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原爆症認定集団訴訟 東京1次訴訟 地裁判決要旨

 2007年3月22日に言い渡された判決の要旨を掲載します。東京地裁による書面から作成したものです。
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判決要旨

平成15年(行ウ)第320号外29件 原爆症認定申請却下処分取消等請求事件

  • 原告 加藤力男ほか34名
  • 被告 厚生労働大臣、国
  • 平成19年3月22日午前10時判決言渡(第103号法廷)
  • 民事第3部 裁判長裁判官 鶴岡稔彦 裁判官 中山雅之 裁判官 進藤壮一郎
  • (事案の概要)

     本件は、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)1条の規定する被爆者である原告ないし承継前原告ら合計30名(以下「原告ら」という。)が、被告厚生労働大臣ないし旧厚生大臣(以下「被告厚生労働大臣」という。)に対し、1.原子爆弾の放射線に起因して負傷し又は疾病に罹患し、あるいは原子爆弾の放射線以外の傷害作用に起因して負傷し又は疾病に罹患し、その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けている(起因性)ため、2.現に医療を要する状態にある(要医療性)として、被爆者援護法11条1項に規定する申請(以下「原爆症認定申請」という。)をしたが却下されたため、被告厚生労働大臣に対し、それらの取消しを求めるとともに、被告国に対し、国家賠償法1条1項に基づき原告ら各慰謝料200万円、弁護士費用100万円の損害賠償及び訴状送達日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めた事案である。

    (争点)

    1. 起因性
    2. 原告 (一部は承継前原告)らの疾病が放射線被曝によるものであるかどうか。
    3. 要医療性(原告中山について)
      原告 中山の頸部有痛性瘢痕には治療の必要があるかどうか。
    4. 被告厚生労働大臣の違法行為、故意・過失、原告らの損害
      本件各処分は、判断の誤り、審査の遅れ、理由不備等によって違法であり、それによって原告らは損害(慰謝料200万円、弁護士費用100万円)を受けたといえるかどうか。

    (争点に対する判断)

    1 認定事実

     省略

    2 起因性に関する検討(一般論)

    (1) 起因性の立証責任

     訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである。そして、放射性起因性についても同様の判定方法によることになる。

