原爆症認定集団訴訟 近畿第2次訴訟 大阪高裁判決要旨 2009年5月15日
1 当裁判所は、次の点を考慮して、原審の判断を相当とする。
2 原爆症の認定要件である放射線起因性の有無を判断するには、被爆者の被曝線量を具体的に推定することが重要であるところ、この推定手法であるDS方式は、放射線物理学の知見と実験に基づいて策定されたものであり、初期放射線の線量の推定手法としては、放射線物理学の分野内において一応科学的合理性があると認められる。
しかし、DS方式は、理論と実験による仮説であり、被爆者の実際の被曝事実を取り込んだものではないから、被曝線量の総量を推定する手法としては、経験的適合性あるいは総合性を確保したものであるとまではいえない難点がある。
すなわち、原爆投下直後に、被爆者の治療と救援に従事して原爆による健康被害の実情を目の当たりにした医学者等による被爆者の身体症状に関する多数の科学的学術論文があり、そこには入市被爆者や遠距離被爆者にも放射線被曝による急性症状が認められたとの報告が含まれている。これらの論文は、医学等の分野の専門家が、原爆による身体被害の実態を正確に把握して、適切な治療を行う目的の下で、科学者として行った調査研究を報告するものであるから、経験的事実の客観的な報告として信用性があるので、被爆者の被曝線量を推定する個々の事例において、急性症状の有無等の諸事情が、DS方式の上記難点を補うための考慮要素になる場合があることを示しているというべきである。
3 以上の観点から本件被爆者の被爆後の状況をみると、中野ハツ、亡寺山忠好、亡小林幸子、亡森岡秦一郎の4名は、原爆症の認定要件があると認められるが、森美子については急性症状の発症等が認められないので、原爆症の認定処分に関する原審の判断はすべて相当である。
4 なお、一審原告らの国家賠償責任に関する請求を認めることはできない。すなわち、DS方式と急性症状の関係は前記のとおりであるところ、一審被告厚生労働大臣は、原爆症認定要件の有無を判断するにあたり、DS方式による被曝線量の推定値のほかに急性症状等の発症の有無等の事情も考慮要素としたうえで、上記の認定要件がないとの判断をしたものであるから、上記推定値を機械的に適用したとはいえないので、国家賠償責任を否定した原審の判断は相当である。