被爆者相談所および法人事務所
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原爆症認定集団訴訟 千葉第1次訴訟東京高裁判決要旨

1 DS86・DS02の限界

 DS86は、推定計算の前提条件(爆薬の数量、出力、爆発点等)に不可避的な限界があった上、原爆医療法や被爆者特別措置法が制定された当時には存在していなかった経緯に照らすと、DS86やDS02の成果は、原爆被爆者のうち推定される被曝線量から擦ればその健康被害に衝き放射線起因性が認められることになる者について、速やかに救済する上で十分活用されるべきものであるが、原爆被爆者を救済の対象から排除する根拠として用いることは相当ではない。
 のみならず、原爆放射線被爆による晩発障害の中には低線量の放射線被曝でも起こり得るものがあることが確認されつつあるが、その発症の機序はいまだ解明されていないことが認められるのであって、DS86、DS02による被曝線量の推定計算の結果だけでは賄いきれない事態が生じているといわざるを得ない。

2 放射線影響の未解明性とがんの関係

 放射線の生体に対する生化学的過程及び生物学的過程を明らかにすることは現代の生化学、生物学をもってしても容易なことではないが、放射線は生体に対し全エネルギー量としては極少量で著しい作用を呈するという特質を有することが明らかとなっており、放射線被曝により特定の疾患が発祥する精密な機序はいまだ十分明らかになっているとはいえないとはいえ、放射線がDNAにただ1つの損傷を作った場合でも障害が起こる可能性があることは動かし難く、放射線の線量がごく低いものであっても確率的に障害が起こりうることになることを直視すべきである。
 したがって、被爆者援護法10条1項所定の放射線起因性の認定基準として、爆心地から一定の距離内で放射線を被曝した者にがんが発症した場合には、放射線起因性を否定するべき特段の事情がない限り放射線起因性を肯定することにするという取扱いを定めることには相応の合理性があるというべきである。

3 がんについての考え方を非がん疾患にも及ぼすべきこと

 新審査の方針に明記されていない類型の疾患であるがん以外の疾患についても、放射線被爆によりDNA損傷が起きてがんが発症する場合に準じて考えることができる前提事実が存在するのであれば、新審査方針に明記されていない類型の疾患であるがん以外の疾患の放射線起因性についても、がんが発症する場合に準じて考えることができる。
 がん以外の疾患の発症又はその増悪について放射線被曝の影響に関する機序の解明が必要であると解するのは相当ではなく、援護法1条にいう被爆者にがん以外の疾患が発症しまたはその者のがん以外の疾患が増悪した場合において、当該疾患一般について原爆による放射線被曝がその発症または増悪に有意に寄与すると認められているということができ、かつ、新審査の方針が設定した原爆の被爆地点と爆心地との距離(爆心地からの距離が基準の数値よりもやや離れている場合であっても、新審査方針が設定した原爆の被爆地点と爆心地との距離と格段の相違がないと認められるときを含む。)という基準を満たすときには、被曝線量が一定数値のものであることが確認されていなくても、放射線被曝と当該発症または治癒能力低下による増悪との間に放射線被曝が当該疾患の発症または増悪という特定の結果発生を招来した関係が存在することが事実上推定されるというべきである。そして、厚生労働大臣において放射線起因性を否定すべき特段の事情を主張立証してその事実上の推定を動揺させない限り、放射線被曝が当該疾患の発症または増悪という特定の結果発生所招来した高度の蓋然性の証明があったとものということができるから、放射線起因性を肯定することが相当である。

4 本件一審原告らへの当てはめ

(C型肝硬変)
 1審原告高田は、長崎の爆心地から4.1キロメートルの地点で被爆したものであり、原爆の被爆地点と爆心地との距離と格段の相違ない距離において被爆したということができないわけではないのみならず、新審査方針が設定する「原爆投下より約100時間以内に爆心地から約2キロメートル以内に入市した者」という基準に合致する。
 そして、放射線被曝による肝障害は、確率的影響の範疇に分類することが相当であると考えられ、放射線被曝と慢性肝疾患及び肝硬変の発症または増悪との間に統計的な関連性が存在するということができる。
 他方、C型肝炎ウイルスに感染していることは肝硬変につき放射線起因性を否定すべき特段の事情にあたるということはできない。
 以上によれば、1審原告高田の被曝線量が高度のものでなくても、1審原告高田の血小板減少症、食道静脈瘤、肝硬変につき放射線起因性を肯定することができるというべきである。

(心筋梗塞、脳梗塞)
 1審原告田爪は、爆心地から1.7キロメートルの地点で被爆し、新審査方針が設定する「被爆地点が爆心地より約3.5キロメートル以内である者」という基準を満たす。
 放射線被曝と心筋梗塞、脳梗塞の発症または増悪との間に統計的な関連性が認められるということができ、喫煙や飲酒で調整してもその結論は変わらなかったことを認めることができるのであって、これらの疾患につき放射線起因性を否定すべき特段の事情を認めるに足りる的確な証拠はないということができる。
 したがって、1審原告田爪の被曝線量が高度のものでなくても、1審原告田爪の陳旧性心筋梗塞、脳梗塞後遺症について放射線起因性を認めることができる。

(弁護士・秋元理匡が作成 2009年3月12日)