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原爆症認定集団訴訟 長崎第2陣訴訟 長崎地裁判決骨子および要旨 2010年7月20日

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判決骨子

1 平成13年5月25日付けの「原爆症認定に関する審査の方針」(以下「旧審査の方針」という。)は、DS86に基づいて推定被曝線量を算出するなどして、放射線起因性の判断をしているところ、DS86による初期放射線による被曝線.量の推定、残留放射線の算定基準及び原因確率には、幾つかの問題点はあるものの、現段階における科学的知見に照らして相応の合理性を有するものと評価することができる。
 しかし、旧審査の方針における初期放射線量は、爆心地から少なくとも約1300ないし1500メートル以遠の距離において被爆した者については過小評価されている可能性があり、残留放射線量についても過小評価されている可能性がある。また、旧審査の方針において残留放射線による内部被曝の影響が考慮されていないのは相当とはいえない。したがって、被爆者援護法10条1項の放射線起因性の判断に当たっては、旧審査の方針における別表等を機械的に適用するのは相当ではなく、当該申請者の被爆状況や被爆後の行動、生活状況などを総合的に考慮した上で判断を行うのが相当である。

2 これらの事情を個別の原告に関して検討した結果、処分の取消しを求めた6名の原告のうち、原告MT及び原告KHについては、その申請疾病(原告MTについては変形性脊椎症のみ)に原爆放射線起因性及び要医療性が認められると判断した。

3 本件各却下処分は、原爆症認定の審査をするに当たり旧審査の方針を用いたことについて、職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったということはできず、不当に長期間にわたらないうちに応答処分をすべき条理上の作為義務に違反したともいえず、処分理由の記載として不備があったともいえない。また、厚生労働大臣が、原爆症認定につき審査基準を定めていないことが違法であるともいえない。
 したがって、原告らの損害賠償請求を認めることはできない。

判決要旨

第1 事案の概要

 本件は、原告ら又は原告らの被相続人らが、厚生労働大臣に対し、被爆者援護法に基づく原爆症認定申請をしたところ、厚生労働大臣が各申請を却下する処分をしたことから、各却下処分の取消しを求めるとともに、各却下処分が違法にされたことによって精神的苦痛を被ったとして、被告に対し、国家賠償法に基づく損害賠償を請求した事案である。
 本件訴訟の主要な争点は、(1)原爆症認定要件の判断基準、(2)却下処分の取消しを求める原告6名の原爆症認定要件該当性、(3)各却下処分についての不法行為の成否である。

第2 争点(1)について

1 原爆症認定要件の立証の程度

 被爆者援護法10条1項については特別の定めはないから、同条項は、通常の民事訴訟におけると同様、原爆放射線と疾病等又は治癒能力低下との間に、通常の因果関係があることを放射線起因性の要件として定めたものと解すべきである。そして、訴訟上の因果関係の立証は、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とする。

2 放射線起因性認定の要件

(1) 厚生労働大臣は、平成13年5丹25日付けの「原爆症認定に関する審査の方針」(以下「旧審査の方針」という。)によって、個々の申請者の被曝線量をDS86により推定し、その被曝線量を原因確率表に当てはめて原因確率を求め、原爆症認定の当否を判断している。

(2) 旧審査の方針における被曝線量算定基準の合理性
ア 初期放射線による被曝線量の算定基準の合理性
 旧審査の方針における初期放射線量は、数値の基礎となるDS86による初期放射線量の推定に相応の合理性があるものの、システムとしての限界や爆心地から少なくとも約1300ないし1500メートル以遠の距離における過小評価の可能性、遠距離被爆者に生じた急性症状と同様の症状の存在を指摘でき、過小評価の可能性を否定できない。
 したがって、爆心地から上記のような距離において被爆した者については、旧審査の方針を機械的に適用することは相当ではない。
イ 誘導放射能及び放射性降下物による被曝線量(残留放射線量)の算定基準の合理性
 旧審査の方針における残留放射線量は、限られた測定値に基づくもので、誘導放射能や放射性降下物による被曝線量が過小評価されている可能性があり、遠距離被爆者や入市被爆者に生じた急性症状と同様の症状も、そのような過小評価を裏付ける。
 したがって、旧審査の方針における残留放射線量や放射性降下物による被曝線量の算定基準を機械的に適用することは相当ではなく、.当該申請者において、誘導放射能や放射性降下物が身体や衣服に付着するような行動をとったかどうかを慎重に検討する必要がある。
ウ 内部被曝及び低線量被曝の影響が考慮されていないことの合理性
 旧審査の方針において残留放射線による内部被曝の影響や低線量被曝の影響が考慮されていないのは相当とはいえず、申請疾病の放射線起因性の判断に当たっては、当該申請者の被爆状況や被爆後の行動、生活状況などを総合考慮の上、残留放射線による内部被曝を受けるような状況にあったのか否かなども含めて検討することが必要である。

