被爆者相談所および法人事務所
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あずま数男かずお原爆裁判
控訴審結審 高見澤昭治弁護士の意見陳述

1 控訴審の弁論終結にあたり、特に当裁判所にお願いしたいことを申し上げたいと思います。
 厚生労働大臣は、原爆症認定訴訟において、いわゆる松谷訴訟最高裁判決をはじめ、本件を含めて実に連続6度にわたり裁判で敗訴しております。ところが、いままでの司法判断を全く無視し、本件でも控訴断念を強く求めたあずまさん本人の要求を退け、生存する27万人を超える被爆者の願いを踏みにじり、控訴しました。
 厚生労働大臣の本件控訴理由がいかに間違っているか、これまで提出した被控訴人の準備書面および被爆者を実際に診療している専門医師の意見書等で、すでに十分お分かりいただけたものと考えます。

2 厚生労働大臣のC型肝炎、肝硬変を患う被爆者に対する考え方は、控訴理由書の「はじめに」(7頁)に端的に示されております。その文章をそのまま引用すると、「被控訴人のC型慢性肝炎について放射線起因性があることを認めるためには、被控訴人が被爆者でなければ、現在の肝機能障害を発症させることはなかったことが立証されなければならない」ということです。
 しかしながら、そのような考え方を前提にするならば、「原爆症」という、他の一般疾病とは全く異なる特別の疾病が存在しない以上、被爆者が、たとえどのような病気になっても、それを放射線以外の原因ではあり得ないということまで立証しなければ、放射線起因性を認めないということになり、およそ原爆症と認定される被爆者は一人もいないということになります。

3 そのような矛盾した考えがどこから生まれるか、それは被爆者援護法の前文に明記されている法の趣旨・目的を無視した誤った科学性の強調と、それに基づく被爆者の切捨政策にあると言わざるをえません。
 控訴人はそうした被爆者行政を正当化する考え方を、控訴理由では次のように述べています。
「原爆症認定申請者の放射線起因性の判断は、科学的・医学的知見を離れて行うことはできないものであって、その判断に素人的、あるいは被爆者を保護すべきであるといった価値判断を入れたものであってはならない」
 私たちも科学的・医学的知見を離れて、放射線起因性についての判断を求めているわけでは決してありません。原審でも科学・医学・疫学等の文献を駆使し、専門家の証人尋問を経て主張・立証を尽くしました。
 その結果、原判決は、「人間の身体に疾病が生じた場合、その発症に至る過程においては、多くの要因が複合的に関連していることが通常であり、特定の要因から当該疾病の発症に至った機序を立証することはおのずから困難が伴うものであり、殊に、原爆放射線による後傷害の場合には、個々の症例を観察する限り、放射線に特異な症状を呈しているわけではなく、一般にみられる症状と全く同様の症状を呈するものであって、その症状をもって放射線に起因するか見極めることが不可能であることは、『人体影響1992』(甲17)の指摘するところである」と述べて、今日の科学の限界を指摘しました。「人体影響1992」は控訴人も証拠として提出している、評価の高い専門書であることは言うまでもありません。

4 一審判決をあたかも“素人的”と非難した控訴人に対し、7月13日、当審の裁判長から、次のような求釈明がなされました。
 「控訴人は、被控訴人の肝障害は、C型肝炎ウイルスにより発症したものであることが医学により解明されているから原爆症とはいえないとするもののようである。ただ、C型肝炎ウイルスに感染した人が全て肝傷害になるかといえば、そうでないことが知られている。とすると、肝障害は、C型肝炎ウイルスと他の原因が複合して発症するのだということにならないか。その他の原因というものの全てが解明されていなくても、このことに変わりはないのではないか。我々は、医学の発達により、そのような複合原因を知ることになるが、その解明が進まなくても、経験則として、未解明な状態であるときには、例えば、身体の弱い人は発症し、強い人は発症しないというように、物事を総括的にとらえて、この関係を認識してきたのではないか。原爆に被爆した場合に、このような意味で身体が弱くなり、そのために病気にかかりやすくなる(発症しやすくなる)ということは、多くの事例で経験されたことではないか。そうすると、本件においても、原爆の被爆と被控訴人の肝障害の間に関係があるということが、非科学的な見方であるとは、必ずしも言い得ないのではないか」

5 こうした疑問や考え方は誰もが抱くものであり、裁判所の求釈明はまさに問題の本質をついた、基本的なものであると考えますが、控訴人はこれに対して真正面から全く答えようとしておりません。そうした基本的・本質的な疑問を無視して、控訴人は一審で時間をかけて決着したはずの無意味な科学論争を、当審でも蒸し返しているにすぎません。
 厚生労働大臣が、自分に都合のいい専門家の意見だけを取り入れ、科学性を装いながら被爆者を切り捨てる背景として、被爆者の内のわずか2000名、0.7%だけを原爆症と認定するという予算枠に縛られていることや、米国の核政策への配慮に加え、その根本には、被爆の実相に対する無知と、原爆被害を軽視する姿勢があることを指摘せざるをえません。

