被爆者相談所および法人事務所
〒113-0034 文京区湯島2-4-4平和と労働センター6階
電話 03-5842-5655 ファックス 03-5842-5653
相談電話受付時間
平日 午前10時から午後5時、土曜 午前10時から午後3時

原爆症認定集団訴訟 大阪地裁判決要旨

 東友会事務所にFAXで送られてきたものを、当時のスキャナと文字認識アプリケーションで読み込み、目視で原本と確認しながら作成されたものです。誤字・脱字等がある場合、東友会の責任です。また、原本に丸付き数字などの環境依存文字があった場合は、文字化けを避けるために表記を変更しています。

1 本件は、原告らが、被告厚生労働大臣(厚生大原)に対し、原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援護法)11条!項に基づき、原爆症認定の申請を行ったのに対し、被告厚生労働大臣等がこれをいずれも却下する旨の処分(本件各却下処分)をしたため、原告らが、本件各却下処分は原告らの疾病等の放射線起因性についての判断を誤り違法であるなどと主張して、その取消しを求めるとともに、被告厚生労働大臣等の違法行為により精神的苦痛を被ったなどと主張して、被告国に対し、国家賠償法1条1項に基づき、慰謝料等として300万円の支払を求めた事案である。

2 当裁判所は、原告らの被告厚生労働大臣に対する本件各却下処分の取消請求はいずれも理由があるからこれを認容し、被告国に対する損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。

3 被爆者援護法(10条1項)は、(1)被爆者が現に医療を要する状態にあること(要医療性)、(2)現に医療を要する負傷又は疾病が原子爆弾の放射線に起因するものであるか、または上記負傷又は疾病が放射線以外の原子爆弾の傷害作用に起因するものであって、その者の治癒能力が原子爆弾の放射線の影響を受けているため上記状態にあること(放射線起因性)、を原爆症認定を受けるための要件としている。そして、厚生労働大臣は、原爆症認定を行うに当たっては、疾病・障害認定審査会の意見を聴かなければならないものとされている。しかるところ、疾病・障害認定審査会原子爆弾被爆者医療分科会により平成13年5月25日付けで「原爆症認定に関する審査の方針」(審査の方針)が作成され、原爆症認定に係る審査に当たってはこれに定める方針を目安として行うものとしている。そして、審査の方針においては、申請に係る疾病等における原爆放射線起因性の判断に当たっては、原因確率及びしきい値を目安として、当該申請に係る疾病等の原爆放射線起因性に係る高度の蓋然性の有無を判断するものとされ、財団法人放射線影響研究所(放影研)の被爆者集団を対象とした疫学調査の結果から求められた各疾病等の寄与リスクを原因確率とした上、1986年線量評価大系(DS86)の原爆放射線の線量評価システムに依拠して申請者の被曝線量を算定し、各申請者の疾病等、性別及び被曝線量等に応じた原因確率を算定し、当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね50パーセント以上である場合には、当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定し、おおむね10パーセント未満である場合には、当該可能性が低いものと推定するものとするが、当該判断に当たっては、これらを機械的に適用して判断するものではなく、当該申請者の既往歴、環境困子、生活歴等も総合的に勘案した上で、判断を行うものとするなどとされている。

