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原爆症認定集団訴訟 近畿第二次訴訟 大阪地裁判決骨子および判決要旨

 見出しの強調等は東友会によるものです。また、原本に丸付き数字などの環境依存文字があった場合は、文字化けを避けるために表記を変更しています。

判決骨子 (2008年7月18日、大阪地方裁判所)

1 「審査の方針」が依拠するDS86及びその後継であるDS02は、広島・長崎の原爆に係る初期放射線による被曝線量の評価システムとして合理的ではあるが、その有する問題点に照らすと機械的な適用は相当でなく、残留放射線についても、誘導放射性核種の偏在や放射性降下物の不均等降下、内部被曝の可能性等をより慎重に検討すべきである上、原因確率の適用に当たっても、放射線感受性の強弱により発生確率が変動する後障害等を考慮する必要があるから、原爆症認定に際しては、当該被爆者の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、生活環境、遺伝的因子、被爆直後の症状の有無、内容、程度、被爆後の生活状況等を慎重に検討し、総合考慮の上、原爆放射線による被曝の蓋然性の有無を判断する必要がある。

2 以上のような個別判断の結果、原告中野、訴外寺山、原告小迫、訴外小林、原告丸岡、訴外大坪、原告馬場・、同谷口及び訴外森岡の申請疾病(体内異物、心筋梗塞、上咽頭がん、C型肝硬変、乳がん、骨髄異形成症候群、胃がん、肝臓がん)は放射線起因性及び要医療性が肯定できるから、上記原告らに対する却下処分は違法であるが、「新しい審査の方針」に基づく原爆症認定を受けた6名についてはその取消しを求める訴えの利益がない。他方、救護被爆者である原告森は、多数の被爆者との接触を通じ有意な線量の被曝をした可能性はあるが、本件事実関係の下ではその申請疾病(慢性腎炎、肝機能障害)に放射線起因性が認められず、「新しい審査の方針」に基づく原爆症認定がされた原告中ノ瀬についても、当法廷に提出された証拠からはその申請疾病(舌がん)の放射線起因性を肯定することはできない。

3 厚生労働大臣は、原爆症認定申請の却下処分に当たって職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさなかったとまではいえないから、国家賠償請求には理由がない。

判決要旨 (2008年7月18日、大阪地方裁判所)

1 結論のまとめ

 本件訴えのうち、訴外大坪、原告小迫、原告丸岡、原告馬場崎及び原告中ノ瀬に対する各却下処分並びに原告谷口に対する却下処分のうち心筋梗塞に係る部分の取消しを求める部分については、平成20年5月以降に「新しい審査の方針」に基づき改めて原爆症認定がされていることから、現在では訴えの利益がなく、不適法であるので却下する。原告らのその他の請求は、原告中野及び訴外森岡に対する各却下処分、訴外寺山に対する却下処分のうち陳旧性心筋梗塞、狭心症及び第二度房室ブロックに係る部分並びに訴外小林に対する却下処分のうち肝硬変、肝性脳症及び血小板減少症に係る部分の各取消しを求める限度で理由があるので認容し、その余の請求は国家賠償請求を含めて理由がないのでいずれも棄却する。

