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原爆症認定集団訴訟 広島第2陣 広島地裁判決骨子および判決要旨

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広島第2陣訴訟判決骨子 2009年3月18日広島地裁

第1

 被爆者援護法11条1項の放射線起因性の有無の判断は、1.まず、個々の被爆者の被曝の有無・程度に関係すると考えられる種々の因子について事実関係を可能な限り明らかにし、さらに、急性症状の有無・内容を考え併せ、個々の被爆者への放射線被曝の影響の程度を推認した上、2.申請疾病と放射線との関連性に関する疫学的知見等を更に勘案し、発病や疾病の進行の促進に放射線被曝が寄与したことを、通常人が納得し得る程度に合理的に説明ができるか否かを検討する方法によって行うべきである。

第2

 第1に示した方法に即して検討すると、1.原告出雲栄太郎(以下「原告出雲」という。)の慢性肝炎を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、2.原告折本武司(以下「原告折本」という。)の慢性C型肝炎を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、3.原告水原富子(以下「原告水原」という。)のC型肝硬変を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、4.原告河本謙治(以下「原告河本」という。)の熱傷後療痕拘縮を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、5.原告尾﨑勝信(以下「原告尾﨑」という。)の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分には、いずれも、放射線起因性が認められるのにそれを認めなかった点において、違法が認められる。
 これに対し、6.原告出雲の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、7.原告田中聖の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、8.原告住田成夫の肺がんを申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、9.原告折本の両眼白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分には、放射線起因性の判断を誤った違法は認められない。

第3

 厚生労働大臣は、分科会が採用する放射線起因性の判断基準や分科会における資料の収集、認定・判断に不十分な点がある場合には、判断基準の是正を促したり、自ら必要な調査を行ったりする等の措置をとるべき義務を負っている。
このような観点からみると、厚生労働大臣が原告水原の食道がん術後を申請疾病とする原爆症認定申請及び原告河本・原告尾﨑の各原爆症認定申請を誤って却下したことについては、国家賠償法上の違法が認められる。

以上

広島第2陣訴訟判決要旨 2009年3月18日広島地裁

第1 事案の概要

 本件は、広島市に投下された原子爆弾による被爆について、原告ら又は原告の被相続人らが、厚生労働大臣に対し、被爆者援護法に基づく原爆症認定申請をしたところ、厚生労働大臣が各申請を却下する処分をしたことから、原告らが各却下処分の取消しを求めるとともに、各却下処分が違法にされたことによって精神的苦痛を被った等として、被告に対し、国家賠償法に基づく損害賠償等を請求した事案である。
 本件訴訟の主要な争点は、1.放射線起因性に関する解釈、2.各却下処分についての放射線起因性の認定の誤りの有無、3.国家賠償法に基づく損害賠償請求の成否及び損害額である。

第2 争点1.について

1 被爆者援護法11条1項所定の放射線起因性に関しては、1.疾病等の発症の主要な要因が原爆放射線であること、又は、2.疾病等の発症それ自体の主要な要因が原爆放射線にあるとはいえないが、その進行の促進に原爆放射線が影響を及ぼしたことが高度の蓋然性をもって立証される必要がある。
 もっとも、いわゆる原爆後障害とされる疾病の場合、原則として、個々の症例を観察する限り原爆放射線被曝を原因として特異的に生じるような症状があるわけではないために、個々の被爆者の症状のみを観察して、放射線に起因するか否かを見極めることは不可能である。また、原爆によって発生した放射線が人体に与えた影響についての確立した科学的知見は、依然として乏しい。これらの事情に照らせば、原爆放射線と個々の被爆者に生じた疾病との関係を直接的に立証することは、極めて困難であるというべきであるから、放射線に起因した発病あるいは疾病の進行の促進が通常人の納得し得る程度に合理的に説明し得るものであることが証明されれば、高度の蓋然性をもって放射線起因性が立証されたものと認めるのが相当である。