    (2) 放射線起因性の検討、判断の基礎となるべき科学的知見、経験則
    ア 被曝線量について
    (ア) DS86の意義
     DS86は、爆弾の出力、ソースタームの計算、放射線の空中輸送、空気中カーマ、遮蔽カーマ、臓器線量という各段階において、過去の核実験や広島原爆のレプリカなどの実測データを参照しながら検討が進められてきたものである。また、検討の各段階について、考えられる誤差を示した報告書が作成されており、誤差を含めたDS86全体としては、明白に不合理な点はない。その後、DS02が開発されたが、基本的な計算手法はDS02に承継されているのであって、DS86は、現在の科学水準からみても有益なものとして評価されるべきものである。
     しかしながら、DS86の理論計算部分は、あくまでも一定の仮定に基づくシミュレーション等によって得られた仮説なのであるから、手法の一般的合理性から直ちに、その結論の正当性を肯定することはできないのであって、その正当性は、実際に生じた結果とどの程度適合し、あるいは実際に生じた結果をどの程度合理的に説明することができるかによって判断されるべきものである。
    (イ) 初期放射線についての問題点
     DS02による再検証を経た後も、初期放射線量に関する計算値と測定値の関係については、広島原爆において、1300メートルないし1400メートルを超える遠距離で測定値が計算値を上回る傾向にあり、その誤差は、遠距離になるほど拡大するという問題点は、相当程度改善されたとはいえ、完全には払拭されていないものといわざるを得ない(長崎原爆については、1300メートル以上離れた地点の測定値に乏しく、明らかな不一致は認め難いが、同一のシステムが利用されている以上、同様の傾向が認められる可能性がある。)。そして、DS02報告書は、バックグラウンド線量を見直すことにより、誤差が許容範囲内にとどまるものと評価できることを強調しており、これは、1つの考え方であるとはいえるものの、DS02報告書自体において、新たに採用されたバックグラウンド線量の合理性になお検討の余地があるとされているものも存在することからすると、誤差の問題を、バックグラウンド線量の見直しによってすべて説明することができるかどうかにも疑問の余地があり、線量評価システムそのものについて、さらに改善すべき点が残されている可能性も否定し去ることはできない。
     したがって、DS86による初期放射線量の評価については、1300メートルないし1400メートル以遠において、線量を過小評価している可能性があるという問題点は、現段階においてもなお完全には払拭されていない。
    (ウ) 残留放射能についての問題点(内部被曝を含む。)
    a 広島原爆、長崎原爆とも、原爆投下直後から残留放射能についての調査がなされたものの、誘導放射能及び放射性降下物について、十分な実測値が得られていない。
    b 特に、放射性降下物については、限られた核種についての現存する測定値から、風雨の影響に対する補正をせずに推定しているのであって、その計算値の正確性には自ずと限界があるものというべきであるから、これをもって放射性降下物による被曝線量の上限を画したものであるとはいうことには疑問がある。
     DS86及びこれに基づく審査の方針は、放射性降下物による影響が現実的に認められるのは、広島の己斐・高須地区、長崎の西山地区のみとするが、これらの地区で放射性降下物による線量が高い傾向は窺えるにせよ、それ以外の地区でゼロであるとはいえない。むしろ、放射性降下物の生成過程からすると、論理的には、広島の己斐・高須地区、長崎の西山地区以外の周辺部にも、放射性物質が降下した可能性があるといえる。このことは、昭和20年8月11日の大阪調査団の初期調査結果、同月9日ころに仁科らが爆心から5キロメートル以内で採取した試料22個について静間らがセシウム137の放射能の精密測定を行った結果からも窺え、場所による濃淡はあるものの、広島の己斐・高須地区、長崎の西山地区以外にも、周辺部の広い地域に放射性物質が降下した可能性があると考えるのが合理的である。
     広島の己斐・高須地区、長崎の西山地区地区における放射性降下物による被曝線量の算定についても、疑問の余地がある。DS86報告書の計算値は、昭和20年9月17日ころの台風の影響を考慮してないことを始めとして、様々な留保が付された上での数値にすぎない。
    c また、誘導放射能についても、半減期の短い核種を対象とする早期の直接測定はなされておらず、人体の誘導放射能についても、残留放射能による被曝の原因として無視してよいかどうかには疑問が残る。
    d さらに、内部被曝について、ガンマ線及び中性子線以外にアルファ線及びベータ線が影響すること、外部被曝と比べ至近距離からの被曝となり人体への影響が大きいことを理論的に否定し去ることはできない。
    (エ) 小括
     DS86による線量評価には、相応の合理性が認められるものというべきであるから、被爆者の被曝線量を推定するのに当たり、これが参考資料の1つとなることは否定し難いが,その評価結果に限界があることも既に指摘したとおりであり、広島、長崎の被爆者に、DS86による計算値を超える被曝が生じている可能性がないと断定してしまうことはできないのであって、DS86による線量評価の合理性は、被爆者に生じた急性症状等を合理的に説明することができるかどうかという観点からも検証する必要がある。別の言い方をすれば、客観的な資料に基づく合理的な判断として、放射線による急性症状等が生じていると認められる事例が存在するのであれば、その事実を直視すべきなのであって、それがDS86による線量評価の結果と矛盾するからといって、DS86の評価こそが正しいと断定することはできない。
    (オ) 遠距離被爆者、入市被爆者の急性症状
    a 原爆投下から間もない時期に実施された日米合同調査団報告書、東京帝国大学医学部の調査、長崎医科大学の調査を総合すると、少なくとも爆心地から3キロメートル程度以内で被曝した者には、爆心地からの距離に応じて、放射線被曝による急性症状と解し得る症状が生じていることが認められる。このことは、於保源作の調査、佐々木正夫らの報告、被団協の2003年入市被爆者・遠距離被爆者調査、プレストンらの報告、横田らの報告など、その後の複数の調査結果からも、裏付けられる。
     原爆被爆者にみられた急性症状と解し得る症状のうち、脱毛、皮膚溢血斑及び壊疽性又は出血性口内炎症などは、概ね放射線によるものであったと考えられる上、発熱、下痢、食欲不振及び倦怠感等も、放射線の影響によるものである可能性は否定し難い。そして、遠距離被爆者にこれらの急性症状がみられることは、遠距離被爆者であっても健康状態に影響を与える程度の被爆をした者が存在することを疑わせるに足りる事実であるというべきである。
    b 於保医師の調査、広島市による調査(残留放射能による障害調査)、被団協の2003年入市被爆者・遠距離被爆者調査、賀北部隊に関する調査、小熊信夫らの報告、広瀬文男の報告等は、直接被爆者以外の者が広島、長崎に入市した場合であっても、その時期や、入市した際の活動範囲(爆心地からの距離)、活動期間によっては、残留放射能の影響により、急性症状を呈し得るほどの放射線被曝を受けた可能性があることを示しているものというべきである。
    c 以上のとおり、先に掲げた被爆者に対する数々の調査報告を踏まえると、遠距離被爆者、入市被爆者のいずれについても、放射線に起因する急性症状が現れていたものと判断することには十分な合理性がある。放射線起因性の判断に当たっては、遠距離被爆者、入市被爆者にも放射線に起因する急性症状が発症した事例があること、したがって、遠距離被爆者、入市被爆者の中にも、相当程度の放射線被曝をした者が存在することを念頭に置く必要があるものというべきである。
    (カ) その他の関連事項
     省略
    イ 原因確率について
    (ア) 財団法人放射線影響研究所(以下「放影研」という。)のLSS及びAHSは、多数の被爆者を対象とした継続的調査であり、他にこれと匹敵する規模のもののない、重要な研究であり、これを踏まえて算定された寄与リスク(したがって、それに基づく原因確率)は、ポアソン回帰分析による内部比較法を採用した点を含めて、一般的合理性を有する統計的手法によって算出されたものであって、一応の合理性を有するものである。
    (イ) その一方、原因確率は、あくまでも、統計的処理に基づき、近似計算を行って算出されたものにとどまるのであるから、そのような処理手法そのものや、処理の前提となっている仮定に由来する限界等があり得ることもまた当然であって、これを疑義の余地のないものとして取り扱うことにも,次のとおり問題がある。
    1.  第1に、原因確率は、本来的には集団の中における傾向を示す概念であって、個々の被爆者の放射性起因性の有無を示す概念ではない。
       また、原因確率の前提となっている寄与リスクは、あくまでも疾病の発生数を問題としているのにとどまり、疾病発生の時期は考慮されていないのであるから、放射線が疾病発生の促進要因となっている場合、それを寄与リスクによって捉えることはできない。
    2.  第2に、LSSも、AHSも、過去の傾向を調査したものなのであるから、これによって将来の傾向をすべて予測することが可能であると考えることにも問題がある。現に、ABCC及び放影研の各種報告書をみていくと、調査期間の拡大につれ、放射線被曝と関連する疾病が増え、被曝の影響が明らかになる傾向が認められるのであるから、現段階において、放射線被曝との因果関係が確立されていない疾病であったとしても、それには放射線起因性が認められないと即断してしまうことはできないのであって、当該被爆者の被爆状況や病歴等を慎重に踏まえた上での判断が必要になるものと考えられる。
    3.  第3に、LSS及びAHSによる調査内容や、寄与リスクの算定に当たって用いられた統計的手法からすると、原因確率の算定上は、低線量被曝者と位置づけられている者のリスクが過小に評価されている可能性がある。具体的に指摘すれば、次のとおりである。
      1. LSS及びAHSの調査において、被曝線量として考慮されるのは、初期放射線による外部被曝に限られている。したがって、被曝群全体について、そもそも残留放射線による被曝線量が算入されていない。
      2. 放影研の調査は、昭和25年以降のものであるが、昭和20年からの5年間に相当数の被爆者が死亡したため、結果的に、放射線による影響を受けにくい被爆者が選択された結果、被曝によるリスクが低く算定されてしまっている可能性がある。
      3. また、低線量被曝の場合に、高線量被曝の際には生じない機序を経て細胞や染色体が障害される例や、原爆がもたらした放射線以外の要因が複合して疾病が生じた場合に、放射線の影響のみを他と切り放し、疾病の放射線起因性を否定することが相当でない事例の存在する可能性がある。
    (ウ) 以上をまとめれば、原因確率は、放射性起因性を判断するための参考要素になり得るものではあるものの、原因確率に基づく判断にも一定の限界があることは否定できないのであるから、特に、原因確率が低いとされた事例に関しては、これを機械的に当てはめて放射性起因性を否定してしまうことは相当ではなく、個々の被爆者の個別的事情を踏まえた判断をする必要があるものと考えられる。
    (3) 起因性の判断手法について(以上のまとめ)