2 放射線起因性の判断基準

「審査の方針」が依拠するDS86及びその後継であるDS02は、最新の核物理学の理論に基づき、最良のシミュレーション計算法を用いた広島・長崎の原爆に係る初期放射線の被曝線量の評価システムとして、現存する中では最も合理的で優れているが、過去に生起した現象を現時点において可能な限り忠実に再現することを志向するというその性格上、その計算値は近似的なものにとどまらざるを得ない上、原子爆弾はそもそも兵器として開発、使用されたものであって、その爆発による初期放射線の放出等の現象を現時点で正確に再現するには多くの制約が存するから、その適用には限界がある。しかも、DS86による計算値は、爆心地から比較的近距離内では測定結果と整合しているものの、1300メートル以遠において過小となっていることをうかがわせる複数の測定結果が存在する上、爆心地から2キロメートル以遠の被爆者に脱毛等の症状が一定割合生じた事実が複数の調査結果によって認められることなどからすれば、爆心地からの距離が1300ないし1500メートル以遠で被爆した者に係る初期放射線の算定においては、DS86又はDS02の計算値を機械的に適用するのは相当ではない。
 加えて、残留放射線についても、誘導放射性核種の偏在や放射性降下物の不均等な降下がみられた実態を念頭に置けば、「審査の方針」が措定している面線源を前提とした地上1メートルにおける線量推定のモデルは常に妥当するとはいえない上、「審査の方針」が想定するよりも広範な地域で放射性降下物が存在した事実、入市被爆者に脱毛等の症状が生じたとする調査結果や内部被曝及び低線量被曝の危険性を示す科学的知見が複数存在している事実等に照らすと、残留放射線による被曝の蓋然性はより慎重に検討する必要がある。
 さらに、財団法人放射線影響研究所(放影研)のデータを基にした寄与リスクの算定及びこれを受けた「審査の方針」における原因確率の算定は、その時点における医学的、疫学的、統計的知見に基づいており、その方法に不合理なところはないが、同一の放射線量に曝露された被爆者であっても、その放射線感受性の強弱によってその発生確率が変動する一定の後障害(がん等)があること、一定の疾病について放射線感受性を左右する遺伝子が同定されていることなどが認められるから、ある被爆者についてこうした具体的素因が存在する事情がうかがわれるような場合には、当該被爆者に原因確率を機械的に適用すべきではない。
 したがって、原爆症認定に際しては、当該被爆者の被爆前の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、活動内容、生活環境、遺伝的因子、被爆直後に生じた症状の有無、内容、程度、態様、被爆後の生活状況、健康状態等を慎重に検討した上で、原爆放射線による被曝の蓋然性の有無を判断すべきである。

3 被爆原告らに対する個別判断

中ノ瀬茂【舌がん】
 原告中ノ瀬(被爆時10歳)は、招魂祭神社付近(爆心地から約4キロメートル強)を歩行中に長崎原爆に被爆したが、このような遠距離で長崎原爆による初期放射線がDS86ないしDS02による推定値を大幅に超える線量に達していたことをうかがわせる的確な証拠はなく、被爆後2週間以内での同原告の行動範囲が長崎駅(爆心地から南へ約2.5キロメートル)以南にほぼ限定されていたことやその間の同原告の行動態様からすれば、同原告が土壌や人骨等に由来する誘導放射線や放射性降下物によって被曝した可能性も低い。また、急性放射線症状が原告中ノ瀬にみられたことを裏付ける的確な証拠はなく、同原告が舌がんに加えて発症している乳腺炎及び緑内障には放射線被曝との関連を示す知見がなく、C型慢性肝炎及び甲状腺機能亢進症を発症している事実から直ちに同原告が有意な線量の放射線被曝をしている事実を推認することもできない。また、放射線被曝に遺伝的影響の存在が確認されていないことや、原告中ノ瀬の妻が入市被爆者であることなどに照らすと、同原告の子らにがん性の疾患が生じている事実も、それだけでは同原告の放射線被曝の事実を推認させるものではない。したがって、原告中ノ瀬の申請疾病(舌がん)に放射線起因性を肯定することはできない。なお、厚生労働大臣は、本年7月8日に「新しい審査の方針」に基づき原告中ノ瀬に対して原爆症認定(舌がん)をしたが、
 「新しい審査の方針」は、積極的に原爆症認定を行うため申請者から可能な限り客観的な資料を収集するとともに、申請書の記載内容の整合性やこれまでの認定例を参考に判断するとしているから、改めて原爆症認定がされたという事実は、本件全証拠による判断の結果である上記結論を左右するものではない。

中野ハツ【体内異物】
 原告中野(被爆時14歳)は、三菱兵器大橋工場(爆心地から1.2キロメートル)内の爆心地側の窓近くに座っていた際に長崎原爆に被爆し、顔・手・胴・足の前面側数十箇所にガラス片等が刺さったというものであるところ、意識を失っていたために急性放射線症状の有無は明確ではないが、初期放射線に限ってもDS86の線量評価で2グレイ以上の被曝をしていると推定される上、誘導放射化したナトリウム24や硅素31を含むガラス片はもとより、露出した多数の傷口に誘導放射化された土壌等に由来する放射性同位元素が付着したことによる内部被曝を受けた可能性も否定できない。そして、外来性の抗原に対し生体内の成熟Tリンパ球が反応し増殖する機能が、被爆時年齢15歳以上かつ推定被曝放射線量2グレイ以上の者では有意に低下しているとの科学的知見が存在すること加え、原告中野のガラス片等による傷口はふさがるまで約2か月を要するなど回復に時間を要したのみならず、数十年が経過した後も体内ガラス片等が肉芽組織や膠原繊維の被膜によって十分に閉じ込められないため、肌から露出して痛んだり、摘出後の傷口の治癒が遷延することが繰り返された事実等に照らすと、長崎原爆の放射線に起因してその治癒能力が低下したとみるべきである。したがって、原告中野の申請疾病(体内異物)の放射線起因性は肯定される。

