原爆症認定集団訴訟 神奈川訴訟 横浜地裁判決骨子および判決要旨
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横浜地裁判決骨子 2009年11月30日
第1 事案の概要
本件は、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆について、被爆者13名が、厚生労働大臣に対し、被爆者援護法に基づく原爆症認定申請をしたところ、却下処分を受けたため、原告ら(被爆者12名及び被爆者1名の相続人3名)が各却下処分の取消しを求めるとともに、違法な各却下処分によって精神的苦痛を被った等として、被告国に対し、国家賠償法に基づく損害賠償等を請求した事案である。なお、本件訴訟の提起後、被爆者13名のうち8名(申請疾病の一部認定の者も含む。)について、各却下処分が取り消され、原爆症の認定がされた。
第2 取消訴訟に訴えの利益の認められる原告らについての原爆症認定要件該当性
(1)中咽頭がんを申請疾病とする原告、(2)左手指切断後遺症、汎発性皮膚炎、諸関節痛及び汎発性筋痛を申請疾病とする原告、(3)慢性肝炎を申請疾病とする原告、(4)前立腺がん、膀胱がん及び胃がんを申請疾病とする原告の各原爆症認定申請を却下した処分は、いずれも、放射線起因性等が認められるのにそれを認めなかった点で違法である。
これに対し、(5)糖尿病、気管支喘息、頚椎症、腰椎スベリ症及び骨粗鬆症を申請疾病とする原告の原爆症認定申請を却下した処分、(6)直腸がん術後、腸管癒着症、便秘症、胃潰瘍瘢痕、食道裂孔ヘルニア及び高脂血症を申請疾病とする原告の原爆症認定申請のうち、胃潰瘍瘢痕、食道裂孔ヘルニア及び高脂血症を申請疾病とする部分を却下した処分は、当該疾病に放射線起因性を認めることができないから、処分は適法である。
また、(7)胃粘膜下腫瘍及び術後肝障害を申請疾病とする原告の原爆症認定申請のうち、術後肝障害を申請疾病とする部分を却下した処分は、同疾病につき要医療性を認めることができないから、処分は適法である。
第3行政手続法違反の有無
各却下処分が行政手続法5条1項、8条1項に違反するとは認められない。
第4国家賠償請求の当否
審査の方針が基礎を置くDS86及び原因確率は、その時点における疫学的、統計的及び医学的知見に基づくものとして、相応の合理性を有するものであり、認定審査に、審査の方針を用いて判断すること自体は、直ちに不合理ということはできない。また、審査の方針が機械的に適用されたことを認めるに足りる証拠はない。よって、原告らの国家賠償請求を認め(ることはできない。
以上
横浜地裁判決要旨 2009年11月30日
第1 事案の概要
本件は、広島市及び長崎市に投下された原子爆弾による被爆について、被爆者13名が、厚生労働大臣に対し、被爆者援護法に基づく原爆症認定申請をしたところ、却下処分を受けたことから、原告ら(被爆者12名及び被爆者1名の相続人3名)が各却下処分の取消しを求めるとともに、違法な各却下処分によって精神的苦痛を被った等として、被告国に対し、国家賠償法に基づく損害賠償等を請求した事案である。なお、本件訴訟の提起後、被爆者13名のうち8名(申請疾病のうちの一部認定の者も含む。)について、各却下処分が取り消され、原爆症の認定がされた。
第2 取消訴訟についての本案前の判断
既に原爆症認定がなされた疾病についての却下処分の取消しを求める訴えについては、訴えの利益が失われたため、いずれも却下する。
第3 争点(1) (放射線起因性についての認定の誤り)について
DS86に基づく線量評価システムは、広島・長崎原爆による放射線の到達範囲・放射線の量等を忠実に再現しているとはいえない。また、DS86における残留放射線推定の精度は低く、残留放射線の影響の程度について、「(旧)審査の方針」が定めたような固定的・限定的な線量評価をすることには疑問を持たざるを得ない。内部被曝の影響を無視して原爆症認定の審査をすることも相当ではない。遠距離被爆者、入市者にも放射線被曝による急性症状が発生したと考えざるを得ない調査結果が多数報告されていることも踏まえれば、審査の方針が定める線量評価の手法では、残留放射線の影響の程度や内部被曝の評価について過小評価に陥る危険がある。
そこで、原告らの放射線被曝の有無及び程度については、DS86による初期放射線評価を尊重しつつも、残留放射線の存在、内部被曝の存在について配慮すべきであり、疾病の原爆放射線との関連性については、放影研の疫学調査の知見を重視しつつも、それに限られることなく、疫学調査以外の学問的知見を考慮に入れて関連性の判断をすべきである。
以上を踏まえて、原告らの個別事情を慎重に検討すべきである。
第4 争点(2) (各原告らの原爆症認牢要件該当性)について
以上に示した点を踏まえて検討した結果の概要は、別紙(東友会注:この「別紙」は掲載しません)取消訴訟分判断一覧表のとおりであり、(1)原告A、(2)原告B、(5)原告E、(13)原告Mの各原爆症認定申請を却下した処分は、いずれも、放射線起因性等が認められるのにそれを認めなかった点で違法である。
これに対(し、(10)原告Jの原爆症認定申請を却下した処分、(12)原告Lの原爆症認定申請のうち、胃潰瘍瘢痕、食道裂孔ヘルニア及び高脂血症を申請疾病とする部分を却下した処分については、種々の知見に照らしても、放射線被曝と当該申請(疾病発症との因果関係を肯定することはできないから、同処分は適法である。
また、(6)原告Fの原爆症認定申請のうち、術後肝障害を申請疾病とする部分を却下した処分は、同疾病につき要医療性を認めることはできず、同処分は適法である。
第5 争点(3) (行政手続法違反の有無)について
本件各却下処分の通知書の記載から、申請者に対する不服申立ての検討資料の提供は十分に果たされているということができ、本件各却下処分には行政手続法8条1項が規定する拒否処分の理由付記に欠ける違法はない。
また、放射線起因性及び要医療性判断の高度の科学性、専門性に照らせぱ、個々の申請について個別具体的な判断をせざるを得ず、かつ、公正さが制度的に担保されていることから、厚生労働大臣が審査基準を設けないとしても行政手続法5条1項に違反しない。
したがって、本件各却下処分につき、これらの法律違反は認められない。
第6 争点(4) (国家賠償法1条1項に基づく責任の有無及び損害額)について
医療分科会が策定した「(旧)審査の方針」は、個々の被爆者に対する被曝線量の推定については、DS86に勝る線量評価体系が存在しない状況下でDS86により、また、原因確率についても、児玉論文及びその基礎となる放影研の長年の研究に立脚したものであって、その時点における疫学的、統計的及び医学的知見に基づくものとして、相応の合理性を有する。したがって、認定審査に審査の方針を用いたことが直ちに不合理ということはできない。また、原告らの認定審査が行われた当時、厚生労働大臣が審査の方針を是正すべき義務を負っていたということはできない。
医療分科会における審査において、従前の審査の方針の機械的な適用がされていたことを認めるに足りる証拠はない。
個々の原告についてみても、厚生労働大臣が放射線起因性又は要医療性に関する事実を認定、判断する上において、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と原爆症認定申請を却下したと認めることもできない。
したがって、原告らの国家賠償請求はいずれも理由がない。
以上