被爆者相談所および法人事務所
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原爆症認定集団訴訟 東京訴訟 高見澤昭治弁護団長の意見陳述

(1) 審理を始めるにあたって、本件訴訟の意義と、被告および裁判所に望むことを申し上げます。

(2) まもなく広島・長崎に、アメリカによる人類最初の原爆投下から、58年目の夏が巡ってまいります。それまで経験したことのない閃光と、巨大なきのこ雲の下に、この世の終りとも思える惨状が拡がりました。その結果、一瞬にして、恐るべき多数の市民が死に、生き残った被爆者もまさに生き地獄を経験したあと、58年を経た今もなお、原爆による疾病に苦しみ続けております。
 ただいま、二人の原告がその一端を申し述べましたが、その惨状と苦しみは、筆舌に尽せないほどであり、体験しないものには決して分かってもらえないというのが被爆者のみなさんの、共通の思いであると言われています。
 このアメリカの原爆投下が、不必要な苦痛を与えることを禁止し、無差別攻撃を禁止したハーグ陸戦法規等に違反することは東京地方裁判所のいわゆる下田判決も明らかにし、また核兵器が人道に反する違法な兵器であることは国際司法裁判所の国連総会に対する勧告的意見でも明確にされております。これは世界の世論であり、核の廃絶は被爆者の強い願いであると同時に、人類の生存をかけた悲願であるといってよいと思います。
 被爆国日本は、本来であるならば、原爆の被害を世界に訴えて、核のない平和な社会を築くために全力を挙げるべきであるのに、こともあろうに、核の存在を容認し、米国の核兵器に依存する政策に固執してきました。そのことがこれまでの原爆行政に反映し、それが本件で問われている原爆症認定行政に端的に現れているということができます。

(3) 私は、長崎のいわゆる松谷訴訟と京都の小西訴訟に関わらせていただきましたが、政府は過酷な被害を被った被爆者に手厚い援護の手を差し伸べ、国家補償の立場で最大限の救済を図るべきところを、逆に原爆の影響をできるだけ小さく見せかけ、被爆者を切捨てることに汲々としている実態が裁判で明らかになりました。
 しかも厚生労働省はこれらの訴訟で、最高裁を含めた5度にわたる判決でことごとく敗訴し、認定行政のあり方について抜本的な改善を迫られながら、驚くべきことに、「原因確率」という一見科学的であるように装った、不合理かつ非人間的な新たな認定基準をつくり、それまで以上に認定を厳しくし、被爆者の切捨てを続けております。

(4) このままでは放射線に起因する疾病に苦しむ個々の被爆者が救われないばかりか、このような認定行政を許しておくならば、わが国が巨大な核保有国であるアメリカに追従し、近い将来、核の使用を容認するような事態を迎えることになるのではないかと恐れています。
 本件被爆者集団訴訟は、そうしたわが国の原爆行政を変えようとする被爆者の願いと、核のない平和な世界の実現を求める多くの市民の熱い思いに支えられて、これまでに全国9ヶ所の裁判所で提起されました。さらに多数の提訴希望者がおり、わが国の認定行政が変らない限り、各地で提訴者は今後も増えつづけざるを得ないと考えております。

(5) ところが、被告厚生労働省は理不尽で、非人間的な認定行政を変えないばかりか、本件訴訟にあたっても極めて不誠実な対応に終始しております。5月27日に提訴を受け、2ヶ月も経過するのに、被告の出した答弁書はわずかに1行「原告らの請求を棄却することを求める」というものです。50頁を超える原告らの請求の原因については、認否すらしていません。
 先日の名古屋地裁での同種訴訟では1ヶ月以上前に、請求の原因に対する認否・反論を含めた24頁に及ぶ答弁書を提出し、さらに第1回期日までに総論部分に対する本格的な準備書面まで提出しております。なぜこのような対応の違いをみせるのか。単に原告数が違うということでは理解しがたい、本裁判所に対する訴訟引き伸ばしの意図を感じざるをえません。

(6) 本件原告である右近さんは、厚生労働省によって申請を却下された悪性リンパ腫によって、提訴後亡くなられました。提訴直前には、裁判を希望しながら2名が亡くなっております。本日の法廷に参加できない原告らも、病状の悪化のために出廷したくてもできない状況にあるというのが実態であります。
 そうした原告らを前に、被告国および厚生労働大臣のこのような応訴態度は、非人間的であるばかりか、まさに犯罪的であるといわざるをえません。私はハンセン病国家賠償訴訟を振り返り、法律家としての人権感覚や正義感を失った国の指定代理人の訴訟活動について、書籍に実名を挙げて指摘させてもらっていますが、高齢者である原告らを、これ以上いたずらに苦しめる応訴態度は、即刻、改めていただきたい。

(7) 最後に、裁判所に特にお願いしたいのは、なによりも原爆によってもたらされた被害の特異性・重大性と、被爆者が現におかれている過酷な状況に思いを致すとともに、立証の程度については、現代の科学では放射線による人体への影響についての解明には限界があり、未知の部分が大きいことをご理解いただきたい。
 そして被告の引伸ばし戦術に惑わされることなく、迅速な審理を遂げ、誤った行政を正すことによって高齢を迎えた被爆者を一日も早く救済するために、行政に追従することなく、真の司法の権威を発揮し、原告を始め国民のだれもが納得し賞賛できるような、歴史に残る判決を早急に下されるよう切望して、私の意見陳述とさせていただきます。