならない、というものです。
この前者については、判決は、明確に「高度の蓋然性」を踏まえて判断しており、控訴人の「証明の程度を軽減し」ているとの批判は全く当たりません。
後者についてですが、今日においても、放射線の人体に与える影響については、その詳細が科学的に解明されているとはいい難い段階にあることは紛れもない事実であり、これは控訴人も認めざるを得ないのであります。にもかかわらず、控訴人は科学的解明が行われていない被害については救済しないとの態度を頑迷に維持しております。原審は、被爆の実相を踏まえ、原爆の影響が今なお未解明であるという実態を前提として、被控訴人の被爆状況、被爆後の行動、具体的症状、発症の経緯、健康診断や検診の結果等を全体的、総合的に考慮して被控訴人を原爆症と認定したのであります。この判断は、原爆医療法、被爆者援護法の趣旨・目的を的確に理解した上で、これまでの被爆者の原爆症 認定を争った訴訟の流れに沿ったものです。
2 被爆者援護法は、国の戦争行為による悲惨かつ深刻な被害の犠牲者である被爆者を救済する趣旨に基づいて制定され、原子爆弾による被害の特殊性および人道的見地から被爆者への手厚い保護を認めたもので、被爆者援護法の解釈適用にあたってもこのことが重視されるべきことは疑を入れません。
被爆者としての人生を送る中で受けている肉体的・精神的変調について現時点で医学的・科学的に未解明であっても救済するのが当然ではないでしょうか。過去の裁判例が被爆者救済に動いてきたことを当法廷でも受け止めていただきたいと強く望む次第です。
3 放射線起因性の判断について、控訴人は、個別申請疾病について高度に専門的な科学的・医学的知見によらなければならず、その判断に素人的、あるいは被爆者を保護すべきであるといった価値判断を入れることを否定し、放射線の人体への影響について未解明な場合でも、科学的裏付けを欠く未確立の学説、推測、意見によって起因性を認めることは被爆者援護法の趣旨・構造を没却すると主張します。
松谷訴訟上告審で、上告人厚生大臣は、「科学的・医学的知見を離れて、素人的、あるいは被害者を保護すべきであるといった価値判断を入れたものであってはなら」ないと、本件控訴理由書の記載とまったく同一の主張を行っています。しかし、このような議論は最高裁判所の採るところとならなかったのであります。
4 以上述べてきたとおり、控訴人は、被爆者援護法の趣旨・目的を極めて矮小化して解釈しています。これは同法の趣旨や目的に反しており、極めて非人道的でかつ狭隘なものです。そしてこの考え方が控訴人の被爆者救済を排除する冷たい被爆者行政の基本となっていると言わざるを得ません。未曾有の被害であることを直視し、被爆者救済を前提にした原審の態度は当然といえば当然でありましょう。
松谷訴訟で敗訴しながら、被爆者を救済する基準を建てようとしない行政の無反省ぶりは、目を覆うものがあります。
未だに十分な科学的・医学的解明がなされていないことを踏まえ、被爆者の被爆の状況、被爆後の身体状況、その後の身体状況、健康診断や検診等の状況などを総合的に考慮すべきであるとする原審の理解は、これまでの判例や立法趣旨にも合致し極めて的確であります。本件控訴は速やかに棄却されるべきであると思います。