2(1) 具体的に、放射線起因性の有無を判断するに当たっては、まず、個々の被爆者がどの程度放射線被曝の影響を受けたと推認できるかという点が問題となる。
 この点、被告は、DS86に基づいて、個々の被爆者の被曝線量を、相当程度正確に推定することができると主張する。しかしながら、DS86及びDS02は、初期放射線による外部被曝を重要視しているところ、これについてすら様々な不確定因子がある。また、残留放射線による外部被曝についても、DS86における放射性降下物の計算の前提には大きな疑問があるし、DS86における誘導放射線の線量計算も、完全に正確なものであるとは断定しがたい。加えて、DS86が行った内部被曝の線量評価では、内部被曝の影響が非常に小さいとされているが、上記の評価が、内部被曝線量を正確に計算するために必要な因子を十分に考慮した上でなされたとは考えられないし、内部被曝線量の計算に関するDS86の記載内容それ自体にも疑義がある。さらに、内部被曝の場合には、外部被曝とは異なる特有の危険性があるが、それを線量評価において数値に反映させることは不可能である。
 以上の諸点、とりわけ残留放射線による被曝線量の評価の困難性を踏まえると、個々の被爆者の被曝線量を、DS86及びDS02によって正確に計算することはできないといわざるを得ず、この計算の不確実性が、原爆放射線の人体への影響を考慮する上で、無視できるものであるとはいえない。そうすると、DS86及びDS02の線量評価をもとに個々の被爆者への原爆放射線の影響の程度を推認するという認定手法は採り得ない。

(2)ア そして、被曝線量の計算ができないからといって、放射線起因性の判断そのものを放棄することはもとより許されないことに加えて、被爆者援護法の前文からうかがわれる同法の趣旨・目的をも併せ勘案すれば、広島原爆の被爆者に生じた疾病の放射線起因性の判断の前提となるべき個々の被爆者への被曝の影響の程度の評価に当たっては、厳密に個々の被爆者の被曝線量を推定することは不可能であるということを前提としつつも、まず、現在明らかにされている様々な科学的知見をもとに、個々の被爆者の被曝の有無・程度に関係すると考えられる種々の因子に関係する事実関係、すなわち、1.原爆投下当時にいた地点と爆心地との距離(2キロメートル以内であるかどうかを一応の目安とすることができる。)、2.原爆投下当時の被爆者の遮蔽状態、3.原爆投下後に黒い雨を浴びた事実の有無、黒い雨を浴びた程度、4.原爆投下後に立ち入った地域及びその時期、滞在時間(黒い雨が多量に降雨した区域への立ち入りがあったか否か、爆心地から1キロメートル以内の区域に原爆投下後100時間以内に立ち入ったか否かを一応の目安とすることができる。)、5.外傷の有無・程度、6.その他被爆後の行動(特に飲食の状況、放射性物質に接触しやすい行動の有無)を可能な限り明らかにすることが必要であるといえる。
イ 上記のような事実関係を明らかにすることにより、個々の被爆者が一定程度の放射線に被曝した事実の有無は明らかとなるといえるが、それ以上に、上記の事実関係のもとでの被曝が個々の被爆者にどの程度の影響を及ぼすものであったかまでを正確に推認することは困難である。
 そこで、下痢、脱毛等被爆者に原爆投下後に生じたとされている身体症状に関する事実関係をも併せ勘案し、個々の被爆者への放射線被曝の影響の有無・程度を推認するのが相当である。具体的には、まず、個々の被爆者に上記のような身体症状が認められた場合、個々の被爆者の被爆以前の健康状態や被爆前後の生活環境を検討するとともに、各症状の具体的内容に着目し、身体症状が複数みられたか、各身体症状に被爆者一般にみられたとされる特徴と同様の特徴がみられたかといった点を検討して、そのような身体症状の発症や増悪が放射線によるものかどうかを確定するべきである。そして、個々の被爆者について認められた身体症状が放射線によるものであると認められる場合には、その事実から、当該被爆者への放射線被曝の影響の程度が大きかったことを推認すべきこととなる。

(3) 以上述べたところからすれば、放射線起因性の具体的な検討は、次のように行うべきこととなる。
 まず、前記1.ないし6.の事実関係をもとに、放射線被曝の有無・程度を規定する因子に関係する事実関係を可能な限り確定し、その上で、放射線に起因すると認められる急性症状の有無・内容を併せ勘案して、個々の被爆者への放射線被曝の影響の程度を推認するべきである。
 そして、上記の推認を踏まえた上で、個々の被爆者の申請疾病と放射線の関連性に関する疫学データや科学的経験則、個々の被爆者の既往歴、環境因子、生活歴、疾病の進行経過等を更に勘案した上、発病や疾病の進行促進に放射線被曝が寄与したことを、通常人が納得し得る程度に合理的に説明し得るか否かを検討するべきである。

