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原爆症認定集団訴訟 愛知訴訟 名古屋高裁判決要旨 2010年3月11日

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1放射線起因性の判断基準

被爆者が被爆者援護法による原爆症認定を受けるためには、被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)のほか、当該負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因すること(放射線起因性)が必要とされているところ、申請疾病の放射線起因性については以下のとおり判断する。

(1)旧審査の方針に基づく放射線起因性の判断の妥当性について

 旧審査の方針は、基本的に、線量評価システムであるDS86に基づき、初期放射線量、残留放射線量、放射性降下物による被爆線量の合計値を算出し、このようにして算出された被爆線量と被爆時の年齢あるいは性別をもとに、疾病毎に定められている原因確率を算出して得られる値あるいはしきい値を目安とした推定基準を適用して、高度の蓋然性の有無を決めるというものである。
 そして、DS86及びその後それを再評価して開発されたDS02は.現在これに勝る線量評価システムは存在しないというかなり精度の高いシステムではあるが、爆心地から1400メートル以遠の放射線量については過小評価されている蓋然性が高いうえ、誘導放射線や放射性降下物について旧審査の方針が定めた数値も被爆線量を過小評価している可能性がある。また、旧審査の方針が定めている原因確率は、放影研の疫学調査に基づくものでありそれなりに信用性の高いものではあるが、に当てはめて放射線起因性を判断することには問題がある。

(2)立証責任及び立証の程度について

 当裁判所は、被爆者援護法に則って申請された疾病について、放射線起因性を判断するにあたり、立証の責任及びその程度については、原爆医療法の原爆症認定における放射線起因性の立証責任を、拒否処分の取消しを求める者に負わせるとともに、立証の程度について「相当程度の蓋然性」の立証では足りず、「高度の蓋然性」の立証が必要であるとの判断を示した平成12年最高裁判決の判示するところと同様の考え方に立って判断するのが相当であると考える。

(3)放射線起因性の判断のあり方について

 そして、本件訴訟における放射線起因性の判断基準としては、基本的には放射線起因性を判断する上では被爆者の被爆線量を考慮することは当然のことであり、現時点においては線量評価システムとしてはDS86に勝るものは考案されていないことから、同システムには限界ないし問題点があることを考慮に入れた上で参考とし、また、旧審査の方針が定める原因確率についても問題点があることを考慮に入れるとともに、申請疾病自体の医学的知見、放射能や放射線に関する科学的知見、申請疾病と放射線との関連性に関する科学的知見あるいは疫学的知見を、それらは日々進歩するものであることを考慮に入れて参考にし、放射線起因性を判断すべきであると考える。
 特に、遠距離地点での被爆者や入市被爆者についての被爆線量を推定するに当たっては、これらの者の正確な被爆線量を数値化すること自体、相当困難であることに鑑みて、原爆症認定の申請をした被爆者に急性症状が認められる場合には、原爆放射線の影響を受けたことの根拠の1つとして考慮し、その具体的症状、すなわち、その症状の具体的な内容や程度、発症の時期や症状が継続した期間等を把握し、さらに被爆前後の生活状況や健康状態を比較検討した上、被爆者援護法の立法趣旨に照らして、当該申請疾病が放射線に起因しているということを、通常人であれば、疑いを差し挟まない程度に真実であるという確信を持ち得るものかどうかを判断して、決すべきである。

