被爆者相談所および法人事務所
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「相談電話のこえ」 2021年

2021年「東友」11月号から

要介護度5の被爆者が入れるような施設を紹介していただけないかと…

 男性。年齢、被爆地不明。妻から病院退院後の介護施設紹介の相談。

 私は被爆者ではありませんが、夫が被爆者です。夫はいま誤嚥性肺炎で入院しています。介護認定も受けていて、要介護度は5です。退院後、再び家庭での介護が始まるわけですが、私にも腰痛などの症状があって正直いってこの先の介護は難しいと思っています。 本人も自宅に他人を入れるのを好まないため、ヘルパーさんなどをお願いするのも困難です。生活もたいへんなので、できれば退院後に被爆者本人が入れるような施設があれば紹介していただけないかと思い、電話しました。
 そうですか、被爆者を優先的に入れてもらえる施設はないのですね。普通に介護制度の流れで考えるなら、老人保健施設や特別養護老人ホームというものがあるのはわかりました。アドバイスしていただいたように、まず入院先の病院の相談窓口に相談してみます。

 

2021年「東友」10月号から

手当があることは知っていましたが、国のお世話になるのは申し訳ないと…

 76歳、女性。広島被爆。手当についての相談。

 乳がんが見つかりました。なにか手当が受けられるのではと知人に言われ、電話しました。
 私は、これまで甲状腺の病気や高血圧症で治療を受けてきました。被爆者の手当があることは知っていましたが、国のお世話になるのは申し訳ないとの思いがあり、申請してきませんでした。歳を取ってこれからの健康のことが不安になってきた矢先に、がんと診断されショックでした。来週には手術を受けることが決まっています。そんなときに知人から、「がんになったら手当が出るかも知れないから相談した方がいいよ」と言われたのです。
 がんなら原爆症の手当があるのですか。でも被爆条件に制限があるのですね、私の被爆者手帳には第3号と書いてあり、これでは対象にならないのですね。
 健康管理手当が受けられるとおっしゃるのであれば、考えてみたいと思います。申請書を送っていただけますか。 

2021年「東友」9月号から

兄弟の様に育ってきた従兄弟を、なんとか私の家で看取ってやりたい…

 79歳、男性。長崎2.5キロ被爆。特別養護老人ホーム入所中。在宅での看取りについて従兄弟から相談。

 本人とは兄弟の様に育ってきました。施設に入っている彼をなんとか私の家で看取ってやりたいと思うのですが、まず何から準備したらよいでしょうか。
 彼は、脳性マヒによる手足障害があり、車いす生活。直腸ガンになって人工肛門になっています。数年前に、彼の行く末を心配していた継母を私とともに見送り、その後独り暮らしだった彼も、要介護5となり特養に入って暮らしてきました。
 新型コロナが拡がる前は、時どき私たち夫婦の自宅へ来てクリスマス会をやるなど楽しく過ごす機会もありました。今はコロナ対策ということで施設の面会もオンラインで10分ぐらいしかできず、お互い思いがよく伝わりません。
 近ごろ身体の障害がひどくなっています。本人は私たちの家が帰るところだと思っています。最後は我が家につれて帰り、穏やかな時間を過ごさせてやりたいのです。

2021年「東友」8月号から

私を身ごもっていた母は疎開先で黒い雨に。証明する方法はあるでしょうか。

 75歳、女性。黒い雨地域で胎内被爆。特例受診者の認定についての相談。

 私は昭和21年(1946年)2月生まれです。原爆が投下された8月6日、私を身ごもっていた母は広島の伴村に疎開していました。母の知人の所だったそうですが、その方の名前は知りません。伴村は、黒い雨地域に指定されていると聞きました。特例受診者として認めてもらうためには、どうしたらよいでしょうか。
 都庁に問い合わせたところ、黒い雨が降ったときに(母が)その場所にいたことを証明する必要があると言われました。子どもの頃、母から「黒い雨にあったのよ」と聞かされていましたが、被爆関係の手続きは何もせずに亡くなっています。
 戸籍を調べたら、確かに伴村に私の出生届が出されていましたが、生まれてまもなく引っ越しているので、伴村での知り合いは記憶にありません。被爆当時、4歳と2歳の姉がいましたが、長姉は既に亡く、次姉は何も覚えていないそうです。証明する方法はあるでしょうか。

2021年「東友」7月号から

長崎から東京に呼び寄せた母の医療費助成が受けられなくなりました。

 第2種特例受診者(長崎被爆体験者)である母(当時12歳)の医療費助成についての相談。

 母が、長崎で受けていた医療費助成が受けられなくなりました。どうしてでしょうか。母は高齢となり、介護が必要になったので、私が東京に呼び寄せ、面倒をみています。東京に転居した途端に、医療費助成がなくなりました。
 母は長崎の矢上村、爆心地から8キロ離れた場所で被爆したと聞いています。長崎に住んでいるときは、健康診断を受けることもできましたし、医療費の助成も受けていました。
 母が受けていたのは、被爆者手帳ではなく、健康診断を受けるだけの資格(第2種特例受診者)だったことを、今度のことで初めて知りました。ましてや長崎県内に住んでいる者だけに助成があり、県外に出ると助成をされないなんて知りませんでした。
 国の施策なのに、住んでいる地域で医療費を認めないといった不平等な制度があるなんて信じられません。強い怒りを覚えます。