寺山忠好【心筋梗塞、狭心症及び 第二度房室ブロック等】
 訴外寺山(被爆時15歳)は、長崎原爆の投下時には大村第21海軍航空廠(爆心地から約17キロメートル)に居たが、8月11日早朝に爆心地から100メートル以内にある自宅跡に徒歩で到着し、それから9月末ころまで付近の防空壕で寝起きし、周辺で親族を探してその遺体を焼いたり、被爆した義兄を親族に引渡したり、近くの畑の作物を食べたりし、その間、周辺では大量の被爆死体が焼却されていたというのである。このような行動経過に照らすと、訴外寺山が、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝、被爆者との身体的接触等を通じての内部被曝又は外部被曝をした可能性も否定できない。そして、訴外寺山に8月下旬ころから下痢(血便)、歯茎出血等の急性放射線症状とみられる症状が出たこと、放射線被曝により心筋梗塞の発症が促進されるとの疫学的因果関係が存在するとの知見があり、その機序にも相応の科学的根拠があること、訴外寺山には、被爆前後での健康状態の質的な変化や免疫能の低下をうかがわせる兆候があったこと、訴外寺山には喫煙を除き冠動脈硬化の発生及び進展に関与する因子がなく、他方で放射線との関連が指摘される尿路結石にも罹患していたこと等を総合すれば、訴外寺山の心筋梗塞の発症には長崎原爆の放射線が促進的に作用したとみるべきである。したがって、訴外寺山の申請疾病の一部(陳旧性心筋梗塞、狭心症及び 第二度房室ブロック)の放射線起因性は肯定される。

森美子【慢性腎炎、肝機能障害】
 原告森(被爆時20歳)は、長崎原爆の投下時に大村海軍病院(爆心地から19.5キロメートル)に居て、当日午後9時ころ以降約1か月にわたり、看護婦寄宿舎に寝泊まりしながら運び込まれてきた被爆者の看護に当たったというのである。このような行動経過に照らすと、原告森が、多数の被爆者との身体的接触を通じ、誘導放射化したその人体や人体に付着した放射性降下物等により内部被曝又は外部被曝をしたとしても不自然、不合理ではない。また、原告森が当時発症した下痢は急性放射線症状として説明することも不可能ではなく、昭和21年に湿性肋膜、昭和24年に急性腎臓炎、昭和30年に肝炎、昭和40年に自然気胸、昭和50年ころに低血素性貧血と次々に疾病に罹患していることからすれば、救護被爆の前後で同原告の健康状態に質的な変化があったともみ得る。しかしながら、慢性腎炎の発生又はその進行ないし治癒能力の低下と放射線被曝との間の有意な関係の存在を示す疫学的、統計的知見は存在しない上、原告森のGOT・GPTやZTT・TTTに係る検査数値に特段の異常をうかがわせる所見はなく、継続的に高いそのALPの値にしても、ALPの6種のアイソザイムのうちいずれが亢進しているのかを判断するに足りる証拠はないから、原告森の肝機能障害の成因を明らかにするに足りる的確な証拠はないのであって、原告森が治療の必要な肝機能障害に罹患していると認めることは困難である。したがって、原告森の申請疾病のいずれについても放射線起因性を肯定することはできない。

小迫嘉康【上咽頭がん】
 原告小迫(被爆時7歳)は、光隆寺(爆心地から約1.7キロメートル)の屋内で広島原爆に被爆し、倒壊した建物の下敷きになっていた間にいわゆる黒い雨を浴びた可能性があるほか、被爆より1、2週間後から大芝公園(爆心地から約2.5キロメートル)で家族と共に1か月ほど生活していた間、祖父が調達した野菜等を同公園内の破裂した水道管の水で煮炊きするなどし、また、同原告らが生活するすぐ隣で山積みに焼かれていた遺体の煙を吸い込んでいたというのである。このような行動経過に照らすと、原告小迫が、放射性降下物、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝をした可能性も否定できない。そして、原告小迫が、急性放射線症状と推認される下痢の症状を発症したこと、一般に、がんは放射線被曝との関連を否定できず、有意な関連性がない場合も単に症例数の少なさが理由であることが多いところ、咽頭がんは被爆者・非被爆者を通じて症例が少ないこと、被爆時年齢が0歳から9歳までの男性に限定すれば口腔・咽頭がんの過剰相対リスクは優に2を超えるとの指摘もあること、原告小迫には被爆の前後でその健康状態に質的な変化がうかがわれること、その生活歴上も生活習慣病の要素は見当たらず、原爆放射線以外では喫煙を除けば上咽頭がんの発生に寄与すべき因子もないことなどに照らすと、原告小迫の上咽頭がんは広島原爆の放射線に起因して発症したとみるのが合理的である。したがって、原告小迫の申請疾病(上咽頭がん)の放射線起因性は肯定される。

