被爆者相談所および法人事務所
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あずま数男かずお原爆裁判
控訴審結審 中村尚達弁護士の意見陳述

1 私はかつて、長崎地方幾判所、福岡高等裁判所、そして最高裁判所において12年の永きにわたり原爆症認定を求める闘いを続け、勝訴判決を勝ちとった長崎原爆松谷訴訟の弁護団の一員であった。現在は全国12カ所の裁判所で展開されている原爆症認定集団訴訟の長崎弁護団の一員でもある。
 そして私自身も3歳の時、両親とともに長崎で被爆した被爆者の1人である。爆心から約3キロで直爆をうけた私の父は、19年前食道癌により死亡した。私の父の食道癌による死が原爆放射線によるものとの医学的証明がなされた訳ではなく、そこは判然としない。しかし、被爆直後の数日間、水のような下痢が続き、その後も約20年間原因不明の数々の疾病をかかえていた。私はひそかに父の死も原爆放射線によるものであると確信している。

2 私の父に限らず、被爆者がかかえている健康障害というものは、被爆者に特有なものではなく、非被爆者にも普通に見られる疾病であるというところに原爆症認定の困難さがある。本件訴訟の東数男氏の肝機能障害についても同様である。
 被爆者のかかえている苦しみというものは、認定申請にかかる疾病のみではない。被爆後59年にわたり数々の健康障害に苦しみ、それが例えば結婚の障害となり、生活の基盤となるべき職を奪い、あるいは家族の離散、家庭崩壊に至るという、深刻な問題をすべての被爆者がかかえていると言っても過言ではない。
 原爆症の問題を考える時、私は厚生労働省のお歴々に声を大にして問いたい。あなた方は一度でも真剣に被爆者の苦痛の叫びを聞いたことがあるのか。理解しようと努カしたことがあるのか。原爆被害のすさまじさについても、単に死傷者の数であるとか、通り一遍の残酷さとかでもって、これが原爆被害であると、したり顔で言ってほしくない。数万人の被爆者がいれば、そこには一つ一つ異なる数万例の原爆被害というものがある。1人の被爆者がここにいれば、その人の生れ育ってきた人生があり、家族という絆があり、地域杜会や職場でのその人の生活や夢や希望があり、人との結びつきがある。原子爆弾はそのような人間としての存在を根こそぎ奪い去り、あるいはその人の人生を根底からくつがえしてしまったのである。そのような原爆被害の真の実態の理解の上に立たなければ、原爆症認定の問題を語る資格はないと考える。別の言い方をするならば、法律の解釈にあたっては、当該法律を生み出した生の具体的な社会的事実に遡って、法が何を意図し、その法の適用をうける国民が何を求め、何を必要としているかを見据える必要がある。その意味で被爆の実相をおいては、適正な法解釈はあり得ない。このことを当裁判所におかれても十分にご理解願いたい。

3 ところで前述したとおり、私たちは長崎原爆松谷訴訟において、地裁、高裁、最高裁における勝訴判決を勝ちとることができた。これは全国各地約150名の代理人弁護士及び多方面にわたる科学者の献身的な英知の結集と、すべての被爆者及び約1万名に及ぶ支援する会の会員に支えられた運動の成果であった。
 最高裁判所において上告棄却の判決を勝ちとった時、私たちは、これで厚生省の認定基準は崩壊した、これで全国の数々の疾病に苦しむ多くの被爆者が救済されると信じた。ところが、あに図らんや、その後も厚生省の被爆者切り捨ての認定行政は何らの変化も見られなかった。
 厚生労働省の認定基準が否定されたのは、この松谷訴訟に止まらず、その後の京都小西訴訟一、二審判決、並びに本件あずま訴訟の東京地裁判決においても同様であった。そして今なお、全国12カ所における原爆症認定集団訴訟においても被告厚生労働大臣は、既に徹底的に論破しつくされたはずのDS86と閾値論の焼き直しにすぎない原因確立論を持ち出し、以前より増して認定の枠を狭め、いたずらに争いを続けている。6度にわたる司法的判断を無視し、旧態依然とした論法をもって争いを続けることが、果たして許されるのか。これは三権分立の本来の理念に背く、行政による司法の軽視と言わずして何であろう。
 本日結審を迎えたこの法廷においても、厚生労働大臣の認定基準の非を徹底的に糾弾する判決を下されたくお願いするものである。

4 最後に、本件訴訟は今全国で闘いを進めている162名の原告被爆者、これをとりまく約27万名のすべての被爆者、さらには核兵器の廃絶と被爆者の救済を願う全国の広汎な人々が注目し、かたずをのんで見守っている。反原爆の闘いの歴史のぺージに刻み込まれるべき重大な訴訟であることを当裁判所においても再認識していただき、勇断をもって厚生労働大臣に鉄槌を下す判決を下されることを心から切望して私の意見陳述とする。