2 個別の1審原告らの申請疾病の放射線起因性について

(1) 1審原告中村について

 同原告の申請疾病は白内障であるところ、白内障は放射線により確定的な影響を受ける疾病とされ、旧審査の方針によればそのしきい値は1.75シーベルトとされているが、同原告は爆心地から約3.1キロメートル離れた地点で被爆したものであり、旧審査の方針による初期放射線の推定被爆線量は0で残留放射線量も1センチグレイ程度となり、しきい値に及ばないこと、同原告が白内障を発症したと推定される年齢は63、4歳のころであるが、一般的に誰でも70歳ないし80歳になれば多少とも全ての人に老人性の白内障が見られるようになることなどから、同原告に生じた白内障が放射線に起因するものであるか否かが問題となる。
 平成4年ころまでの放射線白内障の知見では、放射線被爆による水晶体の混濁の原因は、水晶体前面上皮中の分裂細胞の損傷であり、損傷を受けた細胞の分解生成物が水晶体後極部後嚢下に蓄積されることにより生じるものであること、白内障の発症には一定のしきい値があり、照射された線量が大きいほど白内障発症の潜伏期間が短く、白内障の程度が強いこと、一般的には水晶体の混濁は被爆後、数か月から数か年の潜伏期間を経て発現すること、臨床像としては水晶体後極部後嚢下の皮質に変化が強く、後極部後嚢下に色閃光を呈する局限性の混濁が見られるなどとする知見が確立していたが、それらは昭和22年から暗和36年頃までの調査資料に基づくものであった。
 しかし、その後も放影研などによる成人健康調査が続けられ、昭和33年から平成10年までの40年間の成人健康調査の対象者からなる約1万人の長期データを用いて白内障の発症率と原爆放射線被爆線量との関係を調査した結果、白内障に有意な正の線量反応が認められたとの見解が発表され、白内障にしきい値が存在しないことを示唆する見解が発表された。その後も、山田論文において同じような見解が示されるとともに、より若い受検者での水晶体混濁に対する放射線リスクの増加と長期の潜伏期間を伴う相対リスクが上昇するとの見解が示され、さらに平成16年に発表された津田論文では、原爆被爆者と水晶体所見の関係において、遅発性の放射線白内障及び早発性の老人白内障に有意な相関関係が認められたとの見解が示され、同年に発表された長崎医学では放射線の主効果が有意であった早発性皮質混濁と晩発性後嚢下混濁についてしきい値の検討を行ったが、しきい値の存在は認められなかったとの見解が示され、また、平成14年には、放射線白内障の発生原因について、水晶体の上皮細胞の遺伝子の異変による水晶体の繊維タンパクの異常に起因することが明らかにされるに至った。これらの知見は、長年にわたる調査に基づくものであり、それぞれに連続性があり、信頼性のある知見であるというべきである。他方で、同原告は、原爆被爆当日に、額に傷を負った状態で爆心地から600メートルの地点に近づいていることや、その後、急性症状に似た症状を呈していることなどからすると、同人の受けた被爆線量は旧審査の方針に基づく推定量を超える線量を被爆しているものと認められる。そして、これに、前記しきい値の存在しない遅発性の放射線白内障及び早発性の老人白内障の存在が認められるとの知見、さらには、同原告の白内障が放射線白内障の発現形態の特徴である後極部後嚢下の混濁から始まっていることを合わせ勘案すると、同原告の白内障には放射線起因性が認められ、仮に、その年齢から老人性白内障をも発症している可能性があるとしても、それにも放射線の影響が認められるので、その発症又は進行に原爆による放射線が影響を及ぼした高度の蓋然性があるものと認めることができる。
 また、同人には要医療性も認められるので、1審原告中村に対する原爆症認定申請却下処分は取り消されるべきものと判断する。