2021年「東友」6月号から

要支援で介護を受けていましたが、状態が悪くなり要介護1になりました。

 81歳、女性。長崎被爆。自宅での介護と介護手当についての相談。

 これまで要支援で介護を受けていましたが、状態が悪くなり要介護1になりました。私は息子と2人暮らしで、昼間は私1人です。ヘルパーさんには週1回来ていただき掃除などしてもらっています。非課税なのでヘルパーの費用は無料になっています。それ以外は息子が身の回りのことをやってくれています。
 被爆者の手当については、いまは「健康管理手当」を受けていますが、ほかに申請できる手当はありますか。そうですか、「家族介護手当」というのが受けられるのですね。
 それと、「訪問介護利用助成申請書」が送られてきましたが、これは出さないといけないのでしょうか。住民票や非課税証明書が必要と書いてありますが、私は足が悪いので自由に出かけられません。なるほど、ヘルパーの費用が無料になるために必要な手続きなのですね。それでは息子に住民票などを取りに行ってきてもらわなければなりません。
 電話ではなかなか話が理解できません。説明書や申請書類を送ってください。息子から電話をしてもらいますから詳しいことを説明してください。

2021年「東友」5月号から

難病で長年苦しんできました。長姉と同じ手当はもらえないのですか。

 80歳代の三姉妹が同居。全員長崎被爆。一番下の妹から被爆者の手当についての相談。

 次姉が要介護4になって申請したら、「一般(他人)介護手当」が認められました。それで初めて知ったんですけど、長女の姉だけは「健康管理手当」を受けています。次姉も、私も、長姉と同じ手当は受けていません。
 次姉と私の2人は、難しい名前の病気で長年苦しんできました。難病だと言われています。この病気では長姉と同じ手当はもらえないのですか。
 説明はよくわかりました。被爆者健康診断を受けて、「健康管理手当」を申請ができる病気があるか、医師に相談してみます。
 次姉の介護手当の先月分の申請書をそろえたのですが、振込先についてお尋ねします。東京都に聞いたら「他の手当と同じ口座に振り込む」とのことでした。介護を受ける人に手当が振り込まれるなんて、思っていませんでした。次姉名義の銀行口座の届け出も必要なんですね。

2021年「東友」4月号から

最近、わからないことが増えて、いつも不安で…

 81歳、男性。長崎市3.5キロ直爆。要介護2。介護手当と医療特別手当健康状況届についての相談。

 独り暮らしです。週に何回かは日中に介護の人に来てもらっています。週末は施設に出かけて夕方までリハビリも受けていますが、一人で歩くことはできませんし、物忘れが増えてきました。トイレも失敗することがありますが、がんばれるうちはと思っています。夜には、ほとんど毎日息子が来てくれ、風呂やトイレの面倒をみてくれていますが、仕事帰りで疲れている息子にすまないと思っています。
 3月に、東京都から3つの封筒が届きました。介護の方と前立腺の方の手当更新の件だと思いますが、その封筒がどこにいったか分からなくなって途方に暮れていると、息子が見つけて書類を整理してくれました。もう一つの大きな封筒には、健康診断のパンフレットや東友会のお知らせが入っていましたが、そのままでいいのですか。最近、わからないことが増えて、いつも不安で、東友会に電話をするとはっきり答えてくださるので安心です。

2021年「東友」2月号から

被爆者のご苦労の上に、私の治療生活が成り立っていると思い…

 60歳、女性。被爆二世。住所変更手続きの相談と被爆者運動への感想。

 先日転居しました。東京都への住所変更の申請手続きについて、教えていただきたく、メールしました。
 現在、乳がんステージ4で肝臓転移もありますが、治療薬も最新のものを試しながら、仕事をしながら普通に日常生活を送っています。薬価1粒5000円という高価なお薬を試せるのも、医療費助成制度のお陰と感謝しております。
 お送りいただいている月刊紙「東友」の記事を拝見し、被爆者のみなさんが運動に取り組み、さまざまな差別とたたかってきたことを再認識した次第です。
 広島で被爆し、100歳まで生きた亡き祖母は、自身が被爆したことを、孫の私にまで隠し通していました。
 貴会をはじめとする被爆者のご苦労の上に、私の治療生活が成り立っていると思い、深く感謝しています。

2021年「東友」1月号から

介護手当を重度に変更する必要がありますが…

 90歳、女性の被爆者。ケアマネジャーから「介護手当」についての相談。

 独り暮らしの方ですが、これまで「一般(他人)介護手当」(中度)を活用し、ヘルパーの手を借りながら、なんとか自分で生活できていました。ところが最近、状態が急に悪くなり、2階に上がれない、玄関で靴を履いたら立ち上がれない、歩行が困難といった状態になっています。
 ご本人が「施設に入るのはいやだ」とおっしゃるので、介護手当を中度から重度に変更して自費ヘルパーを増やす必要があります。
 申請書の作成、お金の管理などの手続きには親族に関わってもらう必要がありますが、親族は広島にいる姪御さんだけ。コロナの感染予防対策のため上京することもままなりません。

 姪に電話で事情を説明し、ケアマネジャーと連絡を取り合ってもらいました。申請書は姪に送って書いてもらい、診断書はケアマネジャーから主治医に依頼しました。郵送で書類をやりとりし、変更の申請をすることにしています。