東数男原爆裁判
控訴審第2回口頭弁論 尾藤廣喜弁護士の意見陳述
1 本件東訴訟の代理人であるとともに、かつて、京都原爆小西訴訟及び長崎原爆松谷訴訟の原告代理人として、訴訟を担当してきましたので、本件訴訟の争点と京都原爆小西訴訟及び長崎原爆松谷訴訟の各判決における争点に関連して意見を申し上げます。
京都原爆小西訴訟は、小西建男さんが、1986年10月11日、たった1人で、しかも本人訴訟で起こした事件でした。厚生大臣(当時)の上告断念によって勝訴判決が確定したのが2000年11月22日でしたから、小西さんの勝訴まで実に14年を要したことになります。
しかし、小西さんは、厚生大臣の認定の後、約2年4ヶ月しか生きることが許されず、昨年4月15日に、亡くなられました。享年76歳でした。
小西さんが、たった1人で、しかも本人訴訟で裁判を提起した理由は、「例え、ごまめの歯ぎしりであっても、自分の苦しみが原爆の放射能による可能性は否定できるとたった一行で却下されたことについて、国に一矢報いなければ死んでも死にきれん。」「他の被爆者のためにも、認定のあり方を変えなければ。」との思いにありました。
2 その裁判の中で、国が申請した原爆被爆者医療審議会の委員であった野村武夫証人の証言で明らかになったのは、申請者の具体的な被爆状況、被爆後の行動、体内被曝の有無、被爆後の症状の推移、現在症状の表れた経過とその後の症状の推移などの検討は原則として行わず、ただ推定された被爆線量と申請病名を機械的に付き合わせるという作業をやっていたことでした。
しかも、被告らは、このような形式的な認定審査の根拠、医療審議会の「内規」を秘密扱いとしていたので、われわれがその「内規」の内容を明らかにしたものです。
3 そして、この機械的作業の根拠となった基準が「DS86」やしきい値だったのです。このDS86やしきい値論が、根本的な欠陥をもつものであったことは、既に、原審における証拠調べの中で明白になっているところであり、多くは申し上げません。
しかし、2000年7月8日に最高裁が下した松谷さん全面勝訴の判決の中でも、「DS86もなお未解明な部分を含む推定値であり、現在も見直しが続けられていることも原審の適法に確定するところであり、DS86としきい値論を機械的に適用することによっては前記〔被爆者の実態〕を必ずしも十分に説明できない」として、DS86やしきい値を排斥し、松谷さんの症状を原爆放射線によるものと認めています。
ただ、京都原爆小西訴訟の大阪高裁判決では、1審判決とは違って、残念ながら、小西さんの症状のうち、肝機能障害については、原爆放射線起因性を認めませんでした。
しかし、その理由としては、「小西さんが、C型肝炎ウイルスに罹患しているところから、小西さんの慢性肝炎の直接原因はウイルスによる可能性が高い」というだけで「肝機能障害については、放射能起因性が認められない」という誠に乱暴な立論に基づくもので、放射線被曝がC型慢性肝炎に関連した慢性肝疾患の発症や進行を促進した可能性があるか否かについてまともに検討した形跡は全くみられません。
率直に申し上げて、小西さんについては、白血球減少症について、原爆放射線起因性を認めたのであるから、C型肝炎ウイルスによる肝機能障害についての放射線起因性については、十分な判断をしなくてもよいのではないかとの考慮が働いたとしか思えません。
この点については、判決の主文が結論的に控訴人厚生大臣の控訴を棄却したため、敢えてわれわれも争えなかったものであり、先例としての価値がないことを強く指摘しておきます。
4 私は、松谷さんの最高裁判決の直後、小西さんの大阪高裁勝訴判決の直後、厚生省交渉に臨み、担当事務局に、原爆症の認定のあり方を根本的に改めるように求めました。
その際、担当事務局は、審議会の委員に原爆症認定のあり方の検討をお願いしているとのことでした。そして、その結果として、出されてきた新しい認定基準が「原因確率論」です。これによって、原爆症認定率が、制度開始の1957年から1960年代前半までは申請件数に対する認定率は80~90%台であったものが、1970年代後半からは30~50%台となり、それが1990年代後半からさらに減りつづけ、新認定基準が採用された2001年度は26%、2002年度は19%、2003年度が24%と長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決及び京都原爆小西訴訟の大阪高裁判決の後、判決の判断とは逆に、益々厳しくなっております。
5 現に、長崎原爆松谷訴訟の松谷さん、京都原爆小西訴訟の小西さんの認定された疾病について、いずれも、原因確率論を適用すれば、原爆症認定を受けることができないのであり、せっかくの両訴訟の成果を全否定するものです。
6 京都原爆小西訴訟の原告であった小西さんが、自らの生命をもって、訴えたかったこと、それは、被爆の実態に合った認定制度の運用でした。
「長すぎる裁判は、救済の拒否に等しい」と言われます。
どうか、貴裁判所におかれては、東さんが申請の成果を実感できるような早期の控訴棄却の判断を行っていただきたいことを強く訴えます、私の意見陳述を終えます。