原爆症認定集団訴訟 東京第3次訴訟 東京地裁判決要旨 2011年7月5日
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第1 事案の概要(判決書15頁)
原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)1条に定める被爆者24名(以下「被爆原告ら」という。)は、平成17年から平成18年に、厚生労働大臣に対し、原子爆弾の放射能に起因して負傷し又は疾病にかかり、現に医療を要する状態にあるなどとして、被爆者援護法11条1項に定める厚生労働大臣の認定(以下「原爆症認定」という。)を受けるための申請(以下「原爆症認定申請」という。)をしたが、いずれも却下された。そこで、上記24名のうち23名及び残り1名(訴え提起時までに死亡)の相続人1名の合計24名が原告となり、処分をした行政庁である厚生労働大臣の所属する国を被告として、それぞれ上記却下処分の取消しを求めたのが本件事案である。
なお、訴訟係属中に、原告となった被爆者の死亡により、当該被爆者の相続人1名が訴訟を承継した。
第2 主文(判決書14頁)
- 別紙主文関係目録1記載の各原告に係る訴えを却下する。
- 厚生労働大臣が別紙主文関係目録2記載の各原告ないし承継前原告に対してそれらの者に係る別紙一覧表(添付略)(東友会注:この一覧表は掲載しません)の「却下処分日」欄記載の日にした被爆者援護法11条1項の認定の申請の却下処分をいずれも取り消す。
- 別紙主文関係目録3及び4記載の各原告の請求をいずれも棄却する。
- 訴訟費用は、別紙主文関係目録1、2及び4記載の各原告ないし承継前原告に生じた費用の全部と被告に生じた費用の24分の20を被告の負担とし、同目録3記載の各原告に生じた費用の各全部と被告に生じた費用の各24分の1を当該各原告の負担とする。
- 【主文1ないし3についての概略説明】
-
- 取消しを求められた24の却下処分のうち8については、既に厚生労働大臣が自らこれを取り消し、それら処分に係る被爆者につき原爆症認定をしたことから、もはや処分の取消しを求める利益がなくなっている。したがって、それら8の処分についての取消しを求める訴えは却下する。
- 取消しを求められた24の却下処分のうち12(ただし、そのうちの1については複数の申請疾病のうち脳梗塞に係る部分に限る。)については、原爆症認定の要件を満たしていたにもかかわらず厚生労働大臣がこれを却下したものであって、違法であるから、それらの却下処分をいずれも取り消す。
- 取消しを求められた24の却下処分から前記1及び2に係るものを除いた残り4及び取消しを求められた24の却下処分のうち前記2で一部を取り消したものの残りの部分(褄数の申請疾病のうち脳梗塞に係る部分を除いたもの)については、原爆症認定の要件を満たしていたものとまでは認められず、却下処分は適法であるから、それら却下処分の取消しを求める請求をいずれも棄却する。
第3 争点(判決書32頁)
1 本案前の争点
訴えの利益(主文1関係。判断の概略については前記のとおり)
2 本案の争点
(1) 原爆放射線起因性の判断の在り方
(2) 被爆原告らの被爆状況
(3) 被爆原告らの申請疾病の発症の有無(被爆原告らのうち1名について)、申請疾病の原爆放射線起因性(被爆原告ら全員について)及び要医療性(被爆原告らのうち2名について)
なお、「原爆放射線起因性」及び「要医療性」は、いずれも原爆症認定の要件である。すなわち、原爆症認定については、1)被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか、2)現に医療を要する負傷若しくは疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか、又は同負傷若しくは疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって、その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため同状態にあること(原爆放射線起因性)が必要である。「申請疾病」は、原爆症認定申請において原爆放射線起因性があるものとする認定が求められている疾病である。
第4 争点2(1)(原爆放射線起因性の判断の在り方)についての判断の概略(判決書279頁~302頁)
1(1) 行政処分の要件として因果関係の存在が必要とされる場合に、その拒否処分の取消訴訟において被処分者がすべき訴訟上の因果関係の立証の程度は、特別の定めがない限り、通常の民事訴訟における場合と異なるものではない。それは、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りる(最高裁平成12年7.月18日判決等参照)。