小林幸子【肝硬変、肝性脳症、血小板減少症等】
 訴外小林(被爆時19歳)は、片淵町(爆心地から約2.5キロメートル)の木造建物内で長崎原爆に被爆し、近くの防空壕で一泊し、翌日以降、爆心地近くにある城山の救護所で寝泊まりしながら、2、3週間にわたり付近で親族を探し回ったというのである。このような行動経過に照らすと、訴外小林が、放射性降下物による外部被曝若しくは内部被曝、又は誘導放射線による外部被曝等を受けた可能性も否定できない。そして、訴外小林が急性放射線症状と推認される脱毛及び出血等の症状を発症したことに加え、HCV感染を成因とする慢性肝炎又は肝硬変について、その相対リスクは固形がん等の疾患と比べて小さいと推認されるものの、その発症と原爆放射線被曝との間の有意な関係の存在を示唆する疫学的知見が集積しつつあること、訴外小林の場合、肝細胞の変性・壊死ないし肝組織像の変性を示す客観的所見が得られるに至った時点(平成4年ないし5年ころ)からC型肝硬変の発症(平成11年4月ころ)までの経過は明らかに進行が早いと認められること、放射線被曝との間の有意な疫学的関係が肯定されている子宮筋腫をその好発時期に発症していること、被爆前後で健康状態に質的な変化がうかがわれることなどに照らすと、訴外小林のC型肝硬変は長崎原爆の放射線に起因して発症及び進行が促進されたとみるのが合理的である。したがって、訴外小林の申請疾病の一部(肝硬変及びこれに起因する肝性脳症及び血小板減少症)について放射線起因性は肯定される。

丸岡真利子【乳がん】
 原告丸岡(被爆時14歳)は、広島原爆の投下時に広島県高田郡吉田町(爆心地から約40キロメートル)に居たが、8月8日午後1時ころ、級友らと共にトラックと徒歩で被爆者の臨時救護所となっていた本川国民学校(爆心地から約350メートル)に到着し、同月15日まで同所に泊まり込んで負傷者の救護を手伝ったというのである。このような行動経過に照らすと、原告丸岡が、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝、被爆者との身体的接触等を通じての内部被曝又は外部被曝をした可能性も否定できない。そして、同原告が、急性放射線症状と推認される脱毛や歯茎からの出血といった症状を発症していることに加え、放影研の疫学調査でも、臓器吸収線量1シーベルト当たりでみた被爆時年齢10ないし19歳の女性乳がんにおける相対リスクは2.89ないし3.34であるなどとされ、低線量率被曝に対しても乳がんの放射線感受性が高いことを示す知見も複数存在していること、入市の前後で原告丸岡の健康状態に質的な変化があった様子がうかがわれること、同原告の生活歴をみても、原爆放射線のほかに乳がんの発がんに寄与するような因子も見当たらないことなどに照らすと、原告丸岡の左乳がんは広島原爆の放射線に起因して発症したとみるのが合理的である。したがって、原告丸岡の申請疾病(乳がん)の放射線起因性は肯定される。

大坪昭【骨髄異形成症候群】
 訴外大坪(被爆時17歳)は、世羅部隊(中国第32057部隊)の一員として、広島原爆の投下時には広島市内から離れた山中に居たが、翌7日、被爆者の救援のために基町に入市し、西練兵場(爆心地から約600メートル)に仮設救護所を設営し、そこを基点に、少なくとも8月14日まで、夜間は附近に野営するか附近の民家等に分宿しながら、被爆者の救援、焼け跡のがれき等の片づけ、遺体の焼却等に当たったというのである。このような行動経過に照らすと、同人が、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝、被爆者との身体的接触等を通じての内部被曝又は外部被曝をした可能性も否定できない。そして、訴外大坪が、急性放射線症状としての説明が不可能ではない発熱と下痢の症状を発症していることに加え、前白血病症状とされる骨髄異形成症候群と放射線被曝との間に強い関連性がみられることは複数の研究によって裏付けられていること、骨髄異形成症候群のうち約半数で染色体異常が認められ、その背景には必ずしも線量依存性が認められないゲノム不安定性等の機序が存在する可能性が指摘されていること、入市の前後で訴外大坪の健康状態に質的な変化があった様子がうかがわれること、同人の生活歴をみても、原爆放射線以外では喫煙を除けば骨髄異形成症候群の発症に寄与するような因子も見当たらず、喫煙も同世代の日本人男性の中では特に目立った量であったと認めるに足りる証拠もないことなどに照らすと、訴外大坪の骨髄異形成症候群は広島原爆の放射線に起因して発症したとみるのが合理的である。したがって、訴外大坪の申請疾病(骨髄異形成症候群)の放射線起因性は肯定される。