     一般に、疾病の発生の過程には様々な要因が複合的に関連するのが通常であり、特定の要因から特定の疾病が生じる機序を逐一解明することは困難である。そして、放射線に関しても、それが、がんをはじめとする各種の疾病の原因となり得ることについては、コンセンサスが成立しているとはいえるものの、放射線に特有の疾病や症状が存在するわけではない。したがって、放射性起因性の有無は、病理学、臨床医学、放射線学や、疾病等に関する科学的知見を総合的に考慮した上で、判断するほかはないわけであるが、これらの科学的知見にも一定の限界が存するのであるから、科学的根拠の存在を余りに厳密に求めることは、被爆者の救済を目的とする法の趣旨に沿わないものであって、最終的には、合理的な通常人が、当該疾病の原因は放射線であると判断するに足りる根拠が存在するかどうかという観点から判断をするほかはない。
     DS86及び原因確率は、現段階における科学的知見に照らし、相応の合理性を有するものと評価すべきであることは既に指摘したとおりなのであるから、これらによって算出された数値は、放射性起因性判断に当たり参考資料となり得るものであり、これらを適用した結果、放射性起因性が認められる可能性が高いと判断されたものについては、そのとおり放射線起因性を認めることに不合理な点はないものと考えられる。
     しかしながら、既に指摘した諸点を考えると、DS86及び原因確率のいずれについても、限界があり、そこで求められた数値を全く疑義のないものとして取り扱うことはできない。特に問題となるのは、DS86及び原因確率の機械的な適用は、放射線のリスクの過小評価をもたらすおそれがあるという点であり,この点を考慮すると,DS86によって被曝線量が少ないと評価された者や、原因確率が低いと判断された被爆者について、これらの形式的な適用のみによって放射性起因性を否定してしまうのは相当ではないのであって、他の観点から、これらの推定値の妥当性を検証する必要がある。具体的には、当該被爆者の被爆状況、被爆後の行動、急性症状の有無・態様・程度等を慎重に検討した上で、DS86による推定値を上回る被曝を受けた可能性がないのかどうかを判断し、さらに、当該被爆者のその後の生活状況、病歴(健康診断や検診の結果等を含む)、放射性起因性の有無が問題とされている疾病の具体的な状況やその発生に至る経緯などから、放射線の関与がなければ通常は考えられないような症状の推移がないのかどうかを判断し、これらを総合的に考慮した上で、合理的な通常人の立場において、当該疾病は、放射線に起因するものであると判断し得る程度の心証に達した場合には、放射線起因性を肯定すべきである。そして、このような場合、DS86や原因確率の値は、あくまでも総合的判断の一要素として考慮されるものであって、単にDS86や原因確率の値が低いということだけで放射線起因性を否定することはできない。また、以上のことは、確率的影響ではなく、確定的影響が問題となる疾病におけるしきい値の適用や、現段階においては、審査の方針において放射性起因性が認められていない疾病についての判断においても、同様に考慮されるべき事柄である。

    3 各原告についての検討

    (1) 原告加藤(原告番号1番)

     原告加藤は,いわゆる急性期に、脱毛、倦怠感、発熱、頭痛、下痢、嘔吐等の急性症状と理解することも可能な症状が現れていることや、その後の症状経過のほか、初期放射線による被曝線量が過小評価されている可能性があること、放射性降下物による外部被曝、内部被曝の可能性、他の被爆者の衣服や身体に付着した放射性降下物や、誘導放射能に起因する被曝等が生じた可能性もあることから、相当程度の被曝をした可能性があると認められる。そして,その後も、放射線に起因すると考えられる体調不良が続く中で胃がんを発生させたという一連の経緯からすると、原告加藤に生じた胃がんは、放射線に起因するものというべきである。

    (2) 原告高木(原告番号2番)

     初期放射線量については過小評価の可能性があることに加え、原告高木の被爆当日ないし被爆後の行動からみて、放射性降下物及び誘導放射能による相当量の外部被曝ないし内部被曝を受けた可能性は十分にあり得る。さらに、健康体であったはずの原告高木の後頭部裂傷等の治癒が遅れたことには原爆放射線の影響が考えられる上、被爆後、倦怠感、耳鳴り、めまい、下痢及び発熱など、原爆放射線の急性症状である可能性のある複数の症状を示していることからしても、原告高木は相当の放射線被曝を受けている可能性がある。これらの事情に加え、原告高木の被爆前の健康状況や被爆後の生活環境等に照らして、原爆放射線以外に腎臓がんの原因の存在は窺えないことからすれば、審査の方針においては起因性が明確には認められていないとしても,同原告の腎臓がんは放射線に起因するものというべきである。