第3 争点2.について

1 疾病ごとの判断の方法について

(1) 慢性C型肝疾患についての判断の方法
 放射線被曝が慢性肝炎から肝がんの進行に至る経過を促進するという機序は、疫学的なデータによっても、医学的な知見によっても裏付けられているといえるから、放射線被曝が慢性C型肝疾患の進行を促進し得るという科学的経験則が成り立っているというべきである。とすれば、このような科学的経験則を前提として、原告らの慢性C型肝疾患の進行が放射線被曝がなかった場合に比して急激となっていることが高度の蓋然性をもって認められる場合には、放射線起因性を肯定するべきである。その際、慢性C型肝炎の進行は一般に緩徐であって、肝硬変への進展に平均的には20年、肝がんへの進展に平均的には30年を要することを目安として参考にしつつ、各原告の発症経過や慢性C型肝疾患を悪化させる他の要因をも総合しながら検討を行うべきである。

(2) 白内障についての判断の方法
 1.各原告が原爆放射線に被曝したと認められること、2.当該原告の白内障が後嚢下から始まったこと、3.当該原告の白内障に、放射線白内障に固有の初期の特徴あるいは原爆放射線による白内障の特徴として指摘される特徴が備わっていることという条件が満たされている場合には、原爆放射線以外の要因で発症から現在までの症状を整合的に説明できるような特別の事情がない限り、白内障の放射線起因性が認められる。
 一方、上記1.ないし3.の条件が満たされず、各原告の白内障が放射線白内障か老人性白内障かが断定しがたい場合や、当該白内障が老人性白内障であると認められる場合であっても、1.当該原告の被曝状況に、2.発症の年齢、3.白内障の進行の経過、4.放射線以外の危険因子の有無・程度を併せ勘案した上、老人性白内障の進行に放射線被曝が寄与したことが高度の蓋然性をもって認定し得る場合には、白内障の放射線起因性を肯定するべきである。その際、上記2.の点に関して、老人性白内障の発症率は50歳から急増し、ほとんどすべての者が70歳ないし80歳になると老人性白内障を発症するという科学的知見が参考にされるべきである。

2 争点2.に対する個別の判断の結論

 以上の第2及び第3の1に示した点等を踏まえて、個々の被爆者について認められる事実関係を検討するに、1.原告出雲栄太郎(以下「原告出雲」という。)の慢性肝炎を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、2.原告折本武司(以下「原告折本」という。)の慢性C型肝炎を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、3.原告水原富子(以下「原告水原」という。)のC型肝硬変を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、4.原告河本謙治(以下「原告河本」という。)の熱傷後療痕拘縮を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、5.原告尾﨑勝信(以下「原告尾﨑」という。)の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分には、いずれも、放射線起因性が認められるべきであるのにそれを認めなかった点において、違法が認められる。
 これに対し、6.原告出雲の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、7.原告田中聖(以下「原告田中」という。)の白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、8.原告住田成夫(以下「原告住田」という。)の肺がんを申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、9.原告折本の両眼白内障を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分には、放射線起因性の判断を誤った違法は認められない。

第4 争点3.について

1

 厚生労働大臣が原爆症認定申請を却下する処分をした場合において、その判断が誤っていたとしても、そのことから直ちに国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受けるものではなく、厚生労働大臣が資料を収集し、これに基づき放射線起因性又は要医療性に関する事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原爆症認定申請を却下したと認め得るような事情がある場合に限り、上記の評価を受けるものと解するのが相当である。
 ところで、厚生労働大臣が放射線起因性及び要医療性の認定・判断に関して上記の注意義務を尽くしたといえるためには、単に分科会の意見に従って判断をしたというのでは足りないのであって、分科会が採用する放射線起因性等の判断基準が被爆者援護法の解釈と相容れないようなものである場合には、分科会に対して、判断基準を是正するように促すことが必要であるし、個別の申請に関する認定・判断に当たっても、分科会における資料の収集やそれに基づく認定・判断に不十分な点があれば、自ら必要な調査を行ったり、再度分科会の意見を聴取したりする措置をとることが必要であると解される。厚生労働大臣がこういった意味における職務上の注意義務を尽くさず、そのことによって誤って原爆症認定申請を却下する処分をした場合には、当該厚生労働大臣の義務違反は、国家賠償法上違法であると評価されることになるというべきである。