4 ところで、放射線起因性の要件については、被爆者援護法は、放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に通常の因果関係があることを要件として定めたものと解すべきであり、この因果関係の立証の程度は、通常の民事訴訟における場合と異なるものではなく、放射線と負傷又は疾病ないしは治癒能力低下との間に放射線被曝が当該負傷又は疾病ないしは治癒能力の低下を招来した関係を経験則上是認し得る高度の蓋然性が証明されれば当該疾病の放射線起因性を肯定すべきである。
 審査の方針における原爆放射線の被曝線量の算定が依拠しているDS86の原爆放射線の線量評価システム及びDS86を更新する線量評価システムとして策定された2002年線量評価大系(DS02)の線量評価システムは、現存する最も合理的で優れたシステムであるということができる上、少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以内においては、初期放射線の計算値が測定値とも良く一致しているのであって、その有用性を一概に否定することはできず、また、審査の方針における原因確率の算定自体も、その時点における疫学的、統計的及び医学的知見に基づくものとして、その方法に特段不合理なところはないから(審査の方針の定める放射線白内障のしきい値も、当時の疫学的、医学的知見に依拠したものと認められる。)、上記高度の蓋然性の有無を判断するに当たり、審査の方針の定める基準を適用して申請者の原爆放射線の被曝線量を算定した上、審査の方針の定める原因確率を適用して当該被曝線量に対応する原因確率を算定し、この原困確率又はしきい値を目安すなわち考慮要素の一つとして判断すること自体は、経験則に照らして直ちに不合理と一般的にいうことはできない。
 しかしながら、審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量の算定については、まず、初期放射線による被曝線量の算定につき、DS86及びDS02の原爆放射線の線量評価システムにはシミュレーション計算を主体として構築されたシステムとしての性格上それ自体に内在する限界が存することに加えて、その計算値が少なくとも爆心地からの距離が1300メートル以遠の遠距離において過小評価となっているのではないかとの疑いを抱かせるに足りる残留放射能の測定結果が存在することや、爆心地からの距離が2キロメートル以遠において被爆した者で脱毛等放射線による急性症状と推認される症状が生じたとするものが一定割合存在する事実が複数の調査結果によって認められていることなどからして、広島の場合も長崎の場合も、少なくとも爆心地からの距離が1300メートルないし1500メートルより以遠で被爆した者に係る初期放射線の算定において、DS86(及びDS02)に依拠した審査の方針の定める初期放射線の被曝線量の値をそのまま機械的に適用することには少なくとも慎重であるべきであり、これらの値が過小評価となっている可能性をしんしゃくすべきである。また、残留放射線による被曝線量の算定及び放射性降下物による被曝線量の算定についても、広島において、己斐、高須地区以外の地域において放射性降下物が存在した事実を裏付ける調査結果が存在し、長崎においても、西山地区以外の地域に放射性降下物が存在した可能性を否定することはできないところ、原爆投下当時広島市内又は長崎市内にいなかったいわゆる入市被爆者について脱毛等放射線による急性症状としか考えられない症状が生じている事実が認められ、これについては内部被曝による可能性も指摘されていること、内部被曝の機序については、いまだ必ずしも科学的に解明、実証されておらず、これに関する科学的知見が確立しているとはいい難い状況にあるものの、呼吸、飲食等を通じて体内に取り込まれた放射性核種が生体内における濃縮等を通じて身体の特定の部位に対し継続的な被曝を引き起こすとする機序に関する知見には少なくとも相応の科学的根拠が存在することに加えて、低線量放射線による継続的被曝が高線量放射線の短時間被曝よりも深刻な障害を引き起こす可能性について指摘する科学文献や、低線量域でも被爆者の充実性腫瘍(固形がん)の発生率について統計的に有意なリスクが存在するという報告も存在しており、これらを一概に無視することもできないことなどに照らすと、審査の方針の定める基準を機械的に適用し、審査の方針の定める特定の地域における滞在又は長期間にわたる居住の事実が認められない場合に直ちに被曝の事実がないとすることには、少なくとも慎重であるべきであって、いわゆる入市被爆者や遠距離被爆者については、放射姓降下物による被曝の可能性や内部被曝の可能性をも念頭に置いた上で、当該被爆者の被爆前の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、活動内容、生活環境、被爆直後に発生した症状の有無、内容、態様、程度、被爆後の生活状況、健康状態等を慎重に検討し、総合考慮の上、被曝の蓋然性の有無を判断するのが相当というべきである。
 他方で、原因確率の適用については、審査の方針の定める原因確率がそもそも当時の疫学的、統計的及び医学的知見に規定されたものであることに加えて、解析方法に由来する限界も存するのであり、特に、低線量域におけるリスクの推定については、低線量放射線による被曝のリスクに関する上記の科学文献等を一概に無視することもできないことなどにかんがみると、高線量域における統計分析から求められた線量反応関係をそのまま機械的に適用することについて慎重であるべきであり、低線量域における原因確率の評価については、特に慎重であるべきである。さらに、そもそも、原因確率(すなわち寄与リスク)自体が、あくまでも、疫学調査、すなわち、統計観察、統計分析等によって全体的、集団的に把握されたものであって、当該疾病の発生が放射線に起困するものである確率を示すものにすぎず、当該個人に発生した当該疾病が放射線に起困するものである高度の蓋然性の有無を判断するに当たっての一つの考慮要素以上の意味を有しないものであるから、当該個人に発生した疾病が原爆放射線被曝により招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の有無を判断するための1つの考慮要素(間接事実)として位置付けられるべきものであり、原因確率が大きければ有力な間接事実としてしんしゃくすることができるとしても、原因確率が小さいからといって直ちに経験則上高度の蓋然性が否定されるものではなく、むしろ、当該疾病については疫学調査の結果放射線被曝との間に有意な関係(線量反応関係)が認められている事実を踏まえて、当該個人の被爆前の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、活動内容、生活環境、被爆直後に発生した症状の有無、内容、態様、程度、被爆後の生活状況、健康状態、当該疾病の発症経過、当該疾病の病態、当該疾病以外に被爆者に発生した疾病の有無、内容、病態などといった種々の考慮要素(間接事実)を全体的、総合的に考慮して原爆放射線被曝の事実が当該疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきである。このような観点からすれば、審査の方針において、当該申請に係る疾病等に関する原因確率がおおむね10パーセント未満である場合には、当該疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性が低いものと推定するとされている点については、必ずしも妥当とはいい難いのであって、正に審査の方針自体において定めるとおり、当該申請者の既往歴、環境因子、生活歴等も総合的に勘案した上で、経験則に照らして高度の蓋然性の有無を判断すべきである。
 以上要するに、原爆症認定申請に対し、放射線起因性の要件を判断する当たっては、原爆放射線の被曝には種々の態様があることなどからして、その推定は現存する最も合理的で優れた線量評価システムをもってしてもなお未解明で不十分なところがあることに加えて、放射線の人体に与える影響については、その詳細が科学的に解明されているとはいい難い状況にあり、放射線による後障害は、高い統計的解析の上にその存在が明らかにされてくるという特徴があることなどにかんがみ、放射線被曝による人体への影響に関する統計的、疫学的及び医学的知見を踏まえつつ、当該申請者の被爆前の生活状況、健康状態、被爆状況、被爆後の行動経過、活動内容、生活環境、被爆直後に発生した症状の有無、内容、態様、程度、被爆後の生活状況、健康状態、当該疾病の発症経過、当該疾病の病態、当該疾病以外に当該串請者に発生した疾病の有無、内容、病態などを全体的、総合的に考慮して、原爆放射線被曝の事実が当該申請に係る疾病の発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断すべきであり、審査の方針の定める原爆放射線の被曝線量並びに原因確率及びしきい値は、放射線起因性を検討するに際しての考慮要素の一つとして、他の考慮要素との相関関係においてこれを評価ししんしゃくすべきであって、審査の方針自体において定めるとおり、これらを機械的に適用して当該申請者の放射線起因性を判断することは相当でないというべきである。