    (3) 原告林(原告番号4番)

     初期放射線量が過小評価されている可能性のほか、原告林の被爆当日から1か月以上の間の行動からすると、放射性降下物や誘導放射能に起因する被曝が生じた可能性もあるのであるから、同原告には相当量の被曝が生じた可能性は十分にあり得る。また、原告林は、9月以降、脱毛、倦怠感を含め、典型的な放射線の急性症状を呈しており、これらの事情も同原告に相当程度の被曝があったことを裏付ける。そして,その後も、虫垂の炎症状態の異常を指摘されるなど、通常とは異なる経過があった中で、前立腺がんに罹患したという経緯や,固形がん一般と放射線の関係,前立腺がんと放射線との関連性を指摘する研究結果の存在を考慮すると,審査の方針において明確に起因性が認められていないとしても,原告林の前立腺がんは放射線によるものというべきである。

    (4) 原告梅園(原告番号5番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え、被爆当日及び翌日の行動等からすれば、放射性降下物等による被曝も考慮する必要があり、これらを含めれば、当時5歳で放射線感受性が高かった原告梅園に影響を与えるに足りる程度の被曝があった可能性は十分にあり得、このことは、原告梅園が、急性症状の1つである倦怠感を訴えていることからも裏付けられる。そして,同原告の被爆後の症状経過、被曝時年齢等を考えあわせると、審査の方針において明確に起因性が認められてはいないとしても,原告梅園の腎臓がんは,放射線に起因するものというべきである。

    (5) 原告岡川(原告番号6番)

     原告岡川については,被爆状況やその後の行動からも、被爆後の身体症状等からも,相当程度の被曝を推認することは困難であるし,放射線被曝がなければ理解できないような症状の経過があったと認めることもできない。これらの検討結果を踏まえると、原告岡川の大腸がんが原爆放射線に起因したと認定することは困難である。

    (6) 承継前原告大塚(原告番号7番)

     承継前原告大塚は,被爆当日及びその後の活動の際、放射性降下物や残留放射能、誘導放射能に起因する相当高線量の外部被曝、内部被曝を受けた可能性が十分にあり得るし、被爆後半年ほどの間、強い倦怠感を訴えていたことも,急性症状を呈する程度の被曝線量を受けたことを裏付ける。
     そして,承継前原告大塚の申請疾患のうち、肝細胞がんは、同人の被爆状況等に鑑みれば、飲酒歴を考慮してもなお、放射線に起因するものとみるのが合理的である。また、肝硬変については、審査の方針では起因性が認められていないものの,これを肯定する見解も有力に主張されており、上記同様の理由で、放射線に起因するとみるのが合理的である。

    (7) 原告大森(原告番号8番)

     原告大森は,被爆翌日の行動から、残留放射線や誘導放射線に起因する相当程度の被曝を受けた可能性があることは否定し難い上、被爆後、歯茎からの出血、嘔吐、倦怠感等の症状が生じている。さらに、健康体であったはずの原告大森が、被爆後長期間にわたって、体調不良、歯茎からの出血等に悩まされるようになったことをも総合考慮すると、原告大森は、健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性が高い。以上の事実や被曝時年齢を総合考慮すると、原告大森に生じた直腸がん、胃がんは放射線に起因するものであると認められる。

    (8) 原告竹内(原告番号9番)

     関係証拠によれば、原告竹内の被爆地点は爆心地から約7キロメートルの遠距離であって、初期放射線による被曝量は極めて小さいと考えられる上、入市時期も被曝から10日以上経過した8月18日以降であり(これに反する同原告の主張は採用できない。)、残留放射線等の影響もそれほど大きいものではなく,さらに、同原告が、被爆者の救護活動に従事した節は窺えるものの、それによる被曝量もそれほど大きなものであったとは考えられない。
     他方、原告竹内の被爆後の身体症状は,一般的にいえば放射線以外の原因によっても起こり得るものであるし、他に、同原告に放射線の影響を疑わせるような身体症状等が生じていたことを認めるに足りる証拠はない。さらに、申請疾患である前立腺がん発症の経緯等においても放射線の影響を特に疑わせるような事情は認められないから、結局、同原告の前立腺がんを放射線によるものと認定するだけの根拠はない。

    (9) 承継前原告関口(原告番号10番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え、爆心地周辺における長期間にわたる捜索活動の間、放射性降下物や残留放射能に起因する相当程度の外部被曝、内部被曝を受けた可能性があることを考慮すると、同人の被曝線量は相当程度のものに達していた可能性がある。また、承継前原告関口は、急性症状と思われる倦怠感を訴えており、このことも健康状態に影響する程度の線量の被曝をしたことを裏付けている。以上のような承継前原告関口の被爆状況、被曝時年齢等を総合考慮すると、承継前原告関口の卵巣腫瘍は、放射線に起因するものと認められる。

    (10)原告西本照雄(原告番号11番)

     原告西本照雄の被爆状況や被爆後の行動等からすると、多量の放射線被曝があったと考えることは困難であるし,被爆後胃腸が弱くなっていることも、放射線の急性症状といえるかは明らかではなく、ほかに具体的な急性症状は生じていない。さらに、原告西本照雄は、直腸がんと2種の胃がんを発症しているが、被爆者以外の者にも多重がんのリスクはあり,多重がんであることから、直ちに健康を害する程度の被曝をしたと認定することはできない。
     以上によると、同原告の被爆状況やその後の活動状況、症状経過等に照らしてみても、同原告の申請疾患を放射線に起因するものと認めることも困難である。