(3) 旧審査の方針における原因確率の算定の合理性
ア 財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)、の疫学調査の合理性
 放影研の疫学調査は合理性を有するものの、調査対象集団内部のグループ分けにDS86を使用していることなどを考慮すれば低線量域の寄与リスクについて過小評価されている可能性は否定できない。
イ 原因確率の算定の合理性
 旧審査の方針が、申請疾病等の放射綜起因性の判断に当たり、「放射線の人体への健康影響評価に関する研究平成12年度総括研究報告書」(以下「児玉論文」という。).に基づいて原因確率'(寄与リスク)を算定し、その原因確率(寄与リスク)を目安としていることが合理性を欠くものではないが、児玉論文がその時点における科学的知見に基づいて算定されたものにすぎない上、原因確率(寄与リスク)も、放射線起因性を判断するための考慮要素の一つにとどまるから、これを機械的に適用して判断すべきでなく、当該申請者の既往歴、環境因子、生活歴等も考慮して判断を行うのが相当である。

(4) 放射線起因性に関する判断における留意点のまとめ
ア 旧審査の方針による初期放射線による被曝線量の推定、残留放射線の算定基準及び原因確率は、幾つかの問題点はあるものの、現段階における科学的知見に照らして相応の合理性を有する。
 イ しかし、旧審査の方針における初期放射線量は、爆心地から少なくとも約1300ないし1500メートル以遠の距離において被爆した者については、旧審査の方針を機械的に適用することは相当ではなく、過小評価されている可能性に留意することが必要である。
 また、旧審査の方針における残留放射線量や放射性降下物による被曝線量の算定基準を機械的に適用することは相当ではなく、それらが過小評価されている可能性に留意する必要があり、当該申請者において、誘導放射能や放射性降下物が身体や衣服に付着するような行動をとつたかどうかを検討する必要がある。
 さらに、旧審査の方針において、残留放射線による内部被曝の影響や低線量被曝の影響が考慮されていないのは相当とはいえないから、申請疾病等の放射線起因性の判断に当たっては、被爆状況や被爆後の行動、生活状況などを考慮の上、当該申請者が残留放射線による内部被曝を受けるような状況にあったか否かなどを検討することが必要である。
 そして、原因確率(寄与リスク)は、低線量域では、実際よりも過小評価されている可能性に十分留意する必要があるほか、原因確率(寄与リスク)が放射線起因性を判断するための考慮要素の一つにすぎないから、これを機械的に適用して判断するのは相当ではなく、既往歴、環境因子、生活歴等も考慮した上で、判断を行うのが相当である。
ウ 申請疾病の放射線起因性の判断基準
(ア) 旧審査の方針において原因確率(寄与リスク)が設定されている疾病(悪性腫瘍全般及び副甲状腺機能亢進症)については、旧審査の方針の定める原因確率(寄与リスク)のほか、被爆状況、被爆後の行動、被爆直後に生じた症状の有無、発症時期、内容及び程度、被爆前後の生活状況及び健康状態、当該申請疾病等の発症経過及び病態並びに当該申請疾病等以外に生じた疾病の有無及び内容などを考慮した上で、原爆放射線被曝の事実が申請疾病等の発生(発生を促進ずる場合を含む。)又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを、放射線被曝による人体への影響に関する統計学的、疫学的知見等に基づく経験則に照らして検討すべきである。
(イ) 旧審査の方針において原因確率(寄与リスク)が設定されていない疾病等の放射線起因性の判断については、当該疾病等と放射線被曝との関係に関する最新の疫学的、統計学的、医学的知見を踏まえ、当該疾病等の発生と原爆放射線被曝との一般的関係についての知見に相応の科学的根拠が認められる限り、上記(ア)と同様、総合的判断を行うべきである。