馬場崎榮【胃がん】(東友会による注:「崎」の字は本当はその異体字です)
 原告馬場崎(被爆時13歳)は、木造2階建てである三菱広島造船所の設計室(爆心地から約4.5キロメートル)内で広島原爆に被爆し、構内の無蓋式防空壕でいわゆる黒い雨を浴び、当日夕方に鉄砲町にあった自宅跡(爆心地から800メートル)に徒歩で到着し、小1時間ほど両親を捜索したが見つからず、爆心地付近を通って赴いた友人宅で一泊し、翌7日朝に自宅跡で両親と再会し、8月9日から同月20日ころまで父と二人で自宅跡に通ってその整理作業を行っていたが、同月末に両親が相次いで被爆死したため、9月15日ころ、大分県に住んでいた伯父に引き取られて広島を離れたというのである。このような行動経過に照らすと、原告馬場崎が、放射性降下物、土壌等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝をした可能性も否定できない。そして、同原告が急性放射線症状と推認される歯茎からの出血や血が止まりにくいといった症状を発症していたことに加え、放影研の疫学調査においても、胃がんは死亡率・発生率の双方で統計的に被爆の影響が有意であり、被爆時年齢が10歳から19歳までの男性に限定すれば胃がんの過剰相対リスクは臓器吸収線量1シーベルト当たり1.81とされていること、被爆前後で原告馬場崎の健康状態に質的な変化があったことがうかがわれること、同原告の生活歴をみても、生活習慣病の要素は特段見当たらず、原爆放射線以外では喫煙及びピロリ菌への感染を除けば胃がんの発がんに寄与する因子も見当たらないところ、その喫煙は同世代の日本人男性の中では特に目立った量とまではいえず、ピロリ菌も同世代の日本人の圧倒的大多数が感染していると考えられることなどに照らすと、原告馬場崎の胃がんは広島原爆の放射線に起因して発症したとみるのが合理的である。したがって、原告馬場崎の申請疾病(胃がん)の放射線起因性は肯定される。

谷口幾子【心筋梗塞等】
 原告谷口(被爆時17歳)は、舟入本町にある木造2階建ての旧伯父宅(爆心地から約1.3キロメートル)内ですりガラス越しに広島原爆に被爆し、直後にいわゆる黒い雨を直接浴びたほか、同日夕方には江波町に避難し、他の被爆者らと共に野宿した後、翌7日、己斐付近を通って親戚を頼って五日市に避難し、15日ころまで重傷者らと共に同所に滞在していたが、その間、行方不明となっていた弟を探すため、10日ころと12日ころの2回、いずれも己斐駅から電車通り沿いに小網町(爆心地から約700メートル)付近を経由して舟入本町まで行き、死体を一体一体確かめて歩くなどしたが見つけることができなかったというのである。このような行動経過に照らすと、原告谷口が、放射性降下物、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝、被爆者との身体的接触等を通じての内部被曝又は外部被曝をした可能性も否定できない。そして、原告谷口が急性放射線症状と推認される脱毛を発症していたことに加え、放射線被曝により心筋梗塞の発症が促進されるとの疫学的因果関係が存在し、その機序にも相応の科学的根拠があること、原告谷口には、被爆前後での健康状態の質的な変化や免疫能の低下をうかがわせる兆候があったこと、原告谷口は、平成18年に原爆放射線被曝との関係が合理的に疑われる甲状腺ポリープを、平成19年には同じく原爆放射線被曝との有意な関係が示唆されている直腸がんを発症していること、被爆当時に原告谷口と行動を共にしていた妹が、昭和36年、原爆被爆者に極めて高率で発症することが明らかとなっている白血病で急死していることなどに照らすと、原告谷口の心筋梗塞の発症には広島原爆の放射線が促進的に作用したとみるのが合理的である。したがって、原告谷口の申請疾病の一部(心筋梗塞)について放射線起因性は肯定される。