    (11)原告斉藤(原告番号12番)

     原告斉藤が入市したのは原爆投下から5日後の8月11日であるが、その後の行動等に照らし、残留放射能による外部被曝及び内部被曝により、健康に影響を及ぼす程度の被曝をした可能性があり得る。そして、入市から2週間後くらいからの体調不良の継続は、ともに入市した姉には共通する症状がみられた一方で、妹にはそれがみられなかったこと、同原告の被曝時年齢などの事情を併せ考えると、原告斉藤に生じていた症状は放射線に起因するものと推定することができ、同原告には身体障害を起こす程度の被曝が生じていたものというべきである。以上の点に、原告斉藤の家族では,同様に幼少時に被爆した姉以外にがんが発現した者がいないこと、原告斉藤に放射線以外にがんの原因となる事由が見出し難いことからすると、原告斉藤の直腸がんは放射線に起因すると認められる。

    (12)原告吉田(原告番号13番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え、被爆後10日間にわたる作業中に放射性降下物や誘導放射能に起因する外部被曝、内部被曝を受けていた可能性を併せれば、原告吉田が,相当程度の被曝を受けていた可能性を否定することはできない。他方、原告吉田には、下痢、発熱、嘔吐、歯齦出血、めまい、倦怠感といった急性症状とみられる症状が発現している上、健康体であったはずの同原告が、被爆後は様々な症状に悩まされるようになったことについても放射線の影響が疑われるところであり、同原告が健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けていた可能性は十分にあり得,これらの点に照らしてみれば、同原告の原発性肝がんは放射線に起因するものと認めることができる。

    (13)承継前原告右近(原告番号14番)

     承継前原告右近の被曝線量が、審査の方針に基づく推定値よりは多いものであった可能性はあり得るとしても、被爆後の行動等から、上記推定値を相当程度上回る被曝があった可能性があるとまで認定することは困難であるし、同人の身体症状という観点からみても、相当程度の被曝があったとの推認を行うことは困難である。そうすると、承継前原告右近については、被曝時年齢を考慮したとしても、健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性があるものと認定することは困難であるというほかはなく、申請疾患(悪性リンパ腫、脳腫瘍)について放射線起因性を認めることは困難である。

    (14)原告赤井(原告番号15番)

     初期放射線の過小評価とそれによる誘導放射能の過小評価の可能性に加え、国民学校で重傷の被爆者の介護に当たった際の誘導放射能及び放射性降下物による残留放射線被曝を考慮すれば、原告赤井は相当の線量の放射線に被曝した可能性がある。また、原告赤井の被爆後の紫斑、血性下痢、歯茎出血は、いずれも放射線の急性症状とされるものであり、原告赤井の被曝線量が健康に影響する程度のものであったことを裏付ける。以上の点に,放射線被曝以外にがんの原因となる特段の事由も窺えないことからすれば,原告赤井の食道がん及び右下咽頭がんは、いずれも放射線に起因するものと認められる。

    (15)原告山本(原告番号16番)

     原告山本の被爆状況やその後の行動は、審査の方針による推定値を相当程度上回るような被曝があったことを窺わせるようなものではなかったといわざるを得ない。また、原告山本は明確な急性症状の記憶がないとしており、同原告の身体症状等から高度の被曝を推認することも困難である。そうすると、原告山本の胃がんの放射線起因性を肯定することは困難であるというほかはない。

    (16)原告福地(原告番号17番)

     原告福地は,審査の方針によっても,初期放射線による被曝線量のみで186.9センチグレイと推定されることになるが、上記推定値は、爆発後1時間より前の誘導放射能による被曝線量及び放射性降下物による線量を考慮していないことなどからすると、実際の被曝線量はさらに大きかった可能性が十分にある。また、原告福地には、被爆翌日から典型的な急性症状が複数出現し、急性期経過後も倦怠感が長く続いており、健康状態からも放射線被曝の強い影響を受けたことは明らかである。
     原告福地の申請疾患は肝硬変(HCV陽性)であって,審査の方針においては,起因性が認められていないが,各種報告などからすれば、放射線被曝が、肝硬変発生の原因となり得ることは十分に認められ,原告福地の被曝時年齢などの事情を併せ考えれば、放射線に起因するものと認められる。

    (17)原告中山(原告番号18番)

     原告中山は、近距離で高度の放射線被曝を受けており、脱毛その他の被爆直後の症状は、種類、経緯からみても放射線による急性症状であるものと認められる。そして,一般に、放射線照射は創傷治癒の阻害要因として知られており、強度の放射線被曝の結果、原告中山のガラス片の摘出・露出跡において細胞の増殖活動が抑制され、化膿しやすい状態が続き、良好な創傷治癒が妨げられていたと考えられる。また、原告中山の瘢痕が疼痛を残しているのは、創傷治癒過程に障害があったためと考えるのが自然であるし、その原因としては、放射線以外には考えられないところである。したがって、原告中山の頸部有痛性瘢痕は、放射線に起因するものと認められる。
     また,原告中山は、日常的に消炎鎮痛剤を内服しており、要医療性が認められる。

    (18)原告三鷹N子(原告番号19番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え、被爆当日ないし翌日以降の行動からすると、原告三鷹N子には,残留放射能による相当程度の被曝の可能性があった。他方、被爆後、化膿傾向が現れ、健康体であったはずの同原告が、被爆後体調不良に悩まされるようになったこと、被爆状況やその後の行動内容がほぼ変わりのない母親に、脱毛などの典型的な急性症状が現れていること、被曝時年齢などの事情も併せ考えれば、原告三鷹N子は、健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けたものと認められる。
     原告三鷹N子の申請疾病である甲状腺機能低下症は、審査の方針において起因性が認められた疾病ではないが、同症と放射線被曝との間に因果関係が存在すると指摘する研究報告も存在することなどの事情を併せ考えると、現段階において、甲状腺機能低下症には放射線起因性が認められないと速断することは相当とはいい難く、被曝時年齢や、他に甲状腺機能低下症をもたらすような有力な原因も考えられないことからすると、同原告の甲状腺機能低下症については放射線に起因すると認めるのが相当である。

