被爆者相談所および法人事務所
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いよいよ提訴 原爆症認定集団提訴へ原告、弁護、支援の態勢整う

原告団を18人で結成 「原爆被害のむごさ伝える先頭に」

 原爆症認定を求める集団訴訟が、東京では2003年5月27日、東京地裁に訴状提出となります。裁判に参加する被爆者は18人。17人が各種のガンで、1人が肝硬変(C型)です。原告になるこの人びとによる「第1回原告団会議」が2003年5月14日午後、東友会のある平和と労働センター会議室でおこなわれました。
 参加した原告予定者は7人、代理の奥さんが1人。欠席した人からは、「ガンが脳に転移して歩けない」「きょう入院するので」「頭髪が全部抜けていて外に出られない」などの報告があり、参加した人からも、「喉が痛い」「手術跡がうずく」などの訴えがあるなど、みんなが、ガンとの命をかけたたたかいのなかで提訴を決意したことを伝えていました。
 東友会の田川時彦会長は、「自分もガンで認定申請を出した」ことを明らかにして、「新しい運動を起こすには新しい人間関係をつくっていかなければならない。被爆の実情を広げるために心を一つに訴えていこう」とあいさつ。
 弁護団からは、高見澤昭治団長、宮原哲朗全国弁護団事務局長が「原爆被害のむごさを都民に知らせる先頭に立ってほしい」「長くとも3年で判決をとるようにがんばる、身体をいたわってください」など、激励とねぎらいの言葉をよせ、池田眞規全国弁護団長が「原爆被害は一人の体験では言い表せないということを裁判官に知らせよう」と発言、内藤雅義弁護士が訴状の説明をしました。
 このあと、原告団結成、団長らを選出しました。団長に選ばれた加藤力男さんは、「原告になるのは初めて。何ができるのか分からないが、がんばる」とあいさつ。
 最後に、竹内英一郎弁護士が集団訴訟の段取りと第1回口頭弁論を7月に予定したいなど、裁判への準備をのべて閉会しました。

原告団長に加藤力男氏

  • 団長:加藤力男さん。被爆当時20歳。長崎、軍人として2キロで直接被爆。胃ガン
  • 副団長:梅園義胤さん。当時5歳。広島、1.7キロで直接被爆。腎臓ガン・肺転移
  • 副団長:大森克剛さん。当時14歳。広島、8月7日入市。大腸・胃重複ガン
長机の並べられた会場前方で話す田川東友会会長。
第一回原爆症認定集団訴訟原告団会議であいさつする田川東友会会長

地区の被爆者の会も励まし支援に 原告所属13区市の会で連絡会議

 集団訴訟東京原告団の結成にひきつづいて、原告が所属する13地区の会の代表による連絡会議が同じ会場でおこなわれました。連絡会議には、港、大田、中野、豊島、練馬、北、足立、葛飾、三鷹、小金井、府中、日野、八王子の各地区の会代表が参加しました。
 田川東友会会長、高見澤東京弁護団長のあいさつに続いて、原告団から大森克剛副団長が「核への怒りと被害のつらい思いを、世界に日本中に知らせるために生きているかぎりがんばる」と、力強くあいさつしました。
 内藤雅義弁護士から「裁判での原告の役割」、山本事務局長から「原告と地区の会、東京の会とのかかわり」について問題提起があり、討論がなされました。
 このなかで、マスコミの取材は断りたいという原告がいること、地区の会に原告からの相談がないという発言があり、原告と地区の会との連絡を密に、励まし合っていくことを確認しました。

並べられた机に着席し話を聞く参加者たち。
原告が所属する地区の会の代表による連絡会議