5 原爆症認定の対象となる負傷又は疾病は、当該原爆症認定の申請に係る個別具体的な負傷又は疾病に限られるものと解するのが相当であるが、当該申請に係る疾病の範囲については、当該申請書に記載された疾病の名称に必ずしも限定されるものではなく、申請書及び医師の意見書その他の添付書類の記載内容に照らして申請者の合理的意思を探求し、医学的知見を参酌しつつ社会通念に従って決すべきである。

6 原告深谷日出子の原爆症認定申講に係る疾病は、右眼球癆(ろう)並びに左白内障、左糖尿病性網膜症及び両涙液分泌減少症であると認められる。このうち、右眼球癆、左糖尿病性網摸症及び両涙液分泌減少症については放射線起因性を認めるに足りる的確な証拠はない。しかしながら、左眼白内障については、原告深谷は、爆心地からの距離が約1.5キロメートルの地点にあった廣島赤十字病院寄宿舎内で被爆したものであるところ、木造家屋内とはいえ、ガラス越しに眼(正に白内障が発症した部位である)に原爆による初期放射線の直曝を受けているほか、被爆後、身体にガラスが刺さったまま、負傷者の看護活動に従事したものであり、爆心地付近の誘導放射化した土壌による残留放射線の被曝に加えて、飲食物の摂取又は負傷した部位から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ可能性も十分考えられ、被爆後、脱毛、下痢など、放射線被曝による急性症状として説明可能な複数の症状が生じていることなどからして、原告深谷の被曝線量は決して小さくなかったと考えられる。
 しかるところ、原告深谷は、少なくとも、糖尿病の発症に先立って左眼白内障を発症していたものと認められることに加えて、放影研の疫学調査において白内障に有意な正の線量反応を認めたとされており、また、遅発性の放射線白内障及び早発性の老人性白内障に有意な相関が認められたとする報告や、白内障診断、術後白内障ともにしきい値は存在しないと考えられるなどという報告がされており、これらの統計分析や報告の信頼性を直ちに否定するに足りる証拠はないことなどを総命考慮すれば、原告深谷の左眼白内障について放射線起因性を肯定すべきである。また、原告深谷の左眼白内障について要医療性を認めることもできる。