    (19)原告要石(原告番号20番)

     原告要石については,初期放射線による被曝はほとんど考え難い上,入市したのは、原爆投下から13日経過した時点であり、誘導放射能や放射性降下物による被曝の影響も相当程度低下したと考えられ、その行動をみても、特に高度な放射線被曝を受けたとは認められないし,入市後の症状の点から高度の被曝を推認することもできない。また、原告要石の胃がんが低分化型腺がんであったとしても、そのことのみから健康状態に影響を生じるような線量の被曝をしたともいえない。以上によれば、審査の方針に基づく検討はもとより、原告要石の被爆状況、その後の行動、身体症状その他の事情を総合的に考慮しても、原告要石の胃がんが放射線に起因すると認めることは困難である。

    (20)原告河合(原告番号21番)

     原告河合の被爆当日及びその後の行動から、放射性降下物や誘導放射化物質の外部被曝ないし内部被曝を受けていると考えられ、これらによる総被曝線量は相当程度に達していた可能性が高い。そして、原告河合には、血性下痢、歯茎出血、紫斑など放射線による急性症状である可能性の高い症状がみられ、その後も放射線以外には有力な原因が考えられない体調不良に悩まされていたことからも、原告河合が相当程度高い線量の被曝をしたことが裏付けられる。これら原告河合の被爆状況のほか、長年にわたり倦怠感や血小板減少などその影響を受けていたと考えられること、原告河合の慢性肝炎の診断から肝硬変の診断までは10年余りにすぎないことも勘案すると、原告河合の肝硬変症及び肝腫瘍は、原爆放射線の影響によりその進展が促進され、申請時点における発症につながったと認めることができ、放射線に起因するものと認められる(肝硬変症等の一般的放射線起因性については、原告福地に関する説示参照。)。

    (21)原告片山(原告番号22番)

     原告片山の被爆状況、被爆後の行動によれば、同原告の被曝線量は、審査の方針に基づく推定値である189.9センチグレイをはるかに超えるものであった可能性が十分にある上,身体症状等からみても、同原告は、健康に大きな影響を与える程度の放射線被曝を受けたものと認めるべきである。そして,原告片山の申請疾患である悪性黒色腫は、審査の方針において起因性が認められていないが,多くの固形がんについて起因性が認められていることや、原告片山の被爆状況や身体症状とその経過、放射線被曝以外には、悪性黒色腫発生の原因となるような有力な要因は見当たらないことなどを総合考慮すれば、悪性黒色腫の発症は放射線被曝に起因するものであると認めることができる。

    (22)原告久保(原告番号23番)

     関係証拠からすると、原告久保の被爆地点は自宅であると認められ、これに反する同原告の供述は採用できない。これを前提とすると,同原告が,健康状態に影響を与える程度の被曝を受けたとの事実はにわかに認定し難いし,同原告が、本人尋問においてのべる急性症状等も,放射線以外の原因も考えられるものである。以上によれば、審査の方針に基づく線量推定等はもとより、被爆状況やその後の身体状況等を照らし合わせてみても、原告久保の肺がんが、放射線に起因することを認めることは困難である。

    (23)原告平井(原告番号24番)

     初期放射線の過小評価の可能性に加え,被曝後の原告平井の行動から、放射性降下物等により相当程度の被曝をした可能性もある。倦怠感、歯茎出血、発熱といった放射線の急性症状とみられる症状が生じたこと等も、放射線の影響を示唆するものであり、被曝時年齢も併せ考えると、原告平井は健康状態に影響を与える程度の被曝を受けた可能性が高いものと考えられる。
     子宮体部がんについて、審査の方針では起因性が認められていないが,統計的に有意とまではいえないものの、ERR推定値(Sv当たり)が正の値を示していることや、原告平井の被爆状況、その後の身体症状、さらには、原告平井の生活状況等に照らして、放射線以外に、子宮体部がん発生の有力な要因は見出し難いことを総合考慮すると、原告平井の子宮体部がんは放射線に起因するものと認められる。他方、C型肝炎及び肝硬変ついては、感染から診断までの期間が長期であって、通常のC型肝炎の経過と異なるところはないことから考えると、放射線に起因するものとは認め難い。

    (24)原告元川(原告番号25番)

     原告元川の受けた初期放射線については、地形による遮蔽効果があった可能性がある。また、原告元川の供述する入市の事実は認定し難く、他に誘導放射能により健康に影響を及ぼすような被曝をした事実は認定し難い。原告元川の被爆直後ないしその後の健康状態のみから直接、原告元川が健康状態に影響する程度の線量の被曝をしたと推認することは困難である。
     このほか原告元川の喫煙暦や肺がんの発症時期等の事情を併せ考えてみると、原告元川の肺がんを放射線に起因するものと認めることは困難である。

    (25)原告吉澤(原告番号26番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価に加え、被爆後の行動からみて、原告吉澤は,爆心地直近の強い誘導放射能や、周辺一帯の放射性降下物により、外部被曝及び内部被曝を受け、推定値をはるかに上回る線量の被曝を受けた可能性が十分にある。このことは,原告吉澤が、血性の下痢、倦怠感、ガラス傷の治癒の遅れなど、典型的な急性症状を呈していることとも良く符合するし,その後も傷口の治癒能力の低下傾向があり、放射線の影響が持続していたことが窺われる。そして,原告吉澤の申請疾病は前立腺がんであって、審査の方針においては起因性が認めらていないが、原告吉澤の被爆状況やその後の症状経過、原爆放射線以外に前立腺がんの要因となった事由は窺えないことなどを総合考慮すれば、放射線に起因するものと認められる。

