原爆症認定集団訴訟 東京訴訟 求釈明申立書
被告らは、答弁書においては請求の趣旨に対する答弁を行うのみで、期日直前に出された準備書面(1)でも、多くは請求原因に対して単に「否認する」「争う」「不知」などと述べるだけである。行政事件訴訟法7条・民事訴訟規則79条3項では事実を否認する場合には理由を記載することを求めており、被告らの認否は極めて不十分なものと言わざるを得ない。
以下原告らが指摘する点は、本件の審理にあたっての基本的な争点である。被告らは、今後の訴訟進行を速やかに行うためにも、早急に否認若しくは争う理由について詳細に主張すべきである。こうした観点から求釈明を行う。
第1 原爆投下の違法性について
原告らは、訴状第4、2、(1)「原爆投下の国際法違反性と核兵器廃絶の決意」(p23以下)において、1945年8月のアメリカ合衆国による広島、長崎への原爆投下が、国際慣習法たる国際人道法に違反することを明らかにした。これに対し、被告らは、準備書面(1)p14において、「認否の限りでない」として答弁を拒んでいる。
しかし、原爆投下の違法性は、原爆症の認定(特に、起因性の審査)に当たって、被爆者に過重な証明負担を負わせてはならないことの根拠として、請求原因の柱をなすものである。また、言うまでもなく、原告らを今日に至るまで苦しませ続けている被害の原因は、1945年8月6日広島、同月9日長崎への原爆投下であるところ、かかる原爆投下を法的に如何に評価するかは、被爆者行政(さらに、その前提となっているわが国の核政策)の出発点であり、そのあり方を決定づけるものである。
これに関連し、原告らが原爆投下の違法性の根拠とした諸事実については、「類似した内容を記載した文献があることを認める」(準備書面(1)p10)との認否がされているが、これは事実を争わないとの趣旨と理解される。仮に争うのであれば、理由と根拠となる文献を示して主張されたい。
いずれにしても、原爆投下の違法性についての被告らの見解を明らかにすることは、本件審理に不可欠であり、この点に対する認否及び否認するのであれば、その根拠を具体的に主張されたい。
これと併せて、1996年7月8日の国際司法裁判所における勧告的意見は、その主文E項で「核兵器の威嚇または使用は、武力紛争に適用される国際法の諸規則そして特に人道法の諸原則と諸規則に、一般的に違反する。しかしながら、…核兵器の威嚇または使用がある国家の生存そのものが危機に瀕しているような自衛の極限的状況において合法であるか違法であるかを、明確に決することができない。」と判断している。当然被告らもこの国際司法裁判所の判断に服するものと思うが、もしこれと異なる見解をとるのであればその理由、根拠を示されたい。
第2 原爆症認定行政について
原告らは、訴状第2、1「原爆症認定制度の概要」(p9以下)において、起因性の審査にあたり原因確率論やしきい値を機械的に適用し被爆者を切り捨てている点に原爆症認定制度の最大の問題点があること、同2「認定の実態と背景」(p11以下)において、原爆症認定にあたっては、予算上2000人(2002年3月現在、被爆者健康手帳の交付を受けている被爆者の約0.7パーセント)という枠しか用意されておらず、その枠の範囲内で認定を行うという行政が行われていることを明らかにした。すなわち、被告らの原爆症認定行政は、被爆実態を科学的に分析したうえでその被害を救済するという視点に立つものではなく、まず最初に設定した原爆症認定数の枠内に収まるように、科学的な装いを凝らした恣意的な基準を用いて、枠内に収まらない者を切り捨ててきたものに他ならない。
これに対し、被告らは、準備書面(1)p7で、審査の基準はなく、原因確率やしきい値は目安であるとのみ述べ、予算枠があることも否認している。しかし、そこには具体的な主張は展開されていない。しかも、同18pでは、原因確率が放射線起因性の重要な判断基準として機能しているとも受け取れる記述をしている。
本件は、直接的には、援護法10条1項の起因性、要医療性の要件の解釈、適用を争点とするものであるが、その解釈、適用は、自ずと原爆症認定行政の在り方によって導かれるものである。したがって、原爆症認定行政の在り方についての被告らの主張を明らかにすることは、本件審理に不可欠である。よって、被告らは被爆者に対する施策、認定行政の基本姿勢、さらには判断基準、認定行政の実情などについて具体的に主張されたい。
第3 線量評価と原因確率論について
1、被曝線量の評価について
(1)直曝被曝線量の推定について
原告らは、被曝線量の推定に関し、訴状でγ線と中性子線の吸収線量を単純に合算していることを主張した(p32下から4行目)。これに対し被告らは、準備書面(1)p18で第1段落全体を否認しているが、その趣旨は必ずしも明確ではない。
よって、被告らは、初期放射線の直接被曝の線量に関し、中性子線とγ線を単純に合算していることを認めるのか否認するのか、明確にされたい。
(2)DS86における体内被曝の影響について