7 原告葛野須耶子の原爆痛認定申請に係る疾病は、甲状腺機能低下症であると認められる。原告葛野は、爆心地からの距離が約3.3キロメートルの地点にあった自宅内で被爆したものであるが、上記自宅が降下核分裂生成物によると考えられる強い残留放射能が認められた西山地区に含まれる長崎市西山3丁目の南東約500メートルの位置にあったこと、原告葛野の被爆状況や被爆後の生活状況にかんがみると、原告葛野が放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)としても不自然とはいえない状況が存したというべきである。しかるところ、原告葛野には、甲状腺機能低下症以外にも、白内障及び乳がんという原爆放射線による被曝との関係が一般に疑われる疾病を複数発症しているのであり、とりわけ、乳がんについては、被曝線量の点を除けば、被爆時年齢(15歳)等からして原爆放射線による被曝に起因するものとみても不自然ではないものであり、原告葛野が原爆放射線による被曝との関係が一般的に疑われる疾病を複数発症している事実は、原告葛野が放射性降下物等による残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)としても不自然とはいえない状況にあったことと相俟って、これらの疾病が原爆放射線被曝に起因して発症したものであることを推測させるものというべきである。
 このことに加えて、原告葛野が、被爆前は健康体で勤労奉仕として男性に混じっての肉体労働にも従事していたのが、被爆後は、体が疲れやすく体調がすぐれない状態が長期にわたり続いたことなど、被爆前後で原告葛野の健康状態に質的な変化が認められること、核分裂生成物に多く含まれるヨウ素131は甲状腺に取り込まれて影響を与えることが一般に知られていること、マーシャル群島の核実験で被曝した子どもに自己免疫型ではない甲状線機能低下症がみられたなどとする文献が存在すること、他に原告葛野の甲状腺機能低下症発症の確たる要因が証拠上見当たらないこと及び原告葛野の被爆後の生活状況等を併せ考えると、原告葛野の甲状腺機能低下症は、それが自己免疫性のものではなく、我が国においては自己免疫性でない甲状腺機能低下症について原爆放射線との間に有意な線量反応関係を認めたとする文献等が見当たらないとしても、原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり、原告葛野の甲状腺機能低下症について放射線起因性を肯定すべきである。また、原告葛野の甲状腺機能低下症について要医療性を認めることもできる。

8 原告木村民子の原爆症認定申請に係る疾病は、胃がんであると認められる。原告木村は、爆心地からの距離が約3キロメートル弱の地点にあった社宅から爆心地からの距離が約2キロメートルの地点にあった小学校分校へ登校する途中被爆したものであるが、原告木村の被爆態様が遮蔽のない状態での直曝であり、被爆により背中から足にかけて火傷を負うに至っていること、被爆後に歯茎からの出血等放射線による急性症状として説明可能な症状を発症しており、その態様、程度が軽微なものであった様子はうかがわれないこと等からみて、原告木村の原爆の初期放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる上、原告木村が残留放射線に被曝し又は放射性降下物等の放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができない。しかるところ、原告木村(女性)の被爆時年齢(8歳)からして、被曝線量の点を除けば、原告木村に発症した胃がんが原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないとみられることに加えて、原告木村が被爆前は健康体であったのが、被爆後、体のだるさ、つらさを覚えるようになり、その後も原因不明の体のだるさ、つらさが続いたことなど、原告木村の被爆前後の健康状態に質的な変化がみられるのであり、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと、原告木村が最近の疫学調査等において原爆放射線による被曝との有意な関係が示されている循環器疾患(脳内出血)を発症していること及び被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば、原告木村の胃がんについて放射線起因性を肯定すべきである。また、原告木村の胃がんについて要医療性を認めることもできる。

