被爆者相談所および法人事務所
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原爆症認定集団訴訟 大阪高裁判決骨子および要旨

判決骨子 (5月30日、大阪高等裁判所)

1 DS86や原因確率には、問題点が含まれており、原爆症認定にあたっては、残留放射線による被曝や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で、当該申請者の被曝状況、急性症状の有無や経過、被曝後の行動やその後の生活状況、疾病等の具体的症状や発症に至る経緯、健康診断や検診の結果、治療状況等を全体的・総合的に把握した上で、原爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できるか否かを個別に判定すべきである。

2 以上のような個別判定の結果、1審原告らは、本件各却下処分当時、いずれも原爆症認定申請に係る疾病にっいて、放射線起因性及び要医療性の要件を具備していたものと認められるから、1審被告厚生労働大臣の本件各却下処分は違法であり、これを取り消すべきであるから、その控訴は理由がない。

3 1審被告厚生労働大臣が本件各却下処分をするについて、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとまではいえないので、1審原告らの1審被告国に対する国家賠償請求は理由がなく、その控訴も理由がない。

判決要旨 (5月30日、大阪高等裁判所)

1 放射線起因性の判断基準について

 被爆者援護法は、原爆症認定を受ける要件として、放射線起因性と要医療性を必要としている。その立証は、通常の民事訴訟と同様であるが、これまでの調査研究の結果によっても個々の疾患等と原爆放射線との関係(起因性)を証明することは不可能であり、とりわけ低線量被曝領域における人体への影響の有無や機序等についてはいまだ帰一した基準が定立されているとはいえず、個々の被曝線量の推定についても必ずしも正確に行える状況にあるとまでは判断できないことと、国の責任において、高齢化の進行している被爆者に対する総合的な援護対策を講じようとする被爆者援護法の趣旨を勘案すれば、放射線起因性の判断にあたっては、放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係(専ら又は主として放射線が起因している場合のほか、他要因が影響している可能性が否定できない場合においても、他要因が主たる原因と認められない場合を含む。)を立証の対象とするのが相当であり、その立証方法は、疾病等が発生するに至った医学的、病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく、被曝状況、急性症状の有無や経過、被曝後の行動やその後の生活状況、疾病等の具体的症状や発症に至る経緯、健康診断や検診の結果、治療状況等を全体的・総合的に把握し、これらの事実と、放射線被曝による人体への影響に関する統計学的、疫学的知見等を考慮した上で、原爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できる場合は、放射線起因性の存在について、高度の蓋然性をもって立証されたものと評価するべきである。
 厚生労働省が原爆症認定の審査の目安としている「審査の方針」は、日米の委員会がコンピュータによる数値計算を主体とする新たな線量評価システムによって策定したDS86に依拠したものであるが、DS86及びその後再評価が行われたDS02は、相応の合理性を有する優れたシステムであるということができるものの、シミュレーション計算を主体として構築されたシステムにより広島原爆及び長崎原爆の爆発による初期放射線の放出等の現象を近似的に再現することを基本的性格とするものであって、広島・長崎でみられた強烈な爆風や苛烈な熱線が引き起こした大気の変化などが十分に反映されたとはみられないこと、残留放射線の評価についても、原爆投下後かなりたってからの一定地域での測定を基礎として行われているものであって、原爆投下直後の放射線を大量に浴びた多数の死者や重傷者を含む膨大な被爆者の存在、遺体の収容や負傷者の看護等の実態がシミュレーション上考慮された形跡がないなど、それ自体に内在する限界が存することに加えて、残留放射線の測定結果や遠距離被爆者にみられた急性症状などからして、その計算値が少なくとも爆心地から1300m以遠において過小評価となっている疑いがある。
 また、放射性降下物による被曝や内部被曝の可能性も考慮されなければならない。そうすると、被曝線量の算定において、DS86又はDS02の計算値をそのまま機械的に適用するのは相当でなく、被曝状況等について、先のような総合的判断が必要である。
 審査の方針は、放影研の疫学調査の結果を整理して作成した疾病ごとの被曝線量と被曝時年齢及び性別によって原因確率が求められるようにした原因確率表に基づいて、被爆者ごとの原因確率を求め、10%未満の場合は放射線起因性が低いものと推定し、概ね不認定としているようであるが、原因確率表自体が現存する最良のものであるとしても、その表に当てはめられる推定被曝線量が過少評価されていれば、原因確率も低く算定される上に、疾病の発生が放射線に起因するものである確率を示すものにすぎない原因確率によって、個々人の疾患等の放射線起因性を規定することにも問題がある(例えば、原因確率5%という場合、10人全員が5%の過剰リスクを負っていた場合もあるし、10%の者が5人で他は0%の揚合もあり、審査の方針のいう10%を超える者であるか否かは、個別の審査でなければ判定できない。)。したがって、原因確率表を機械的に適用して、それのみによって放射線起因性を否定するのは妥当ではなく、先に述べたような総合判断が必要である。