2 原告水原について

 分科会は、本来であれば、実際に原告水原に対して行われている治療内容に関する書類等をもとに、がんの再発があったか否かに関わりなく、原告水原の食道がんの要医療性を認め、摘出手術後における食道がんの病状に関して原爆症認定を行うべきであるとの判断をすべきであった。それにもかかわらず、原告水原の食道がんについて要医療性がないものという意見をとりまとめた分科会の審査は、不十分なものであったといえる。
 そして、厚生労働大臣は、要医療性に関する当然の法解釈を前提として、分科会における審査の内容を精査すれば、分科会が上記のような意見をとりまとめたことが要医療性についての解釈の誤りに起因することを容易に認識することができたといえる。そうだとすれば、分科会における誤った判断について何ら是正する措置をとることなく、原告水原の食道がん術後を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した厚生労働大臣の処分は、職務上通常尽くすべき注意義務に反してなされたものと認めるのが相当である。

3 原告河本・原告尾﨑について

(1) 分科会は、平成17年の時点では、内部被曝の特有の危険性に関して指摘されていた科学的知見を一概に否定するべきではなかったものといえるから、DS86を根拠に、原告河本及び原告尾﨑の残留放射線被曝を線量評価の関係でほとんど無視した分科会の判断は、不十分なものであったといわざるを得ない。また、分科会は、ケロイドあるいは老人性白内障と放射線被曝の関わりに関する知見の検討を十分に行わなかったために、ケロイドあるいは老人性白内障と放射線被曝の関わりを軽視し、原告河本のケロイドあるいは原告尾﨑の白内障の進行状態についての評価を誤ったものであるといえる。

(2) ところで、厚生労働大臣は、最高裁判所が平成12年7月18日に判決を言い渡した後においては、分科会が、DS86による線量評価を過剰に重視するような、放射線起因性に関する誤った解釈のもとに審査を行っている事実がないかどうかを適時に調査し、もし分科会が誤った解釈のもとに審査をしている揚合には、それを是正する措置を講じるべきであったといえる。また、厚生労働大臣は、個別の原爆症認定申請についての認定・判断を行うに当たっても、分科会がDS86による線量評価等を機械的に適用したり、個々の被爆者に生じた急性症状や具体的な症状経過といった要素を軽視したりしていないか否かを精査する必要があったといえる。
 しかるに、厚生労働大臣は、原告河本及び原告尾﨑の原爆症認定申請を却下する処分を行うに際し、上記最高裁判決の言渡しから7年近くの期間が経過していたにもかかわらず、分科会が前記(1)のとおりの不十分な審査しか行わずに放射線起因性を否定する意見をとりまとめたのに対し、原告河本・原告尾﨑の残留放射線被曝の危険性について分科会に再検討を促したり、自ら資料を収集して適正な認定・判断を行ったりする等の措置を何らとることなく、分科会の意見に従って両名の原爆症認定申請を漫然と却下したものであるから、厚生労働大臣は、職務上尽くすべき注意義務に違反したものであるといわざるを得ない。

4

 以上述べた諸点に、本件に現れた一切の事情等を勘案すると、原告水原については、慰謝料10万円及び弁護士費用1万円の合計11万円、原告河本については、慰謝料50万円及び弁護士費用5万円の合計55万円、原告尾﨑については、慰謝料30万円及び弁護士費用3万円の合計33万円の損害賠償がそれぞれ認められるべきことになる。その余の原告らの損害賠償請求はいずれも理由がない。

第5

 本件訴訟の提起後に、厚生労働大臣によって職権で原爆症認定がなされた疾病についての却下処分の取消しを求める訴えについては、訴えの利益が失われたため、いずれも却下を免れない。

以上