9 原告井上正巳の原爆症認定申請に係る疾病は、右二指有棘細胞がんであると認められる。原告井上は、学徒勤労動員による勤労奉仕のため整列中、爆心地から1.8キロメートルないし1.9キロメートルの地点で被爆し、両腕等に皮膚が垂れ下がる程度の火傷(熱傷)を負ったものであるが、その被曝態様は遮蔽のない状態での直曝であった上、被爆直後に脱毛、下痢などといった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発症していることなどからして、原告井上の初期放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる上、残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができない。しかるところ、広島原爆又は長崎原爆の熱線により火傷(熱傷)を受けた者は広範囲にわたり多数存在する中で、被爆者に発生した皮膚がんと放射線被曝線量との関係について、有意な線量反応関係が認められたのみならず、被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いという統計分析が複数存在していること、原告井上は被爆時14歳と若年であったことに加えて、原告井上が、被爆前は健康体であったのが、被爆後、倦怠感、疲労感を覚えるようになり、その後長期にわたって倦怠感、疲労感に悩まされ続けたことなど、被爆の前後で原告井上の健康状態に質的な変化がみられるのであって、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば、皮膚がんの発生原因として放射線以外に熱傷瘢痕等も指摘されていることをしんしゃくしてもなお、原告共上の右二指有棘細胞がんは原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり、原告井上の右二指有棘細胞がんの放射線起因性を肯定すべきである。また、原告井上の右二指有棘細胞がんについて要医療性を認めることもできる。

10 原告佐伯俊昭の原爆症認定申請に係る疾病は、咽頭腫瘍であると認められる。原告佐伯は、勤労奉仕のため整列中、爆心地からの距離が約2キロメートル弱の地点で被爆し、上半身露出部分、右顔面等に火傷を負ったものであるが、その被曝態様は遮蔽のない状態での直曝であった上、残留放射線に被曝し又は放射性物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができず、被爆直後に歯茎からの出血、下痢といった放射線被曝による急性症状としても説明が可能な症状を発症していることなどからして、原告佐伯の原爆放射線による被曝線量は、DS86ないしDS02の鑑定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる。しかるところ、放影研の疫学調査においては、咽頭がんによる死亡又は発生率と放射線との間に有意な関係がみられないとされているものの、一般に、がんについては、原爆放射線被曝との関連を否定することはできないものとされており、また、固形がん全体については、被爆時年齢が若いほど発生のリスクが高いとされている上、放射線治療後又は原子爆弾爆発後の電離放射線被爆者の研究で咽頭と喉頭の放射線起因性腫瘍が確認されているとする報告も存在していること、原告佐伯は、被爆当時12歳と若年であったこと、原告佐伯は、40歳ころから、医師により原因が不明とされる肝炎(肝機能障害)に罹患しているところ、慢性肝炎及び肝硬変については、放影研の疫学調査において、有意な線量反応関係が認められていることに加えて、原告佐伯が、被爆前は健康体であったのが、被爆後、倦怠感、疲労感が続き、体のだるさ、疲れは年を経るごとにひどくなってきたと訴えていることなど、被爆の前後で原告佐伯の健康状態に質的な変化がみられるのであり、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば、原告佐伯の咽頭腫瘍の放射線起因性を肯定すべきである。また、原告佐伯の咽頭腫瘍について要医療性を認めることもできる。

11 原告小高美代子の原爆症認定申請に係る疾病は、甲状腺機能低下症(橋本病)であると認められる。原告小高は、爆心地から1.9キロメートルの地点の屋内で被爆したものであるが、被爆直後に脱毛等の放射線被曝による急性症状として説明が可能な症状を発症していることや、被爆当時胎内にいた長女が45歳のころ子宮がんで全摘手術をしており、白血球数が少なく、被爆者健康手帳の交付を受けていることなどからして、原告小高の原爆放射線による被曝線量はDS86ないしDS02の推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる。しかるところ、原告小高が発症した甲状腺機能低下症(橋本病)と放射線被曝線量との関係について、有意な線量反応関係が認められるとする統計分析が複数存在しており、その中には、甲状腺機能低下症は低線量群に有意に高く、10歳代ないし30歳代時に被爆した群に特に高く、特に女性に多かったという報告、有意な正の線量反応が甲状腺疾患の発焦率にみられ、被爆時年齢の影響は有意で、主に若いときに被爆した人たちでリスクが増加しているという報告などが含まれていること、原告小高は、被爆時年齢が20歳と若年であったことに加えて、原告小高が、被爆前は健康体であったのが、被爆後、長期間にわたり体がだるく疲れやすい状態が続いたのみならず、昭和43年ころから貧血で倒れたり吐いたりすることがあり、昭和47年ころには貧血で倒れ、その後も貧血の症状が続いていることなど、被爆の前後で原告小高の健康状態に質的な変化がみられるのであって、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば、原告小高の甲状腺機能低下症(橋本病)の放射線起因性を肯定すべきである。また、原告小高の甲状腺機能低下症(橋本病)について要医療性を認めることもできる。