2 1審原告らに対する個別判断

(1)深谷日出子
 深谷(被爆時18歳)は、85%が死傷した広島赤十字病院の木造寄宿舎(爆心地から約1.5キロメートル)内でガラス越しに被爆し、眼に閃光を受け、かつ、建物の下敷きになって負傷したこと、爆心地に近い場所での死傷者の看護等の被爆後の行動、下痢・脱毛等放射線による急性症状として説明することが可能な症状を発現していることなどからして、深谷が白内障を発症する可能性のある原爆放射線被曝を受けた可能性は否定できないところ、原爆白内障は爆心地から1.6キロメートル以内では発生頻度が高いこと、原爆被爆者の放射線被曝と水晶体所見の関係において遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとする見解があること、糖尿病性白内障又は老人性白内障の可能性も否定できないものの、それのみによって、あるいはそれが主因となって発症したことを裏付ける資料は存在しないことなどの事実関係からすれば、深谷の左眼白内障について放射線起因性を肯定すべきである。

(2)葛野須耶子
 葛野(被爆時15歳)は、長崎爆心地から約3.3キロメートルの自宅内で被爆したものであるが、同所は長崎で最も降下核分裂生成物等が多く、強い残留放射能が認められた西山の南端からは300~400m程度の位置にあること、爆心地付近で被爆した者との接触、遺体処理等の葛野の被爆当日やその翌日の行動、被爆の前後で葛野の健康状態に質的な変化がみられたこと等からすれば、葛野が放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性があり、被曝時年齢からして放射線感受性が高かったと考えられること、放射線との関係が肯定しうる乳がんにも罹患していること、甲状腺機能低下症をもたらすような有力な原因も見あたらないことなどからすると、葛野の甲状腺機能低下症については放射線起因性を認めるのが相当である。

(3)小高美代子
 小高(被爆時20歳、妊娠5か月)、広島爆心地から約1.9キロメートルの木造家屋内で被爆して負傷したこと、被爆後の行動経過、出血傾向・脱毛・嘔吐など放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発現していること、被爆の前後で健康状態に質的な変化がみられること、さらには、被爆時胎児であった長女が45歳ころ子宮がんで全摘手術をするなど胎児被曝を窺わせるに足りる状況であることなどからして、小高が初期放射線のほかに、残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ、甲状腺機能低下症(橋本病)について、被爆者において発生頻度が有意に高い上、特に被曝線量別では低線量群が、年齢別では若い女性に多かったとする調査結果が出されて、原爆放射線被曝との有意性が承認されていることからして、小高の甲状腺機能低下症(橋本病)は、加齢等の自然経過が影響しているとしても、それが主たる原因であるとすべき的確な資料はなく、放射線起因性を肯定すべきである。

(4)甲斐常一
 甲斐(被爆時20歳)は、入市被爆者であるが、陸軍衛生兵として、爆心地直近などにおいて従事した負傷者の救出や死体の処理作業等の活動内容、任務遂行中の歯茎からの出血、体のだるさ、白血球の減少など、放射線被曝による急性症状として説明可能な症状が見られたこと、原爆投下前には健康体であったのが、入市後、長期間にわたり体のだるさや体調不良が続いていること等を併せ考えると、残留放射線の被曝のほか、誘導放射化した物質の体内取り込みの可能性も十分考えられ、有意な放射線の影響が確認されている膀胱がん等にも罹患していることからすれば、甲斐の喫煙歴や家族歴等を考慮しても、甲斐の循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全、脳梗塞後遺症、高血圧症及び慢性虚血性心疾患)は、原爆放射線被曝も影響して発症したか、それにより進行を促進された可能性があり、放射線起因性を肯定するのが相当である。

(5)川崎紀嘉について
 川崎(被爆時19歳)は、原爆投下翌日に軍命により広島爆心地付近に入市した被爆者であるが、爆心地周辺での遺体処理作業等の活動内容、処理作業終了後激しい下痢に見舞われ、行動を共にしていた隊長がそのころ頭髪が抜けて急死したこと、被爆の前後においてその健康状態に質的な変化がみられたことなどからすると、誘導放射化した物質を体内に取り込んだ可能性は十分に考えられ、川崎の申請疾患である貧血に鉄欠乏が関与していることは否定できないが、放射能物質を吸入したことによる骨髄(造血)機能障害の大きな要因として働いて、貧血を発症させ、あるいはそれにより進行を促進された可能性も少なからずあるとみるのが合理的かつ自然であり、放射線起因性を肯定するのが相当である。

(6)木村民子、井上正巳、佐伯俊昭及び美根アツエについても放射線起因性が認められたが、本年4月以降の新基準に基づく見直しにより、厚生労働大臣が原爆症認定を行ったので、省略する。

(7)結論
 以上のとおり、1審原告らにっいては、すべて放射線起因性が認められ、かつ、要医療性も認められるから、放射線起因性はないとした1審被告厚生労働大臣の本件各却下処分は違法であり、取消しを免れない。

3 1審原告らの国に対する損害賠償請求

 1審被告厚生労働大臣の却下処分は、現実の被爆実態からみて限界があることが否定できないDS86に依拠した推定被曝線量あるいは原因確率等にこだわり、申請者それぞれの個別的事情を軽視した結果であり、違法として取消しを免れなかったものではあるが、DS86等は国際社会で放射線防護の基礎として活用される精度を有した方式であり、放影研の疫学調査に基づいて作成された原因確率及びしきい値も、当時得られた統計の分析結果や科学的知見に基づいて算出された寄与リスクを表すものとして、相応の合理性を有するものであることなどからすると、多数かつ迅速性を要する原爆症認定に際して、これらを目安としたことが一概に不合理であるとまでは極め付けられず、1審被告厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各却下処分をしたとまではいえないから、国家賠償請求は理由がない。