第3 争点(2)について

 第2に示した点等を踏まえて、個々の被爆者について認められる事実関係を検討するに、原告MTの変形性脊椎症を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分、原告KHの右小脳橋角部腫瘍を申請疾病とナる原爆症認定申請を却下した処分は、いずれも、放射線起因性が認められるべきであるのにそれを認めなかった点において、違法である。
 これに対し、原告HM、原告SR、原告KT及び原告KSの原爆症認定申請を却下した処分並びに原告MTの変形性脊椎症以外の疾病を申請疾病とする原爆症認定申請を却下した処分には、放射線起因性の判断を誤った違法は認められない。

第4 争点(3)について

1 旧審査の方針に基づいて原爆症認定審査をしたことの違法性

 DS86は残留放射線の推定線量や内部被曝の評価に問題があり、放影研の調査にも一定の限界がある。しかし、残留放射線や内部被曝の影響を推定するために利用できる適切な資料が限られており、DS86による放射線量の推定や放影研による調査結果のほかに客観的で科学的な根拠となり得るものは見当たらない。また、厚生労働大臣が原爆症認定に当たり、原則として、意見を聴かなければならないとされている疾病・障害認定審査会においてその審査に当たっていた医療分科会の委員は相応の医学的知識等を有する者と認められる。
 したがって、厚生労働大臣が、原爆症認定に当たり、同分科会の意見を聴いた後に、原告らの主張するような残留放射線被曝の危険性について医療分科会に再検討を促し、具体的な症状経過に着目して再度の審査をして意見をとりまとめるよう同分科会に求め、自ら資料を収集して判断をするなどの措置をとるべき職携上の注意義務があると解することはできないから、厚生労働大臣がその職務上通常尽くすべき注意義務を怠ったということはできない。

2 行政手続法5条違反について

 原爆症認定申請がされた場合には、被爆者援護法10条1項所定の放射線起因性及び要医療性が認められる場合に認定を受けることになるところ、これらの判断は、医学的知見や疫学的知見を踏まえた高度に専門科学的なものであって、申請者の被爆状況、急性症状等の有無又はその内容、その後の症状の経過等について認定された事実を前提にした上、個別具体的な判断をしなければならないものである。したがって、同条項の規定以上に具体的な基準を定めることは困難であるから、前記申請に対する認定について、審査基準を定めることを要しない。
 そうすると、本件各処分が行政手続法5条に違反するとはいえない。

3 審査の遅れ

 原爆症認定は原爆放射線及び医学に関する知見を前提とする判断であって、その判断は一般に困難なものであると考えられる。また、その判断を行うに当たっては、原則として疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないとされ、旧審査の方針においても、原爆放射線による健康影響の可能性の判断に当たり、当該申請者の既往歴、環境因子、生活歴等も勘案した上で判断を行い、また、原因確率等が設けられていない疾病等の審査に当たっては、被曝線量、既往歴、環境因子、生活歴等を勘案して個別にその起因性を判断するとされていたのであるから、こうした個別事情の調査に一定の期間を要することを考慮すると、原爆症認定の判断には概ね1年程度を要する事案も相当な割合で存在すると思われる。そうすると、厚生労働大臣が不当に長期間にわたらないうちに応答処分をすべき条理上の作為義務に違反したということはできない。

4 行政手続法8条違反について

 本件各却下処分の通知書には、原爆症認定を受けるために必要な被爆者援護法10条1項の要件が摘示された上、疾病・障害認定審査会において、本件各被爆者の被爆状況が検討され、申請に係る疾病の原因確率を目安としつつ、医学的知見に照らし総合的に審議されたが、申請に係る疾病について、放射線起因性を欠くものと判断され、このような疾病・障害認定審査会の意見を受けて却下処分を行った旨が記載されている。
 そうすると、通知書の前記記載により、疾病・障害認定審査会において、申請に係る疾病の原因確率が求められ、医学的知見に基づいて審議の上、放射線起因性を欠くと判断され、厚生労働大臣がこの意見を受けて本件各処分を行ったことを認識することができる。したがって、前記記載は、本件各処分がいかなる事実に基づいて、いかなる法的理由で行われたかを了知し得る程度のものであり、行政手続法8条1項本文の要請を満たしているということができる。

5

 以上のとおりであるから、原告らの損害賠償請求を認めることはできない。