被爆者相談所および法人事務所
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「相談電話のこえ」 2022年

2022年「東友」7月号から

厚労省は私が子宮がんであることを疑っているのですか。

 78歳、女性。長崎・爆心地から3キロで被爆。原爆症認定の照会についての相談。

 (2022年の)4月に東友会のお世話で出した原爆症認定申請について、6月末に厚生労働省から問い合わせが届いたとご連絡いただきました。東友会から病院に依頼し、7月に追加の書類を出してくださったそうですが、厚労省は私が子宮がんであることを疑っているのですか。私の被爆状況でしたら、がんであれば認定されると聞いています。
 昨年(2021年)末に手術で子宮を全部取りました。その後、放射線や化学療法を3カ月も受けました。とくに、がんの転移を抑えるためという放射線と化学療法が辛かったです。私ががんでなければ、こんな治療は受けなくてもよかったはずです。
 厚労省が追加で聞いてきたのは、手術のときの報告書や放射線治療や化学療法の治療日や薬剤名や量とか。医師が診断書を書いてくださっているのに、なんでそこまで細かい資料が必要なのか、私には理解できません。

2022年「東友」6月号から

介護手当申請のための診断書を、主治医は「書けない」と…。

 85歳、女性。広島直接被爆。診断書を書いてもらえないことについての相談。

 介護手当の申請をしようと診断書を主治医にお願いしたところ、書けないと言われました。
 25年ほど前に大腿部を骨折したことがきっかけで身体障害者手帳を発行してもらいました。その後、狭心症といわれペースメーカーを入れて身体障害2級になりました。現在の要介護度は要支援1ですが、思うように動けず買い物にも一人ではいけません。人の助けがなければ生活ができません。
 「東友」新聞を見て、一般(他人)介護手当が認められればありがたいと思い、申請書を送ってもらいました。
 複数の医師に診てもらっていますので、介護手当用の診断書を書いていただけないかと、東友会から送ってもらった説明書もお渡しして、先生たちに相談しましたが、「書いたことがないから」「被爆者のことはよくわからない」と、みんなから断られてしまいました。今の私の体調では遠くの病院まで行けません。

2022年「東友」5月号から

原爆症認定申請をしたいが、被爆者手帳の内容が正確でないらしく…。

 76歳、男性。広島被爆。肝硬変での原爆症認定についての相談。

 私は2014年に申請して大腸がんで原爆症と認定され、「医療特別手当」を受けていました。その後回復して、今は「特別手当」を受けています。
 先日、病院でMRI検査を受け、肝硬変だと診断さました。肝硬変も原爆症認定の指定された病名だと聞いたので、改めて申請したいと思いましたが、3.5キロ被爆だけでは認められないとも聞きました。
 被爆時、父が爆心地付近の小網町で行方不明になったので、母は生後2カ月だった私を背負って、翌日から2日ほど捜索に行ったと聞いています。小網町は1キロ以内なので、翌日まで入れば認定の対象になると聞きました。亡くなった母が被爆者手帳の申請を出してくれたので、そのことが申請書類に書いてあると思い、東京都に調べてもらいましたが、どうも入市のことは記入がないようです。このような場合、どうしたらいいのでしょうか。

2022年「東友」3月号から

新型コロナウイルス感染症の影響もあり、父の退院先を決められず…。

 83歳、男性。長崎直爆。現在、入院中。娘から退院先についての相談。

 父の退院先を決められず、困って電話しました。
 父は昨年、脳梗塞で入院。リハビリ病院へ転院して車いすへ自分で移れるようになり、自宅で一人、療養していました。日常的には、「一般(他人)介護手当」を受け、別居の私がショートステイを利用しながら介護してきました。
 ところが、この2月に新型コロナウイルスに感染。入院中に体力も筋力も落ちて自力で車いすに移ることができなくなりました。いま入院しているのはコロナ病棟なので、治療が終わったらすぐ出て欲しいと言われています。
 病院からは、自宅介護を含めいくつかの選択肢をアドバイスされましたが、施設入所は現状で難しく、かといって今の状態の父を自宅で私一人が介護するのは限界です。少しでも父が回復できればと願うのですが、いつも使っていたショートステイ先もクラスター発生のため利用できない状況です。

2022年「東友」2月号から

目が悪いのは被爆が原因だと思います。原爆症として認められないでしょうか。

 78歳、男性。長崎直爆2キロ。原爆症認定申請についての相談。

 あの日、姉と一緒に屋外で被爆しました。2歳でした。被爆距離は2キロです。顔に火傷を負い、目のまわりが腫れ上がっていたそうです。それはしだいに回復しましたが、後遺症が残りました。同じように被爆した姉は失明しました。私は失明はしませんでしたが子どもの頃から眼科の治療を受けていまます。
 大人になるにつれて視力が低下し、これまで角膜の手術を3回ほど受けましたが改善しません。主治医は「理由がわからない」「失明する可能性が高い」と言っています。目が悪いため資格試験なども受けられず、きちんとした仕事に就くこともできませんでした。生活は楽ではありません。
 姉は障害者手帳が認められ手当も受けていますが、今の私の視力では障害者としては認められていません。私の目が悪いのは被爆が原因だと思います。原爆症として認められないでしょうか。

2022年「東友」1月号から

私も一人暮らしですし、いつまで姉の面倒を見られるか、たいへんに不安です。

 76歳、女性。広島3キロ直爆。認知症の症状が出てきた独居の姉について相談。

 近所に住む3歳年上の姉も広島で被爆しました。姉は脳腫瘍の手術の後、年明けに退院しましたが、いまアパートで一人で暮らしています。生活保護を受けています。1年前に肺がんの手術も受けました。
 退院後はヘルパーさんが中断していて、いま私がすべて介護しています。先日、夜中の2時に隣の部屋のドアをたたいて騒ぎになりました。認知症の症状が出たようです。さいわい、肺がんを手術してくれた病院の先生が心配してくださり、脳腫瘍のことも含めて今後の姉を診察してくださることになりそうです。
 でも私も一人暮らしですし、人の言うことをなかなか理解できなくなり、体力も落ちてきたので、いつまで姉の面倒を見られるか、たいへんに不安です。それで、親切にしてくださる地区相談員にお話ししました。東友会に電話をしてくださったのですね。東友会からも電話をいただいて、安心できます。