森岡秦一郎【原発性肝がん】
 訴外森岡(被爆時9歳)は、広島原爆の投下時は五日市国民学校(爆心地から約9キロメートル)の校庭に居たが、同日昼前には多数の負傷者が運び込まれてきたため疎開先まで帰宅する途中にいわゆる黒い雨に降られ、8月8日ころ、広島市内で行方不明となった母らを探すために姉弟と3人で福島町(爆心地から3キロメートル)辺りまで電車と徒歩で入り、同月14日ころも再び姉弟と共に母らを探しに己斐駅から十日市町を経由して爆心地付近に立ち入り、死体を焼却する煙が立ち上る中を被爆者の収容先を訪ね歩き、爆心地付近を経由して牛田町で一泊し、翌日も爆心地近くを探し歩き、その間、爆心地付近の畑のサツマイモを生のまま食べたり、水道管から水を飲んだりしたというのである。このような行動経過に照らすと、訴外森岡が、放射性降下物、土壌や人骨等に由来する誘導放射線による外部被曝、食物等を通じ土壌等に由来した放射性物質を取り込む内部被曝、被爆者との身体的接触等を通じての内部被曝又は外部被曝をした可能性も否定できない。そして、訴外森岡が急性放射線症状と推認される下痢及び脱毛を発症していたことに加え、HCV感染を成因とする慢性肝炎又は肝硬変について、その相対リスクは固形がん等の疾患と比べて小さいと推認されるものの、その発症と原爆放射線被曝との間の有意な関係の存在を示唆する疫学的知見が集積しつつあり、かつ、放影研の疫学的調査等によれば、被爆時年齢が10歳未満の者についてもC型肝硬変を合併した原発性肝がんと原爆放射線被曝との間に有意な関係が存在することが合理的に推認されること、訴外森岡の場合、肝細胞の変性・壊死を示す客観的所見が得られるに至った時点(平成7年4月ころ)から肝硬変の発症(平成13年7月ころ)までの経過及び肝硬変の発症から原発性肝がんの発症(平成16年4月ころ)までの経過は明らかに進行が早いと認められること、被爆の前後で訴外森岡の健康状態に質的な変化があった様子がうかがわれないでもないこと、被爆後に行動を共にした姉弟にも入市後に下痢や脱毛の症状が生じているほか、姉は放射線被曝との間の有意な疫学的関係が肯定されている子宮筋腫を発症していることなどに照らすと、訴外森岡の原発性肝がんの発症についても、広島原爆の放射線との間の有意な関係を認めるのが相当というべきである。したがって、訴外森岡の申請疾病(原発性肝がん)については、放射線起因性が肯定される。

4 国家賠償請求

 原爆症認定申請に対する却下処分が放射線起因性又は要医療性の要件の具備の有無に関する判断を誤ったため違法であり、これによって申請者の権利ないし利益を害するところがあったとしても、被爆者援護法11条1項に基づく認定に関する権限を有する厚生労働大臣が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と当該却下処分をしたと認め得るような事情がある場合に限り、国家賠償法1条1項にいう違法の評価を受ける。そして、原爆症認定申請に対し、放射線起因性の要件を判断するに当たっては、当該申請者の被爆前の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、活動内容、生活環境、遺伝的因子、被爆直後に発生した症状の有無、内容、態様、程度、被爆後の生活状況、健康状態、当該疾病の発症経過、当該疾病の病態、当該疾病以外に当該申請者に発生した疾病の有無、内容、病態などを全体的、総合的に考慮して、原爆放射線被曝の事実が当該申請に係る疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきであるから、「審査の方針」の定める原爆放射線の被曝線量並びに原因確率及びしきい値は、放射線起因性を検討するに際しての考慮要素の一つとして評価ししんしゃくすべきであって、これらを機械的に適用して当該申請者の放射線起因性を判断することは相当でない。しかるところ、証拠によれば、被爆者医療分科会における審議自体は短時間で終わるものが多いことがうかがえるが、その審査過程の全体を通してみれば、当時の原爆症認定申請に対する個々の審査が疾病の種類及び被爆距離のみから形式的に行われていた事実を推認することはできない上、疾病・障害認定審査会における原爆症認定申請に対する審査が原告らの主張するように原因確率以外の事情をほとんど考慮せずに形式的に行われているとまで直ちに認めることはできない。したがって、原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は、いずれも理由がない。