(2) 1審原告森について

 1審原告森の申請疾病は、1審被告らは同原告の膵嚢胞性疾患は非腫瘍性の仮性嚢胞であるとして争うが、同原告の主治医である小島医師による検査結果によれば、腫瘍性の分枝型膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)であることが認められ、また、小島医師の昭和60年からの経過観察によっても、1審原告森のIPMNは、平成17年の時点においても悪性のものであるとの診断は下されていない。IPMNの臨床的特徴としては、平均67歳と比較的高齢の男性に多発する疾病であるとされる。
 IPMNと放射線との直接の関係について示された知見は見あたらず、また、それについての疫学的調査の結果も報告されていない。もっとも、当該疾病についての直接的な知見がないからといって直ちに放射線起因性が否定されるわけではなく、その他の方法によりこれを立証することになる。1審原告森は、IPMNは悪性腫瘍と類似性を有する疾病であり、膵がんに類似した特性を有しているから、膵がんと放射線との関係を類推してその放射線起因性を認めるべきである旨主張し、確かにIPMNの中には悪性のものもあり、がんになるものもあることは確立した知見であるといえるが、IPMN全てが悪性のものであるとの知見は認められない。同原告はWHOの組織学的分類によるとIPMNは良性と悪性の「境界」に分類されている旨主張するが、それは細胞が中程度異形を有する膵管内乳頭粘液性腫瘍であって、全てのそれでない。また、同原告はIPMNは前がん病変であり、3種類の抗体を用いた免疫組織化学法によりタンパク発現を検討したところIPMNのなかには膵がんの発がん段階の初期に起こるのと同様の発現異常が見られた旨主張し、それに沿う証拠も認められるが、それらによっても、IPMNが全て前がん病変であるとか、IPMNは全てがんに変化する悪性のものであるとは認められないので、悪性腫瘍である膵がんと放射線との関係を類推すべきであるとの主張は採用しがたい。
 また、同原告は、仮に、IPMNが良性の腫瘍であっても、良性腫瘍の放射線起因性は認められているので、IPMNの放射線起因性も認められる旨主張するが、良性腫瘍にもいろいろな種類があり、一部の臓器の良性腫瘍と放射線との関係が認められたからといって、全:ての良性腫瘍について放射線との関係が認められるとすることはできない。
 また、同原告は、IPMNと放射線との関係に関する知見が十分でなくても、他の全ての事情を総合して認定することによってIPMNの放射線起因性が認められるべきである旨主張し、確かに、同原告は爆心地から約1.5キロメートルの地点で被爆しており、相当多量の線量被爆を受けていることは認められるものの、それらの事情を全て勘案しても、同原告のIPMNが放射線被爆に起因するものであるとの高度の蓋然性を認めることはできない。
 さらに、同原告は、新審査の方針による要件を満たしている旨主張するが、新審査の方針は、一般的に放射線起因性が認められている悪性腫瘍等が申請疾病である場合には、一定の要件を満たすものについては格段に反対すべき事由がない限りその放射線起因性を積極的に認定するとしているものであって、申請者が爆心地から一定の範囲の距離で被爆した場合には、申請疾病が一般的に放射線起因性が認められていない疾病についても放射線起因性を認めたり、あるいはその疾病と放射線との関係が否定できない限り当該疾病の放射線起因性を認めたものとも解されない。よって、同原告の申請を却下した処分は適法である。

3 損害賠償請求について

 以上の判断によると、1審原告甲斐に対する却下処分、1審原告小路に対する却下処分及び1審原告中村に対する却下処分については、結果として、違法な処分であったことに帰する。しかしながら、行政機関が行った行政処分が、前提事実の誤認や処分要件を欠くために違法と判断され、当該処分が取り消されたとしても、そのことから、当該行政処分が、直ちに、国家賠償法1条1項が定める違法な処分であったものと評価すべきものではなく、当該行政機関が、職務上、通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく、漫然と行政処分をしたものと認められるような事情がある場合に限り、当該行政処分は、国家賠償法1条1項の定める違法な処分との評価を受けるものと解するのが相当である。
 この点について、1審原告らは、1審被告厚生労働大臣は確立した司法判断にしたがうべき義務に違反し、旧審査の方針に重大な欠陥があることを認識し、あるいは認識し得たのに、これを形式的に適用したと主張するが、当裁判所は、1審原告らの前記主張はいずれも採用しない。
 また、1審原告らは、原爆症認定についての審葺基準を設けなかったことは行政手続法5条1項に反する旨主張し、また、本件拒否処分をするについて理由を付さなかったことは同法8条1項に違反するものであると主張するが、各法規の立法趣旨に照らして、各条項に違反したものとは認められない。
 以上のとおりであるから、1審原告らの損害賠償請求は理由がないものと判断する。