6 原子爆弾の投下によって、どのような事態がこの世に生じたか。それを再現してみることはできませんが、私たちは原審でさまざまな写真や文献を用いて論証を試みました。
 詳しくは原審最終準備書面を読んでいただくとして、「千の太陽よりも明るく」と形容される火球、それによってもたらされた高圧の衝撃波、7000度を超える熱線と熱風、おびただしいガンマ線、中性子線などの放射線の放出と拡散。その結果、昭和20年8月9日、浦上上空約500メートルで炸裂した一発のプルトニウム原子爆弾によって、死亡者7万3000人余、負傷者7万6000人が生じ、長崎市発行の「原爆と長崎」によれば、昭和25年10月までに、実に12万2000人が死亡したと推定されております。
 被控訴人のあずまさんが勤労動員で働いていて被爆した三菱兵器工場大橋工場は、残された写真を見れば分かるように、鉄筋だけを残し壊滅しました。
 かろうじて生き延びたあずまさんが、傷を負い、大量の初期放射線を全身に受け、さらに救援列車に乗るまで、放射性降下物と誘導放射能による残留放射線を浴びたことは、その後あずまさんを襲った、脱毛、下痢、嘔吐、発熱などの典型的な急性症状の数々(これはABCCが作成したあずまさんについての記録に明記されています)を見ても明らかで、その苦しみや悲惨さは同じ大橋工場で被爆し、早くに原爆症と認定された山口仙二さんが、一審の証拠保全の際に証言されたとおりです。

7 現判決は、「原子爆弾による被害は未曾有なものであり、他に例を見ない悲惨なものであって、多くの被爆者は、莫大な量の初期放射線を全身に被爆したことに加え、残留放射能を被爆しており、その後も放射線による後傷害の不安を抱き続けるという、極めて特異かつ過酷な状況に置かれているものである」という理解を示しました。
 短い文章ではありますが、これを読んだ全ての被爆者は、裁判官が被爆の実相を理解し、原爆被害を正確に捉え、さらに被爆者の肉体的・精神的苦しみをしっかりと受け止める姿勢を示してくれたことに、深く感動し、感謝の思いを表明しております。
 ところが、控訴人はこうした被爆の実相や現に被爆者が受けた被害を無視し、単純に実験で得られたDS86などの放射線量推定式を用いて、爆心地からの距離に応じて申請者の被爆地点における被爆線量を評価し、遮蔽物の有無により一定の係数を掛け、実態とかけ離れた誘導放射能による被爆線量を加えて、機械的に被爆線量を割り出し、特定の部位に生じた疾病毎にどれだけの線量を浴びれば放射線の影響はある、それ以下ならないといった、「認定基準」を形式的に当てはめ、あずまさんのような被爆者の原爆症認定申請を却下し続けているというのがこれまでの実態でした。
 これに対して、原判決は、「原爆放射線に対する影響の有無を検討、判断するにあたっても、被爆した特定の部位に現れる影響にとどまることなく、身体に対する全体的、総合的な影響を把握し、理解していくことが相当である」という判断を示しました。
 厚生労働省の被爆者認定行政は、非人間的なばかりか非科学的であると厳しく非難されるのは当然であります。

8 次に、控訴人は科学性を過度に強調すると同時に、「高度の蓋然性」という言葉を、法廷の内外で、被爆者を切り捨てる論理として用いております。
 控訴人は、あたかも「一点の疑義も許さない自然科学的証明を要する」かのような主張をしていますが、それは松谷最高裁判決に照らしても完全に間違っており、控訴人の行為は犯罪的と言わざるを得ません。
 「高度の蓋然性」については、「その立証は、一点の疑義を許さない自然科学的証明ではな」く、「経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とする」というのが、正しい理解です。
 原判決は、高度の蓋然性についての正しい理解の下に、「原告の肝機能障害が放射線起因性を有するか否かを判断するに当たっては、原告が原爆放射線を被曝したことによって上記の疾病を発症するに至った、医学的、病理学的機序についての証明を直接検討するのではなく、放射線被曝による人体への影響に関する統計学的、疫学的な知見を踏まえつつ、原告の被爆状況、被爆後の行動やその後の生活状況、原告の具体的症状や発症に至る経緯、健康診断や健診の結果等を全体的、総合的に考慮したうえ、原爆放射線被爆の事実が上記疾病を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを検討することが相当である」という判断を示しました。

9 厚生労働大臣が原爆症認定行政において考慮すべきことが具体的に示されており、その結論とともに被爆者が納得できる内容であると評価されております。
 この世に地獄をもたらした原爆投下から、来年は60年という節目の年にあたります。被爆者は自分たちのような苦しみを二度と他の人に味わって欲しくないと、心から核廃絶を願い今日を迎えております。
 当裁判所におかれましては、16歳で被爆し、60年間、病気に苛まれながらどうにか今日まで生き延び、今やC型肝炎が進行し、肝臓癌で病床に伏せる毎日を送っているあずまさんに対し、一刻も早く控訴棄却の判決を下されるよう切望します。
 それと同時に、被爆国であるわが国の被爆者行政を、真に被爆者を援護するものに転換させ、C型肝炎や肝硬変などに苦しむ、高齢化した多数の被爆者を早期に救済するために、判決の理由中で厚生労働大臣の原爆症認定のあり方や、認定の際に特に配慮すべき事項などをお示しいただき、核廃絶を願うすべての被爆者が心から納得でき、生きることに勇気を与えられるような判決を下されますよう、特にお願い申し上げて弁論を終ります。