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【特集】 「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」の現状と課題

原爆被害の過少評価を改めない国の姿勢を糾す

 原爆投下から70年目の2015年、原爆症認定制度をめぐるノーモア・ヒバクシャ訴訟が大きな節目を迎えています。この訴訟がおこなわれている意味、現在の状況、今後の課題を、ノーモア・ヒバクシャ訴訟全国弁護団連絡会事務局長、ノーモア・ヒバクシャ東京訴訟弁護団事務局長を務める中川重徳弁護士に解説していただきました。

ノーモア・ヒバクシャ訴訟の原点は「国は2009年の『確認書』の約束を守れ」

中川重徳弁護士(諏訪の森法律事務所)。集団訴訟の最初から原爆症認定裁判に取り組み、被爆者に寄り添って奮闘。本訴訟でも全国および東京の弁護団事務局長を務める中心メンバー。

 裁判は現在、全国7つの裁判所で審理されていますが、2015年1月30日に大阪地裁、5月20日には広島地裁で判決が予定され、東京でも第1次訴訟が3月に結審し、夏から秋に判決を迎えます。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟の原点は、2009年8月、当時の麻生太郎首相が被団協代表との間で締結した「確認書」です。2003年に始まった原爆症認定集団訴訟では、全国の裁判所で国敗訴の判決が相次ぎました。国は2008年に「新しい審査の方針」を実施して積極認定の制度を取り入れ一定の改善がされましたが、裁判所が救済する範囲に比べて厚生労働省の認定の範囲との間には大きな隔たりがあり、多くの被爆者が裁判を続けることを強いられていました。
 2009年の「確認書」で麻生首相は、裁判を終結させるとともに、今後被爆者が「裁判の場で争う必要のないように」定期協議をおこなうと約束しました。この約束が実行され、認定制度が抜本的に改められて司法判断と認定行政の食い違いがなくなれば、被爆者は裁判をしなくてもすむはずでした。
 しかし、この約束が反故にされたのは、みなさんご存じのとおりです。厚労省はその後も被爆の実態を無視した認定行政を続け、とくに心筋梗塞や肝炎など「がん以外の疾患」では、入市被爆者は1人も認定されず、甲状腺機能低下症以外では1.5キロを超えると1人も認定されない状態でした。
 2010年に「在り方検討会」が発足しましたが、2013年12月の答申は被団協代表の反対を押し切る形でまとめられ、同年12月16日の認定基準再改定は、わずかな改善をはかりつつも、本質はこれまでの認定行政を追認するものでした。
 このように、国が「確認書」の約束を守らないため、いまも被爆者が「ノーモア・ヒバクシャ訴訟」をたたかっているのです。

遺影を掲げ、鶴をつないだリースを首からかけて行進する被爆者たち
亡くなった原爆症認定集団訴訟原告の遺影を胸に抜本改正を訴える被爆者(2008年)
厚労省向かい、日比谷公園敷地内に立てた…都内で「にんげんをかえせ」と書かれた横断幕をかかげながら座り込みをする、「原爆症認定集団訴訟」の原告たち。取材に来たマスコミの人々も左右に写り込んでいる。
「にんげんをかえせ」と座り込み

「放射線の影響はない」をくり返しずさんな審査を続ける国・厚労省

 ノーモア・ヒバクシャ訴訟の裁判は、東京、名古屋、大阪、広島、岡山、長崎、熊本の7つの地裁に114人の被爆者が提訴し、すでに6つの判決が出されて現在は87人の原告が5つの地裁、2つの高裁でたたかっています。
 この訴訟において、国は、集団訴訟で30回にわたり敗訴判決をくり返したことや、「確認書」と同時に発表された内閣官房長官談話で、「厳しい司法判断を厳粛に受け止め、被爆者の方がたの筆舌に尽くしがたい苦しみに想いを致して陳謝します」と表明したことなど忘れてしまったかのような態度で臨んでいます。
 裁判で出された国の主張書面には、「残留放射線の影響は無視できる」「原告らの被曝線量は0.0002グレイにすぎない(原告によって数値は違います)」「100から200ミリシーベルト以下では放射線の影響は確認されていない」「心筋梗塞などの非がん疾患にはしきい値がある」「狭心症について放射線の影響を認める科学的知見はない」など、集団訴訟で司法がくり返し否定した主張が、またも登場しています。
 しかし、すでに下されたノーモア・ヒバクシャ訴訟の6つの判決でも、裁判所は、残留放射線の影響が無視できないこと、原爆の放射線が70年を経てもさまざまな疾病の発症を後押しして被爆者が苦しんでいることを認め、国の認定行政を厳しく批判する判決が続いています。
 放影研を中心にした研究成果をふまえて、心筋梗塞についても「これ以下なら影響がない」というしきい値は存在しないという考え方や、被爆者は被爆により免疫機能の低下(老化)が促進されて長年月にわたり悪影響が続いているといった知見が判決でくり返し引用されている点が注目されます。
 2014年4月の岡山地裁判決では、専門家による厚労省分科会の審査がまったく形ばかりのもので入市についての重要な証拠を専門家たちが何度も見落としていたことが明らかになり、国家賠償請求が認容されました。
 国は、2013年12月の基準改定の後、新しい基準で認定できる原告については、原爆症認定申請の却下処分を自ら取り消して(「自庁取消」といいます)、改めて認定する一方で、それ以外の原告については、改定された基準にも外れるのだから到底認定されないとして裁判を続けています。
 けれども、すでに出された6つの判決のうち2014年に出された4つの判決は、国による振り分けで対象外とされた原告らについて裁判所が判断し、大多数を勝訴させているのです。

