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あずま数男かずお原爆裁判
控訴審第2回口頭弁論 宮原哲朗弁護士の意見陳述

1 控訴理由書の第3(原判決は科学的知見等に対する評価・判断を誤ったこと)に関して反論を述べます。
 控訴理由書第3の概要は以下の3点を柱とするものです。
(1) 疫学的知見を因果関係立証のために利用する場合の留意点
(2) 放射線被爆がC型慢性肝炎の発症・促進に影響を与えるか否かは明らかでない。
(3) 放射線被曝による免疫能力の低下がC型慢性肝炎を発症・促進させたとの判断は誤っている。

2 控訴理由書の根本的問題をまず指摘します。
 その第1点は、控訴人の主張はこれまで控訴人が行ってきた認定実務と明らかに矛盾していることです。
 つまり、原爆症認定制度が設けられて以来、長期間、広く肝機能障害が原爆症と認定されていました。しかもその認定当時は、現在以上に科学的知見が未確立であったことも確かです。従って、控訴人の主張は、このようなこれまでの認定実務と明白に矛盾します。
 第2点は、控訴人の主張の根底には、「癌以外の疾患は確定的影響のみであり」従って「肝機能障害には『しきい値』がある」という発想があります。しかし、それは誤りです。
 人体において放射線が遺伝子の変異をもたらすことは分かっていても、それが個々の臓器細胞レベルの変異によるものか、放射線の免疫に対する影響によるものか、それが相互にどの程度関与するのかは解っていません。同様に、全身放射線被曝の場合に、他の臓器の影響が当該臓器にどの様な影響を与えるのか等も分かっていません。
 第3点は、控訴人が、放射線と肝機能障害・C型慢性肝炎に関して、戦後積み重ねられてきた一連の研究成果を分断的に捉えていることです。
 これまでの原爆放射線と肝機能障害に関する長年にわたる研究成果を正確にあとづけかつ分析すれば、「被控訴人の肝機能障害については、放射線被曝がHCV感染とともに慢性肝炎を発症又は進行させるに至った起因となっている」という、原判決がその結論部分で判示する事実が、現在のこの分野の到達点といえます。
 第4に控訴人は、 肝臓に関する研究と免疫学的研究を分断しています。
 しかし、肝臓に関する研究と、免疫に関する研究は分けて考えるべきではありません。むしろ両者は、相互に補完しあいながら、確率的影響の線量反応関係の根拠が探られている、という側面があります。

3 控訴人の疫学の限界に関する主張には矛盾があります。
(1) 控訴人は、「疫学は、個々の患者についての疾病発生の原因を究明するための決め手とはなり得ないと」主張しています。
 しかし、この控訴人主張は、他の同一訴訟(東京地裁で原爆症認定争っている事件)の主張と明白に矛盾しています。
 当審での控訴人の主張は、場当たり的なものといわざるを得ません。
(2) 疫学条件の具備について
 控訴人は、疫学上一般的な因果関係があると認められるためには、関連の一致性、関連の特異性、関連の整合性等の条件を具備していることが必要であるとします。
 しかし、「関連の一致性」を例にあげて申し上げれば、この条件は原爆被爆者と同等の集団との比較を前提とします。しかし、原爆被爆は人類唯一の体験であり、このような一致性を他の研究に求めること不可能を求めることなのです。

4 放射線と肝機能障害
(1) ワン論文について
 原判決がワン論文を採用した理由は次の通りです。「C型慢性肝炎は直接の対象にこそなっていないが、ワン論文等の放射線被曝と慢性肝炎及び肝硬変の関連性を検討した論文は、放射線とC型慢性肝炎との関係を検討する上でも十分に有用である」原判決にはこの様に合理的理由が示されています。
 旧厚生省は、1989年にC型肝炎ウイルスが発見された後に、それまでの認定の態度を180度転換させました。つまり、放射線とC型慢性肝炎との関係を否定し、本件の場合と同様の事例に関して、ことごとくC型慢性肝炎を申請疾患名とする原爆症認定を行わないという政策を取ってきています。しかしこの政策は全く非科学的なものです。なぜならば、これまで認定されてきた肝機能障害の被爆者が、C型肝炎ウイルスが発見されると突然にその発症原因のがC型肝炎ウイルスのみに起因する事となり、放射線と無関係となることなどあり得ないからです。
(2) トンプソン論文について
 医学者や科学者は、被爆者肝臓がんの増加は、被爆者慢性肝炎の発症・促進が背景となっていると理解しているのです。これらの一連の流れを捉えず、トンプソン論文の意味を孤立的に評価しようとする控訴人の理解は適切ではありません。
(3) 藤原論文について
 藤原論文前後の研究成果は、がん以外の疾患にも被曝の影響を確認してゆく流れを示しており、それが特徴なのです。さらに、同論文の価値が医学界等で広く積極的に評価されているゆえに、同論文と同様の方向性で、さらに他の研究者が藤原論文を前提として研究を進められています。

5 免疫に対する影響
 B型肝炎とC型肝炎がほぼ同様の機序で放射線による免疫機能の低下を介して肝機能障害を促進させていることが考えられることから、原判決が指摘するように、「被曝による免疫力の低下がC型慢性肝炎を発症・促進させたものと推測することには合理性を否定することはできない」ということになります。

6 まとめ
 控訴人の主張の根本的な誤りは、原爆放射線人体に対する影響が未だ科学的に未解明である事実を無視していることです。加えて、控訴人の主張には、放射線の肝機能障害への影響は確定的影響であるという考え方に依然として固執しつつ、肝臓の免疫に関する研究成果も含めて、放射線の肝機能障害への影響に関するこれまでの研究成果を分断的に捉え、一連の研究成果を連続的・総合的に捉えないという、重大な欠陥があります。
 放射線の人体に対する影響は、全身の強烈な初期放射線に加え、内部被曝の影響による肝臓の細胞への影響、遺伝子の不完全修復による影響、さらに免疫による影響の影響が考えられ、これらをめぐる研究も徐々に進歩をしています。
 以上のことを端的に申し上げれば、原爆放射線が全体的に人体の抵抗力の低下をもたらし、その結果、C型慢性肝炎を発症・促進させたと考えるのが合理的なのです。つまり、「現在の放射線被爆と肝機能障害に関する研究成果の到達点を前提としつつ、被控訴人の被爆時の状況、被爆後の行動、その後の生活状況、原告の具体的症状や発症に至る経緯等を全体的・総合的に考慮して、検討すべきである」とした原判決の判断の枠組みは、科学的で合理性のあるものといえるのです。