(2) 被爆者援護法の前身である原子爆弾被爆者の医療等に関する法律は、原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであること等を基礎として、いわゆる社会保障法としての配慮のほか、実質的には国家補償的配慮をも制度の根底にすえて、被爆者の置かれている特別の健康状態'に着目してこれを救済するという人道的目的の下に制定されたものと解するのが相当であるところ(最高裁昭和53年3月30日判決参照)、被爆者援護法も、上記と同様の基礎に立って制定されたものであることは明らかであり、かつ、それに加えて、被爆者の高齢化と.いう事実にも着目し、既に原子爆弾の放射線に被ばくしそれによる特殊な健康被害の要因を有する人体について高齢化による健康状態の低下という別の要因と競合する状況にあることをも前提とするものであると解される。そうすると、訴訟において原爆放射線起因性の証明がされたということがてきるかどうかを判断するに当たっては、被爆者援護法がその制定に当たって基礎としたと解される上記のようなところを踏まえ、同法の目的及び趣旨を損なうことのないように、経験則に照らして全証拠を十分慎重に総合検討することが必要とされるものというべきである。
2 上記の証明に係る原爆放射線が人体に及ぼす影響については、これに関係する各種の知見に関し、次のような特殊性に留意する必要があると考えられる。
(1) 訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たって、各個人の具体的行動その他の状況等の被爆の実情や、被爆直後からの身体の状態の推移等を総合検討の対象から排除すべき理由は見当たらない。そして、放射線の物理的な性質等に関する一般的な知見を推論に用いるに際しては、その前程となる各般の事情に係る情報の量や詳細さ等のいかんを適切に考慮することが必要であると考えられる。
(2) 広島及び長崎における原子爆弾の使用は、国際的な武力紛争の一環としての戦闘行為において人を殺傷し物を破壊する手段として日常の生活環境でこれが行われた唯一の例であるが、現実の爆発の正確な状況等については直接には把握されていない。核実験や放射線事故と原子爆弾の爆発とが事情を異にするものであることは否定し難い。そして、原子爆弾の爆発について、当時の状況の再現は不可能である。
(3) 原爆放射線の被ばくにおいては、初期放射線、放射性降下物による放射線及び誘導放射線の3種類が複合的に作用し、また、ガンマ線、中性子線、アルファ線、べ一タ線といったそれぞれ異なる性質を持つ放射線が複合的に作用し、さらに、外部被ばくのみならず内部被ばくも起こり得たことや、放射性核種にも多様なものがあり得たことなおを指摘することができる。訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、これらの原爆放射線の放射の実態及びその人体への影響につき十全に把握し考慮する必要があるものと考えられる。
(4) 原爆放射線の放射の実態を解明する上で必要とされる資料については、限定されたものが断片的に残されているにとどまり、また、今日の科学的知見からすれば、データの収集方法や検査方法等に疑問を差し挟む余地があるものなども見受けられないではない。
また、例えば、初期放射線の影響の程度の検討に関連する要因につき、関係地域における詳細が明らかとされているわけではなく、放射性降下物の降下範囲についても詳細は知られていない。被爆後の自然的事象等により、被爆時の状況を、調査が実施された時期において、既に十全に把握することが困難となっていたおそれも指摘されている。
(5) 一般論として、放射性微粒子がごく微量でも細胞更には人体に相当の影響を及ぼす場合があり得ること自体はにわかに否定することができない。
そして、DNAの損傷等による人体への傷害は、その後の体内での様々な生体反応を経て、長期間を経過して、組織的病変として発することがあるとされ、その間には、他の様々な外部的要因が人体へ作用し得るとともに、加齢といった時の変化自体による要因も作用してくると考えられる。
(6) 上記のような経過により発する放射線後障害に係る疾病は、放射線被ばくのない場合に発する疾病と比較して、非特異的なものであるとされる。
また、放射線被ばくの態様等の差異が、直ちに結果として発する放射線後障害に係る疾病と特異的に結びつくとは認められない。
被爆者個々人については、放射線後障害に係る疾病が長期間を経過して顕在化することが多くみられるところであり、加えて、症状が非特異的なものであることから、当該症状と原爆放射線の被ばくとの関連性の存在を顕著に示唆するということができるような証拠が直ちには見当たらないとしても、それにはやむを得ないところがあるものと考えられる。
(7) 原爆放射線が人体に及ぼす影響については、これまで、主として疫学的方法により研究が継続されてきた。
一般に、特定の事実の後に発生し当該事実との間に原因結果の関係に相当する発生の連続性ないしは規則性がみられる他の事実が複数存在する場合において、当該他の事実のうちの一つにつきその発生の客観的な頻度が小さいとの一事をもって、その事実と先行する事実との間の原因結果の関係が否定されるものではない。
その上で、例えば、対象となる事象が様々な規模に及び複合的であることや、資料が限定されていることは、そもそも疫学調査におけるコホートの作成に当たって考慮されるべき基礎的な事情につき調査の結果の評価に当たり留意すべき要素があることを意味する。特に、ABCC及び放影研による疫学調査については、放射線による疾病の発症に係る超過リスクが現れにくいという問題点が指摘されている。