12 原告甲斐常一の原爆症認定申請に係る疾病は、椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全、脳梗塞後遺症、高血圧症及び慢性虚血性心疾患であると認められる。原告甲斐は、原爆投下当時広島市内にいなかったいわゆる入市被爆者であるが、陸軍衛生兵として、原爆投下当日の夜から翌朝にかけて爆心地の直近において野営し、その後約1週間にわたり、日中は上半身裸で、市内やその周辺において負傷者の救出や髭体の処理作業に従事したものであり、原告甲斐の入市の時期、入市後の行動経過、活動内容に加えて、入市後に発症した脱毛等の症状、程度、とりわけ、入市後、原告甲斐に歯茎からの出血や脱毛等の放射線被曝による急性症状として説明可能な症状が生じており、脱毛については、次第にまとまった量の頭髪が抜けるようになり、最後は頭髪が全部抜けてしまう程度のものであったことなどからして、原告甲斐の原爆放射線による被曝線量は小さなものではなかった可能牲が高いものとみられる。しかるところ、原告甲斐が発症した上記の循環器疾患について、放影研の最近の疫学調査の結果は、循環器疾患(心疾患、脳卒中)の死亡率及び高血圧の発生率と放射線曝線量との問の線量反応関係の存在を示していることなどからみて、被曝線量の点を除けば、原爆放射線被曝に起因して発症したものである可能性を否定することができないこと、原告甲斐は、これらの循環器疾患のみならず、肝機能障害、白内障や白血球減少症さらには膀胱がん、前立線がんといった原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われる複数の疾病を発症しており、殊に、膀胱がん、前立腺がんについては、最近の疫学調査、統計分析により、原爆放射線による被曝との有意な関係が指摘されており、その発症時期、発症の態様等からみても、原爆放射線による被曝との関係が合理的に疑われるものであることに加えて、原告甲斐が、原爆投下前は健康体であったのが、入市後、長期間にわたり体のだるさや体調不良が続いているのであって、被爆の前後で原告甲斐の健康状態に質的な変化がみられるのであり、以上認定説示したところからすればその原因を専ら軍務や軍務遂行中の負傷あるいは心因性やストレスにより説明するのは困難というべきであって、他にその原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないこと及び被爆後の生活状況等をも総合勘案すれば、原告甲斐の上記循環器疾患(椎骨脳底動脈(後下小脳動脈付近)循環不全、脳梗塞後遺症、高血圧症及び慢性虚血性心疾患)は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり、これについて放射線起因性を肯定すべきである。また、原告甲斐の上記循環器疾患について要医療性を認めることもできる。

13 原告川崎紀嘉の原爆症認定申請に係る疾病は、貧血であると認められる。原告川崎は、原爆投下当時広島市内にいなかったいわゆる入市被爆者であるが、当時徴兵されて陸軍船舶練習部教導連隊四中隊に配属され、原爆投下の翌日入市し、その翌日(昭和20年8月8日)から同月11日までの間、爆心地に近い広島市紙屋町周辺を担当範囲として遺体処理作業に従事したものであり、原告川崎の入市の時期、入市後の行動経過、活動内容、入市後に発症した下痢の症状、態様、とりわけ、原告川崎は、広島市内での遺体処理作業を終えた後、激しい下痢が続いたのみならず、原告川崎の所属した分遣隊の他の隊員らもそのほとんどが激しい下痢を起こしたほか、同分遣隊で行動を共にしていた見習士官がそのころ頭髪が抜け出して急死した様子がうかがわれるのであって、入市後に原告川崎に発生した下痢の症状は、衛生状態等に起因するものとみるよりは放射線被曝に起困するものとみるのが素直というべきであることなどからして、原告川崎が残留放射線による外部被曝に加えて放射性物質の身体への付着や飲食物の摂取等により誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も十分考えられ、原告川崎の原爆放射線による被曝線量は小さなものではなかった可能性が高いものとみられる。しかるところ、原告川崎は、徴用、応集前は、貧血の症状が見当たらないのに対し、復員後、昭和30年ころから現在に至るまでの間、断続的に貧血の診断を受けているほか、白血球減少症の診断を受けたこともあるというのであり、鉄欠乏性貧血としての原因が見当たらず、その態様、経過等からみて、原告川崎の貧血が骨髄の障害(機能不全)に起因するものである可能性も少なくはない。これらに加えて、原告川崎は、徴用、応集の前後を通じて、艀の仕事に従事し、艀内生活を営んでいたものであって、その生活環境、仕事内容に著しい変化はみられないにもかかわらず、徴用、応集前は健康体であったのが、復員後は、疲れやすく、下痢を起こしたり風邪をひいたりすることも多くなるなど、被爆の前後で原告川崎の健康状態に質的な変化がみられるのであり、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠が見当たらないこと、原告川崎が原爆放射線による被曝による可能性も否定することができない他の疾病(肝機能障害、循環器疾患)を発症していること及び被爆後の生活状況、病歴等をも総合勘案すれば、原告川崎の貧血は原子爆弾の放射線に起因して発症したものとみるのが合理的かつ自然というべきであり、原告川崎の貧血の放射線起因性を肯定すべきである。また、原告川崎の貧血について要医療性を認めることもできる。