「全国原告団結成のつどい」と大きく書かれた紙がホワイトボードに貼られている。その前で立って報告している人がおり、机に着席した参加者はメモをとるなどしながら聞いている
ノーモア・ヒバクシャ訴訟の全国原告団結成(2013年12月)
東友会ののぼりや旗を立て、たすきをかけて厚労省前の歩道に集まった被爆者たち
厚労省前での要請行動

「専門家」を立てて正当化図る厚労省 その不当性を論破する弁護団・医師団

 2014年、全国の裁判所で「専門家」35人が名前を連ねた意見書が国から提出されました。ICRP(国際放射線防護委員会)やUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)などの国際組織を持ち出して、「低線量被曝の影響は科学的に証明されていない」「心筋梗塞などはがんと違ってしきい値がある」「残留放射線は無視できる」が、国際的な常識だというのです。国は、なんとしても2013年12月の基準で最終決着を図ろうと、あらたな装いで正当化を目論み、国際的な権威をかざして国の主張を認めるよう裁判所に迫りました。
 国の姿勢は、新基準策定後は、国が地方裁判所で敗訴した場合でも一部は控訴して争い続ける――という方針転換にも現れています。
 しかし、この意見書も、全国の弁護団と医師団が集団的に検討した結果、国の主張とはうらはらに、国際組織の文書でも「放射線の影響にしきい値はない」「非がん疾患でも低線量からリスクが増加する」等の見解がはっきり述べられていることがわかり、その成果は意見書として裁判所に提出されました。福島で奮闘している齋藤紀医師も、「放射線の影響を直視しない国の姿勢こそが福島の人びとを苦しめる」との意見書を提出しました。
 国はいま、大阪訴訟の控訴審(高等裁判所)に、先の35人のうちの1人を証人申請。その帰趨が注目されますが、意見書そのものは完全に足下から論破されています。

被爆70年に大きな勝利を勝ちとり原爆被害の本質を国に認めさせましょう

 東京では、第1次訴訟(民事2部)では4人が提訴後認定されて17人、第2次訴訟(民事38部)では5人が認定されて6人の原告が裁判を続けています。第1次訴訟は2014年、本人尋問および本田孝也、聞間元両医師の尋問が終わり、3月に結審します。第2次訴訟もすでに本人尋問が始まっています。
 ノーモア・ヒバクシャ訴訟では、原告の高齢化が進み、一方では幼少のため被爆当時の記憶がない原告も少なくありません。裁判を起こせば認定されるとしても、高齢で病気を抱えながら裁判を起こせる人はごく一部です。本人尋問ともなれば、70年という気の遠くなるような過去の記憶について、法廷で細部に至るまで証言することになります。原告一人ひとりは、「あの光景だけは忘れられない」「母親からくり返し聞かされた」という動かしようのない真実を持っていますが、それが裁判の場でそのまま認定される保障はありません。
 本来なら、国は、被爆者に裁判で筆舌に尽くしがたい苦しみを与えたことを陳謝した官房長官談話と、被爆者が「裁判の場で争う必要のないように」することを約束した「確認書」に立ち返り、いますぐ裁判の全面解決と法改正等による認定制度の抜本的解決を実行する責務があります。
 被爆70周年の2015年、裁判所での勝訴判決と世論を巻き込んだ大きな運動で、国の姿勢を根本的に転換させることが課題となっています。

日本被団協が提案する制度改善要求

 被爆者の高齢化がすすみ、被爆者手帳を持つ人も最高時の半数になります。
 現在の被爆者の手当は、測定が不可能な広島・長崎での被曝線量を推定して作られています。
 日本被団協と東友会は、2009年8月に原爆症認定集団訴訟を終わらせるために政府と日本被団協が締結した「確認書」に基づき、被爆者が裁判をおこさなくてもいい制度を求めています。それは、現行の医療特別手当、健康管理手当、保健手当、特別手当を廃止して、次のように変えることです。
 第1は、被爆者健康手帳を受けている被爆者全員に健康管理手当相当の手当を支給することです。これは、被爆者が長年要求してきた「国の償い」として支給するという意味もあります。被爆者であるというだけで、社会的差別を受けたり、健康の不安を抱えて生きなければならなかった被爆者にとっては当然の要求です。
 第2に、がん、白内障、心筋梗塞、甲状腺機能障害、肝機能障害など、これまでの研究や裁判で原爆放射線と関係が証明された病気に罹った場合、直接被爆か入市か、被爆距離などの被爆状況による制限を設けずに、段階に分けて手当を加算します。
 加算額の段階は、病気の重篤度によって区分を変えます。たとえば生命の危険がある抗がん剤や放射線治療を受けているがんや心筋梗塞のために心臓の手術を受けている人と白内障の人の区分を変えることなどを提案しています。

病気の重さ(重篤度)による区分と手当額の案

区分 病気の例 手当額
(病気の重さに応じ増額)
被爆者手当 被爆者(手帳所持者)すべてに支給

現行の「健康管理手当」相当:3万円程度

区分1 がん(治癒)、白内障(手術後)、循環器疾患、糖尿病、甲状腺機能障害、貧血など 現行の「特別手当」相当:5万円程度
区分2 がん(内視鏡手術、重い副作用を伴わない投薬中)、狭心症などの心疾患、慢性肝炎など 9万円程度
区分3 がん・白血病(放射線治療中、抗がん剤投与中)など、心筋梗塞、脳梗塞(重度)、肝硬変など 現行の「医療特別手当」相当:14万円程度