(8) 原爆放射線が人体に及ぼす影響については、徐々に解明されてきたが、急性症状の評価や残留放射線による被ばく及び内部被ばくによる影響等といった少なくない点において、専門家の見解が分かれている現状にあり、現段階においてもなお研究は継続されている。そして、将来それが更に進展して解明が進めば、従前疑問とされてきたものが裏付けられる可能性もあり、それが小さいと断ずべぎ根拠は直ちには見当たらないものと考えられる。
(9) 以上に述べたところからすると、原爆放射線が人体に及ぼす影響については、放射線の物理的な性質等に関する一般的な知見を推論に用いるに際して前提となる各般の事情に係る情報の収集や分析等に限界があるといえ、そのような中で正確さや;確実さ等を考慮した条件設定の整理の作業をすること等を通じ、全体として、これを過小に評価する結果に傾きがちとなることを容易には否定することができないものと認めるのが相当である。
そして、訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無の判断の際には、既に述べたような原爆放射線の人体への影響等を十全に把握することへの各種の障害の存在や、(7)に述べたようなところに代替し得る研究・解明の方法は当面想定し難いことを考慮すると、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在している疾病については、他の証拠との関係を十分慎重に総合検討し、原爆放射線起因性の証明の有無を判断することが必要とされるものと考えられる。
また、当時の具体的行動その他の状況等の被爆の実情や、被爆直後からの身体の状態の推移等についての各個人の供述等に係る証拠も、原爆被害を身をもって体験した者によるいわば第一次的な証拠の一種として、主観の影響や期間の経過による記憶の変容等の可能性に留意しつつ、その重要性を適切に評価することが必要とされるものと考えられる。そして、各被爆者の被爆の実情や被爆直後からの身体の状態の推移等については、各被爆者の被爆時の状況等はそもそも客観的な証拠が残りにくい性質の事柄である上、被爆時又はその直後の時点においては、放射線後障害に関する知見の十分な蓄積がなかったことに加え、先の大戦の終了前又はその終了直後であるという特異な社会情勢下にあったことなどから、各被爆者において被爆時に近接した日時に医療機関を受診するなどして放射線による一急性症状の存否又は程度や後障害に係る疾病の発症の状況等について的確な診断を受けることが容易ではなかったという事情があるのであり、これらの事情に照らすと、検討の基礎となる証拠が上記のようなものであるからといって、それらの証拠としての価値につきおしなべて低いものとして評価することは相当ではない。
3 以上に述べたところを踏まえ、なお若干補足する。
(1) DS86及びDS02について
DS86及びDS02については、現段階における知見の重要な成果であるといって差し支えないものと考えられることに配意しつつも、原爆放射線の放射の実態及びその人体への影響につき十全に把握し考慮する観点からすると、その推論にはなお限界が含まれることを否定することができないことに留意し、原爆放射線の線量等のいわば最低限を推認する上で有力な目安となるものとして、他の証拠とともに総合検討するのが相当である。
(2) 被爆後の身体の状態の推移等について
原爆放射線による被ばくと人体の状態との関係については、いまだ研究途上にあるものではあるが、他方で、これまでの各種研究を通じ、相応のものがみられることが明らかにされてきており、そのような事情に関する証拠も、上記の判断に当たって総合検討する対象に含まれるものと考えられる。
ア いわゆる急性症状について
被爆後に被爆者に発した脱毛等の症状は、訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無を判断するに当たって、原爆放射線の放射の実態及びその人体への影響につき十全に把握し考慮する観点からすると、一般に、十分慎重に総合検討すべき対象として重要なものであるということができるものと考えられる。
そのうち、発症の時期や態様において被告が主張するような急性放射線障害の特徴として一般に認識されているところを伴うということができるような場合には、そのような症状を発する程度の値とされるもの以上の線量の原爆放射線に被ばくしたとの事実を推認する上での有力な事情であるといえる。
他方、その発症の時期や態様において上記のようにまでいうことができない場合にあっても、もとより他の証拠にも照らして十分慎重に検討することが必要であるとはいえ、そのような一事をもって、訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たり考慮する必要がないというのは相当ではないと考えられる。
イ 被爆者のその後の身体の状態の推移について