    (26)原告渡部(原告番号27番)

     原告渡部の被爆状況や,被爆直後の健康状態から、被曝線量が審査の方針に基づく被曝線量より大幅に大きかったことを推定することも困難である。また、原告渡部は被爆後今日まで多数の疾病に罹患しているが、これらの疾病歴のみから、直ちに放射線被曝の程度、あるいは被爆直後の急性症状の存在を推認することも困難である。
     そして、原告渡部の申請疾病は、甲状腺機能低下症であり、同症について放射線起因性を否定し去ることは相当ではないものの、放射線起因性が必ずしも明確に認められるものではないことを考慮した上で判断すべきであり、この点も併せ考慮すれば、原告渡部の甲状腺機能低下症が,放射線に起因するものであると認めることは困難である。

    (27)承継前原告早田(原告番号28番)

     初期放射線による被曝線量の過小評価の可能性に加え、承継前原告早田の被爆当日以降の行動から、放射性降下物による被曝を受けた可能性も否定することができない。他方、承継前原告早田には、被爆直後から、放射線による典型的な急性症状であると考えられる紫斑が生じているところ、他に紫斑の原因として考えられる要因は存在しない一方で、同人と行動を共にしていた妹にも同様に紫斑が生じている。これらを総合考慮すると、承継前原告早田は、健康に影響を及ぼす程度の放射線被曝を受けた可能性がある。以上の点や,承継前原告早田の被爆前の健康状態やその後の生活状況に照らし、放射線以外に具体的な胃がんの要因を見出し難いことを考え併せれば,承継前原告早田の胃がんは放射線に起因するものと認められる。

    (28)原告新田(原告番号29番)

     原告新田の被曝地点に関する供述は採用できないが,8月9日午後以降の行動に関する原告新田の供述内容はほぼ一貫しており,採用でき,これによれば,同原告は,誘導放射能及び放射性降下物による相当程度の残留放射線被曝を受けた可能性が十分にある。また、原告新田は、被爆後、下痢と火傷の治癒の遅れを経験しているところ、これらは放射線被曝の影響として理解可能なものであり、原告新田の被曝線量が相当程度のものであったことを裏付ける。以上のような被爆状況、身体症状に、原告新田において、原爆放射線以外に胃がんの発生要因となり得る具体的事実を窺わせる証拠はないことを総合考慮すると、原告新田の胃がんは放射線被曝に起因したものと認められる。

    (29)原告小西(原告番号30番)

     初期放射線による被曝線量が過小評価されている可能性に加え、被爆後の行動などからすると、原告小西が誘導放射能ないし放射性降下物に起因する放射線被曝の影響を受けた可能性は否定し難い。原告小西には、被曝後、倦怠感、発熱といった症状が現れていること等も、放射線による影響を考えざるを得ず,原告小西は、健康上影響を与える程度の放射線被曝をした可能性が高い。以上の点に,放射線以外に有力な原因として考えられるものは存在しないことなどの事情に照らしてみると、原告小西の肝細胞がんは、放射線に起因するものと認められる。

    (30)原告須田(原告番号31番)

     原告須田は被爆翌日に入市し、爆心地から最短で約1キロの場所に到達しており、同日以降の行動等に照らしてみれば、同原告の実際の被曝線量は、推定値を相当程度上回るものであった可能性が十分にあるものと考えられる。また、原告須田の身体症状からしても、原告須田は被爆直後の健康状態に影響を与える程度の線量の被曝をした可能性が十分にある。原告須田の申請疾病である甲状腺がんは放射線と統計学的に有意な関連性が認められ、以上のような原告須田の被爆状況や身体症状を総合考慮すれば、原告須田の甲状腺濾胞がんは、放射線に起因するものと認められ,バセドウ病に対するアイソトープ治療が原因であるとする被告らの主張は採用できない。

    4 国家賠償請求(被告厚生労働大臣の違法行為、故意・過失)

    (1) 審査の方針は、科学的知見が限られた問題について、制約はあるものの基本的には支持されるべき研究成果を目安に用いるものであるといえ、審査の方針を原爆症認定申請に係る審査に用いること自体が違法であるとはいえないし、原告らの申請を却下したことが国家賠償法上違法であるともいえない。

    (2) 審査の方針は、原爆症認定についての前記のような特殊性に照らして、数値化できる部分は具体的な数値を挙げるとともに、また総合的判断をするための項目を列挙するなどしている点で、行政手続法5条1項の趣旨に合致しており、同条項に違反するものとはいえない。

    (3) 原爆症認定手続は、放射線のほか、多種多様な疾病に関する専門的知識を必要とするものであって、手続上も、都道府県に対する申請から始まり、疾病・障害認定審査会の意見を聴取した上でなされるものであるから、相当の時間を要することはやむを得ないことである。また、被告厚生労働大臣においては、審査の方針を決定することに加え、必要に応じて、専門別に委員が審査会に先立つ事前チェックを行い、追加資料の取り寄せをするなどしており、これらは審査事務の合理化を通じて結果的に審査の迅速性を高めるものといえるから、被告厚生労働大臣において不当に長期間にわたらないうちに応答処理すべき作為義務に違反したものとはいえない。

    (4) 原告らに対する認定却下通知には、被爆者援護法10条の要件のうち起因性の要件をみたさないことが明記されている上、審査の方針の存在も併せれば,原告らに対する認定却下通知が国家賠償法上違法であるとはいえない。