14 原告美根アツエの原爆症認定申請に係る疾病は、肺がん及び転移性脳腫瘍であると認められる。原告美根は、原爆投下当時、女子挺身隊員に動員され、爆心地からの距離が約2.1キロメートル弱の地点にあった三菱兵器住吉女子寮(木造家屋)内で被爆したものであるが、放射性降下物等による残留放射線の被曝や飲食物の摂取又は負傷した部位等から誘導放射化した物質を体内に取り込んだ(内部被曝)可能性も否定することができない上、被爆直後に歯茎からの出血、下痢などといった放射線被曝による急性症状等としても説明が可能な症状を発症していることなどからして、原告美根の原爆放射線による被曝線量は、DS86ないしDS02による推定値ほど小さくはなかった可能性が高いものとみられる。しかるところ、原告美根(女性)に喫煙歴がなく、親族の中にがんを発症した者もなく、被曝線量の点を除けば、原告美根に発症した肺がんは原爆放射線による被曝に起因するものとみても決して不自然ではないとみられることに加えて、プルトニウムが肺に入ると非常に危険度が高いという指摘も存在すること、原告美根が原爆放射線による被曝による可能性も否定することができないとされる白内障を発症していること、原告美根が、被爆前は健康体であったのが、被爆後、倦怠感、疲労感を覚えるようになり、胃の調子が悪いなど、体調不良を来すようになったというのであり、被爆の前後で原告美根の健康状態に質的な変化がみられるのであって、その原因を明らかにするに足りる的確な証拠は見当たらないことや、被爆後の生活状況、病歴等をも総合勘案すれば、原告美根の肺がんの放射線起因性を肯定すべきである。また、原告美根の肺がん及びその発症が肺がんに起因するものと推認される転移性脳腫瘍について要医療性を認めることもできる。

15 以上のとおり、原告らの原爆痘認定申請に対する本件各却下処分はいずれも違法であるから、取消しを免れない。

16 しかしながら、原子爆弾被爆者医療審議会において原爆症認定申請に対する審査が疾病の種類及び被爆距離から形式的に行われていた事実を推認することはできず、原告佐伯及び原告甲斐の各原爆症認定申請についてこのような形式的審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠はない。また、疾病・障害認定審査会における原爆症認定申請に対する審査が原因確率以外の事情をほとんど考慮せず原因確率なる基準に従って形式的に行われていると直ちに認めることはできず、原告佐伯及び原告甲斐を除くその余の原告らの各原爆症認定申請についてこのような形式的な審査しか行われなかったことを認めるに足りる的確な証拠もない。
 したがって、被告厚生労働大臣(厚生大臣)が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と本件各却下処分をしたということはできないものというべきである。なお、原告深谷の原爆症認定申請に対しては、却下処分の通知書にその処分理由が誤って記載されていた事実が認められ、これについては、被告厚生労働大臣は、その職務上通常尽くすべき注意義務を怠って、原告深谷の処分理由の提示等に関する手続的利益を侵害したものとみる余地があるが、当該行為の内容、態様、当該利益の内容、性質等に加えて、本訴において上記却下処分が取り消されることをも併せ考えると、原告深谷に慰謝料をもって償うに足りる損害が生じているとまで認めることはできないというべきである。したがって、原告らの被告国に対する国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。