原告らは、訴状において、残留放射線の影響について主張した(p31)。これに対し被告は、準備書面(1)p17(イ)2(ページ作成者注:この「2」は原文では丸付数字だが、webページでは正しく表示されない場合があるため、単に「2」とした)において、「誘導放射能や放射性降下物が…体内に取り込まれ、持続的に人体へ影響する可能性があることは、認め、その余は否認ないし争う。原爆症認定及び原因確率の算出にあたっては、残留放射能による被曝線量を含めて被曝線量の推定を行うこととされている。」との主張をしている。一方、原告らは、残留放射線による体内被曝の影響に関し、DS86では、その影響評価を放棄していると主張している(訴状p31)が、これに対して被告らは正面から認否をしていない。
そこで準備書面(1)のこの答弁の趣旨が、DS86及び原因確率の算出の基礎となる放影研の研究において、残留放射線の体内被曝を算出しているという趣旨か、否かを明らかにされたい。もし、残留放射線の体内被曝を算出しているのであるとすれば、どのようにして算出しているのかを明らかにされたい。
2、原因確率の算出について
被告らの答弁から見ても、被告らの原爆症認定において、原因確率が非常に大きな役割を果たしていることが明らかであるが、厚生労働省から2001年(平成13年)5月に発表された「原爆症認定に関する審査の方針」(以下「審査方針」という。)では、確率的影響といわれる悪性新生物を中心に、疾患別にDS86を基礎に被曝線量、被爆時年齢(更に疾患により男女別)で「原因確率」を算出する別表が添付されている。
ところで、この別表は児玉和紀氏(広島大学医学部保健学科健康科学教授)を主任研究者とする厚生科学研究費補助金(特別研究事業)の「原爆放射線の人体に対する健康影響評価に関する研究」(以下「児玉論文」という。)の別表に「寄与リスク」として表示されている表と基本的に一致している。つまり、児玉論文別表では、一部下2桁まで計算されているのを審査方針別表では、四捨五入しているという程度の差があるに過ぎない。このことからも明らかなように、審査方針は、児玉論文を基礎とするものである。今後出される被告らの主張では、以下の点を明らかにされたい。
児玉論文によると年齢別に原因確率が計算されている疾患については、放影研のデータ、すなわち寿命調査と、成人健康調査を中心に、被爆時30歳の被爆者を標準的被爆者として、1シーベルト当たりの過剰相対リスクを出し、これに基づき年齢及び被曝線量による変化に基づき関数計算をして出しているとされる。
(1)まず、何故、30歳を基準としたのか、その理由を明らかにするように求める。
(2)次に原因確率ないし寄与リスクを算定する基礎となった1シーベルト当たりの過剰相対リスクの算定にあたって対象となった比較対象群である非曝露群(すなわち、非被爆者群)はどのような集団かを明らかにされたい。
(3)訴状請求の原因第4、4、(2)「原因確率論の問題点」のウ(訴状p33)で述べるように、過剰相対リスクの算定にあたって、「最も重要な点は、被爆者群(曝露群)と比較する対象者群としての非被爆者群(非曝露群)をどのように選定するか(バイアスの排除)にある。」との趣旨の主張をしており、これに対して、初期に認否の行われた広島訴訟、大阪訴訟では、「原告の主張するバイアスの排除がいかなることを指すのか明らかでないが、一般論として、疫学調査においては対照群の選定が重要である点については認める。」との認否をしていた。
ところが、東京の訴訟では、「認否を留保する」と主張を変更している。
このような主張の変更はどのような理由によるものかを明らかにされたい。
(4)児玉論文によれば、過剰相対リスクの基礎となる寿命調査には、臓器線量とカーマ線量があるとされるが、寿命調査において、カーマ線量と臓器線量とがどのように換算されているのかを明らかにされたい。
(5)児玉論文によると、乳がん、甲状腺がんは、発生率調査を利用したとしつつ、発生率データには臓器線量しかないために、カーマ線量に転換して寄与リスクを求めたとされるが、どのようにしてこの場合転換したのかを明らかにされたい。
(6)寿命調査のデータの作成上の基礎となる個々の被爆者のカーマ線量ないし臓器線量の算定にあたって、中性子線とγ線の線質(生物学的効果比)の相違は考慮に入れられているのか否かを明らかにされたい。そしてもし、考慮されているとすれば、その線質係数は、いくつか、すなわち、γ線に対する中性子線のRBEはいくつであるのかを明らかにされたい。
(7)児玉論文によると、原因確率、すなわち寄与リスクに関する表は、死亡率調査第12報1部(ラディエーション・リサーチ146号1-27、1996年)及び原爆被爆者における癌発生率第2部(ラディエーション・リサーチ137号17-67、1994年)を基礎にして作成されたと記載されているが、どのようにして作成されたのかをそれぞれの表について具体的に明らかにされたい。例えば、児玉論文の表8-1、2、審査の方針の別表7-1、2は、肝臓がん、皮膚がん、卵巣がん、尿路系がん、食道がんを一緒にしたものであり、どのような表をどのようにあわせたのか説明されたい。
(8)児玉論文に添付された寄与リスクの表及び当初厚生労働省で発表された原因確率の表では、肝硬変についての表が添付されていたが、これが除外された理由を明らかにされたい。
以上