(ア) 一般に放射線の影響により発し得るものと認識されているような疾病について、例えば、被爆者につき一般にその疾病の他のリスク要因等とされているような事情が特に見当たらないにもかかわらず当該疾病を発したことや、当該被爆者が原爆放射線被ばく(との関連性が認一められている他の疾病を発したことなどの事情は、当該疾病が原爆放射線に起因するものと推認する上で有力なものであるといえる。
(イ) 被爆者の被爆後の健康状態において、被爆前にはみられなかったような虚弱性等が認められるような場合には、被爆者援護法が原爆放射線の治癒能力への影響に言及していることにもかんがみ(10条1項参照)、人体が原爆放射線の影響を受けたことを推認させる事情の一つとして、訴訟における原爆放射緯起因性の証明の有無につき判断するに当たり十分慎重に総合検討すべき対象に含まれ得るものと考えられる。
(3) 新しい審査の方針について
平成20年に策定された新しい審査の方針については、その策定の経緯等にも照らし、被爆者援護法の下での原爆症認定の運用に関し平成13年の審査の方針の策定後の知見を交えて考え方を整理し集約したものとして、訴訟における原爆放射線起因性の証明の有無につき判断するに当たっても、関係する経験則の内容等に関する重要な目安となるものと認めるのが相当である。
第5 争点2(3)(被爆原告らの申請疾病の原爆放射線起因性等)についての判断の概略
※争点2(2)並びに争点2(3)のうち申請疾病の発症の有無及び要医療性に係る部分については、本要旨では割愛する。
1 がん疾患
(1) 原告井上(前立腺がん。判決書321頁~331頁)
原告井上については、原爆放射線に被ばくした可能性がないとはいえないものの、その程度が高かったものとまで認めることはできない。日本人における前立腺がんの年齢に応じての一般的な発生傾向、原告井上の生活習慣等が必ずしも明らかではないこと等も踏まえると、その申請疾病については、原爆放射線被ばくがその発症を招来したという関係につき、なお疑いを差し挟iまざるを得ない点が残る。
(2) 原告頼金昭子(肺がん。判決書480~491頁)
申請疾病について原爆放射線起因性は認められる。
(3) 原告佐々木(悪性リンパ腫。判決書491~505頁)
原告佐々木については、一定の程度の原爆放射線に被ばくしたことを推認することはできるものの、それが相当程度に高かったものとまで直ちに認めることはできない。悪性リンパ腫についても、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在しているといえるが、そのような知見における放射線被ばくの程度と疾患の発生及びその年齢との関係、申請疾病の悪性リンパ腫におけるタイプ等も踏まえると、その申請疾病については、原爆放射線被ばくがその発症を招来したという関係につき、なお疑いを差し挟まざるを得ない点が残る。
2 循環器疾患
(1) 虚血性心疾患(心筋梗塞ないし狭心症)
ア 一般論(判決書314~318頁)
心筋梗塞を含む虚血性心疾患については、少なくとも一定の範囲で原爆放射線起因性を示す疫学的知見があり、かつ、原爆放射線被ばくによりこれを発症する機序についても解明が進み始めている状況にあって、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在しているといえ、原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、このような事情も考慮すべきものと考えられる。
ただし、個々の被爆者が発した疾病につき原爆放射線起因性の証明の有無を判断するに当たっては、総合検討の一環として、他のリスク要因の存否等をも検討することが必要であると解される。
イ 各原告らについての判断
(ア) 次の原告らの申請疾病については、いずれも原爆放射線起因性は認められる。
- 原告石田(狭心症。判決書302~321頁)
- 原告栗原(陳旧性心筋梗塞。判決書348~375頁)
- 承継前原告高島(陳旧性心筋梗塞。判決書387~399頁)
- 原告畑谷(狭心症。判決書410~442頁)
(イ) 原告中山(急性心筋梗塞。判決書399~410頁)
原告中山については、原爆放射線に被ばくした可能性がないとはいえないものの、その程度が高かったものとまで認めることはできない。
そして、原告中山の喫煙歴については、申請疾病の要因として、リスクの大きさを考慮に入れることは避けられず、その申請疾病については、原爆放射線被ばくがその発症を招来したという関係について、なお疑いを差し挟まざるを得ない点が残る。
(2) 脳梗塞
ア 一般論(判決書383~386頁)
脳梗塞については、虚血性心疾患と同様、少なくとも一定の範囲で原爆放射線起因性を示す疫学的知見があり、かつ、原爆放射線被ばくによりこれを発症する機序についても解明が進み始めている状況にあって、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在しているといえ、原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、このような事情も考慮すべきものと考えられる。
イ 各原告らについての判断
(ア) 次の原告らの申請疾病については、いずれも原爆放射線起因性は認められる。