    (5) 以上によれば、原告らの申請に対する却下処分は、いずれも国家賠償法上違法であるとはいえない。

    別紙 判決 主文

    1 被告厚生労働大臣ないし旧厚生大臣が、次の者に対してした、別紙一覧表記載の原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項に基づく認定申請の却下処分をいずれも取り消す。

    • 原告 加藤力男
    • 原告 高木留男
    • 原告 林太荘
    • 原告 梅園義胤
    • 承継前原告 大塚靖博
    • 原告 大森克剛
    • 承継前原告 関口智恵子
    • 原告 斉藤泰子
    • 原告 吉田忠
    • 原告 赤井啓三
    • 原告 福地義直
    • 原告 中山勇栄
    • 原告 三鷹N子
    • 原告 河合正江
    • 原告 片山文枝
    • 原告 平井園子
    • 原告 吉澤純一
    • 承継前原告 早田シマ子
    • 原告 新田朗
    • 原告 小西アカネ
    • 原告 須田芳子

    2 その余の被告厚生労働大臣に対する各不認定処分取消請求、及び、原告らの被告国に対する各損害賠償請求を、いずれも棄却する。

    別紙 一覧表
    原告番号 原告ないし承継前原告 性別 被爆時年齢 被爆市名 申請疾病名 認定申請日 却下処分日 異議申立日 異議棄却日 本訴提起日 訴状送達日
    1 加藤力男 20 長崎市 胃がん H14.3.29 H14.9.9 H14.11.15 H15.5.27 H15.6.12
    2 高木留男 26 広島市 左腎がん H11.6.30 H12.7.19 H12.10.6 H15.8.5 H15.5.27 H15.6.12
    4 林太荘 17 広島市 前立腺がん H13.4.30 H14.3.8 H14.5.16 H16.1.20 H15.5.27 H15.6.12
    5 梅園義胤 5 広島市 左腎がん肺転移 H14.2.26 H14.7.25 H14.10.3 H15.5.27 H15.6.12
    6 岡川精子 20 広島市 大腸腫瘍 H14.1.28 H14.7.25 H14.10.4 H15.5.27 H15.6.12
    7 大塚靖博 13 長崎市 (1)肝細胞がん (2)肝硬変 H14.6.4 H14.8.22 H14.10.31 H15.5.27 H15.6.12
    8 大森克剛 14 広島市 (1)直腸がん (2)胃がん H14.3.29 H14.8.22 H14.10.31 H15.5.27 H15.6.12
    9 竹内勇 25 広島市 前立腺がん H14.5.20 H14.8.22 H14.11.5 H15.5.27 H15.6.12
    10 関口智恵子 12 広島市 卵巣腫瘍 H14.4.13 H14.9.9 H14.11.15 H15.5.27 H15.6.12
    11 西本照雄 16 長崎市 (1)胃がん (2)直腸がん H14.4.19 H14.9.9 H14.11.15 H15.5.27 H15.6.12
    12 斉藤泰子 4 広島市 直腸がん(人工肛門) H14.7.9 H14.10.15 H14.12.20 H15.5.27 H15.6.12
    13 吉田忠 15 長崎市 原発性肝がん H14.7.9 H14.10.15 H14.12.20 H15.5.27 H15.6.12
    14 右近行洋 4 広島市 (1)悪性リンパ腫 (2)脳腫瘍 H14.7.31 H14.12.2 H15.2.10 H15.5.27 H15.6.12
    15 赤井啓三 25 広島市 (1)下咽頭がん (2)食道がん H14.9.6 H14.12.20 H15.2.26 H15.5.27 H15.6.12
    16 山本英典 12 長崎市 胃がん H14.9.6 H14.12.20 H15.2.19 H15.5.27 H15.6.12
    17 福地義直 14 広島市 肝硬変 H13.3.31 H15.5.12 H15.5.27 H15.6.12
    18 中山勇栄 14 長崎市 頸部有痛性瘢痕 H14.7.9 H14.11.8 H15.1.10 H15.9.11 H15.9.22
    19 三鷹N子 7 長崎市 甲状腺機能低下症 H14.8.23 H15.1.28 H15.4.3 H15.9.11 H15.9.22
    20 要石謙次 20 広島市 胃がん H14.12.9 H15.6.25 H15.9.11 H15.9.22
    21 河合正江 19 広島市 (1)肝硬変症(C型) (2)肝腫瘍 H14.12.9 H15.7.23 H15.9.11 H15.9.22
    22 片山文枝 20 広島市 悪性黒色腫 H14.9.19 H15.7.23 H15.9.22 H16.1.28 H16.3.8
    23 久保玉子 18 広島市 肺がん H14.7.9 H15.10.28 H16.1.28 H16.3.8
    24 平井園子 7 広島市 子宮体がん、C型肝炎、肝硬変 H15.3.6 H15.12.2 H16.1.28 H16.3.8
    25 元川末清 8 長崎市 肺がん H15.3.31 H15.12.2 H16.1.28 H16.3.8
    26 吉澤純一 17 広島市 前立腺がん H15.3.6 H15.12.2 H16.1.28 H16.3.8
    27 渡部愛子 22 長崎市 甲状腺機能低下症 H15.3.6 H15.12.25 H16.1.27 H16.1.28 H16.5.14
    28 早田シマ子 19 長崎市 胃がん H15.5.30 H16.1.29 H16.4.12 H16.5.14
    29 新田朗 13 長崎市 胃がん H15.5.30 H16.1.29 H16.4.12 H16.5.14
    30 小西アカネ 13 広島市 肝細胞がん H14.12.9 H16.5.12 H16.7.13 H16.9.2
    31 須田芳子 20 広島市 甲状腺濾胞がんの肺転移 H15.6.30 H16.5.12 H16.7.13 H16.9.2
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