爆症認定集団訴訟 東京訴訟 「1.1キロ被爆でなぜ却下」涙の陳述
原爆症認定集団訴訟の第6回口頭弁論は、2004年6月25日、東京地裁103号法廷で開かれ、100人が傍聴しました。
弁論冒頭、原告の福地義直さんが約15分間意見を述べました。14歳の時、広島の爆心地から1.1キロで被爆し、大けがをした母と妹と3人で爆心地付近を逃げ回ったときの惨状、被爆後の急性症状の苦しみ、帰ってこない父親を必死で捜し回ったときの思い、原因不明の発熱や腹痛、子どもができない身体になった悲しみ、肝硬変、C型肝炎で週2回通院していることなどをのべ「私には普通なみの健康とはどういう状態なのか分からない、被爆後ずっと体調が悪いことが当たり前になっていたから」と、声をつまらせて証言しました。
つづいて竹内英一郎弁護士が、国が原爆症認定の基準にしているDS86と原因確率の不合理さと非科学性をつく弁論を展開し、原爆被害という人類にとって未知の問題を、一般の医療問題と同列において論じようとする国=厚生労働省の態度を厳しく批判しました。
東京の集団訴訟原告30人に
東京の集団訴訟の原告が30人になりました。7月13日に新たに提訴したのは、港区の小西アカネさん(14歳広島被爆)と府中市の須田芳子さん(20歳広島入市)。小西さんは肝細胞ガン(B型)、須田さんは甲状腺濾胞ガン・肺転移です。東京の集団訴訟は、ここまでを「第1次提訴」とし、今後は「第2次提訴」として訴訟に臨むことになります。