- 原告小林(脳梗塞。判決書375~387頁)
- 原告畑谷(脳梗塞後遺症。判決書410~442頁)
- 原告濱本(脳梗塞。判決書442~457頁)
- 原告塩田(脳梗塞。505~515頁)
- 原告宮田(脳梗塞。537~554頁)
※なお、原告濱本は高血圧及び高脂血症も申請疾病として併記していたが、これらについては、申請疾病として独立してみることには疑問がある。
(イ) 原告森(脳梗塞。判決書457~465頁)
原告森については、原爆放射線に被ばくした可能性がないとはいえないものの、その程度は微少なものであったといわざるを得ない。そして、原告森の喫煙歴については、申請疾病の要因として、リスクの大きさ(を考慮に入れることは避けられず、その申請疾病については、原爆放射線被ばくがその発症を招来したという関係について、なお疑いを差し挟まざるを得ない点が残る。
(3) 胸部大動脈瘤―原告田村(判決書515~537頁)
ア 少なくとも、アテローム性動脈硬化症を原因とする胸部大動脈瘤については、その原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たり、心筋梗塞や脳梗塞と異なる取扱いをすることには問題が残るものということができ、そのような意味において、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在している疾病であると解することが相当であり、原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、このような事情も考慮すべきものと考えられる。
イ 原告田村については、その推認される原爆放射線被ばくの程度等に照らし、その申請疾病について原爆放射線起因性は認められる。
3 甲状腺機能亢進症―原告神戸(判決書331~348頁)
(1) 甲状腺機能低下症については、原爆放射線起因性を示唆する調査報告が相当数存し、統計的に有意な差が認められるとしたものも複数存在することなどを考慮すれば、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在しているといえ、.原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、このような事情も考慮すべきものと考えられる。
そして、甲状腺機能亢進症についても、各種調査の結果につき、甲状腺機能低下症について述べた点の多くが同様に当てはまる。もっとも、甲状腺機能亢進症については、現段階において個別的に発症率の有意差を肯定までした疫学的知見は見当たらないものの、バセドウ病の有病率と放射線量との関連を示唆する文献があるほか、被爆者における有病率が一般人口におけるそれよりも高いことをうかがわせる事情もある。そして、甲状腺機能低下症及び甲状腺機能亢進症については、それらの発生する原因等の詳細はなお明らかとはされていない一方で、それらが一定の範囲で共通性等を有することを指摘する知見が存すること等の諸点にも照らせば、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症とを原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たって別異に解すべきものと断ずることには問題が残る(なお、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症とが発生機序及び病態を異にすること等を踏まえても、両疾患の発生する原因等の詳細がなお明らかとはされていないことは上記のとおりであり、前記のとおり解することが直ちに否定されるほかはないとまでは解し難い。)。
(2) 原告神戸については、その推認される原爆放射線被ばくの程度等に照らし、その申請疾病について原爆放射線起因性は認められる。
4 慢性肝炎―原告山﨑(判決書465~480頁)
(1) B型肝炎のみならず、C型肝炎についても、原爆放射線の影響が及んでいると疑われ、それに沿う相応の研究の成果が存在しているといえ、原爆放射線起因性の証明の有無の判断に当たっては、このような事情も考慮すべきものと考えられる。
(2)原告山﨑については、その推認される原爆放射線被ばくの程度等に照らし、その申請疾病について原爆放射線起因性は認められる。
以上
別紙 主文関係目録
1 訴え却下
- 原告 髙橋君子
- 原告 豊田嘉幸
- 原告 水野恵太
- 原告 山本知子
- 原告 吉富靜江
- 原告 賴金一司
- 原告 壹岐弘
- 原告 山口幸七
2 処分取消し
- 原告 石田順子
- 原告 神戸美和子
- 原告 栗原澄子
- 原告 小林サツキ
- 亡 髙島能仁訴訟承継人 原告 髙島希世
- 原告 畑谷由江
- 原告 濱本和子(ただし、申請疾病を脳梗塞とする部分に限る。)
- 原告 山﨑恵美子
- 原告 賴金昭子
- 原告 塩田喜久雄
- 原告 田村正夫
- 原告 宮田知都子
3 請求棄却
- 原告 井上浄
- 原告 中山鈴子
- 原告 森繁喜
- 原告 佐々木正己
4 請求一部棄却
- 原告 濱本和子(ただし、前記2に係る部分を除く。)
以上